涙が流れていた。
マトは、あるものを眺めていた。
イギョウの元から去った彼女は、くノ一としての刺客を失った。
任務を放棄したマトに、最早帰る場所はないのだ。
そしてその後始末を、彼女は自分自身でつけるつもりなのだろうか。
(このために、これがあるのかも知れない・・・・。)
彼女は思った。
イギョウに対して使用しなかった薬品は、自分自身を終わらせるのにうってつけの品物だったのだ。
(そうなんだ・・・。)
その容器の封印を解き、少女は中身を覗き込んだ。
どす黒い液体である。
その状況を知らない人物であろうとも、それが危険な液体であることは容易に想像できるであろう。
だがむしろ今の少女にとって、この危険さは彼女の求めていたモノであったのだ。
薬品をもった右手が小刻みに震えていた。
心が求めていても本能が、それから逃避しようとしているのかも知れない。
マトは自分の襟元を、左手でギュッと自身の首を絞めんばかりに引き締める。
両脚もグッと力が入り引き締まっていた。
カタカタと擬音が聞こえないかと思うほど、ぎこちない手つきで少女は薬品の入った容器に口をつけた。
そこからは障害は無かった・・・。
===== コクン =====
何のためらいもなくマトは、その薬品を飲み干したのだった。
「うっ・・・・うぐぐ・・・・。」
たまらず少女は、その場に蹲った。
両手で自分自身の襟を強く引っ張り続け、胸元は完全にはだけていた。
そして両脚もまるで、別個の生き物の様に痙攣をしていた。
「あぐぐ・・・。」
ついには彼女は白目をむき、泡を吹いていた。
しかし・・・・。
もがき苦しんでいるもののマトの心中は、また違ったモノであったのだ。
(これで兄さに・・・。)
これが少女の望みだったのである。
兄貴分エンサイの後を追う事を、マトは選択したのだ。
全てを溶かすという薬品・・・・。
それは勿論、少女のすべてを無に帰すことであろう。
今後の事については、彼女は何も憂える必要はない。
マトは意識を失った・・・・。
大きな屋敷が燃えている。
彼にとって、そこが目的地である事は明白であった。
なんの躊躇もなく、その屋敷に彼は入った。
===== ヒュン =====
風圧のようなものを感じた。
気がつけば、彼の頬は細い切り傷が付いていた。
頬から鮮血が滴る。
恐らく手裏剣によるものであろう。
「待っていたぞ。」
その声に振り向くと、鎖帷子を纏った忍びが立っていた。
小柄ながら屈強な忍びである、と彼は感じた。
しかも彼の屋敷への侵入に対して、全く動じていない様子である。
この忍びは完全に、此処に彼が来ることを分かっていたかのようであった。
「はっ!」
甲高い声ともに、忍びは彼に鎖分銅を用いた攻撃をかけてきた。
その攻撃を彼は瞬時の判断で、かわしていた。
忍びの攻撃は続く。
しかし彼は反撃をしなかった。
まさに彼は、この戦闘事態を回避しようとしている。
それでも忍びは、彼に対して容赦ない。
しかし彼の動きは、真に俊敏であった。
とことん忍びの刃をかわし続ける。
勿論このような事が、永遠に継続するはずはなかった。
次第に忍びの息があがってきた。
そして、この忍びは突然攻撃を止めた。
忍ばせている武器をさらに取り出している。
それから、息を整えている様子であった。
彼は直感した。
この忍びの次の攻撃が、間違いなく最後であることを。
そして彼が攻撃を回避するだけでは、決して許されないことを・・・。
「死ね!」
最後の力を振り絞り、忍びは彼に攻撃をかけた。
彼も全力をだし、忍びの攻撃に応えた。
二人の肉体が交錯する。
==== ハア ハア ====
両者とも肩で息をしていた。
「ぐうう・・・。」
彼は脇腹に攻撃を受けていた。
それでも彼は立っていた。
そして・・・・。
その忍びは、崩れ落ちるように倒れこんだ。
勝敗は着いた・・・・。
倒れている忍びは、まさしく虫の息であった。
それは間違いなく、死を迎える寸前の状況であろう。
倒れている忍びに、彼は駆け寄る。
そして彼は忍びを抱き起した。
「おっかあ・・・・。」
「由太郎・・・・。」
彼と忍びの眼には、涙が流れていた。




