里は赤に染まっていた。
マトはイギョウのモノのへと向かった。
彼女は感が鋭い、イギョウを視界の中に入るのには時間はあまりかからなかった。
特に動き出す様子もなく、イギョウは佇んでいる。
そしてマトの服に忍ばせていたものを、取り出した。
黒く小さないれもの、全てを溶かすという薬品である。
つまりその入れ物も、特殊な加工が施されているのだろう。
それは頭領から渡されていた、いわゆる切り札である。
しかし彼女の心は揺れ動いていた。
そして間もなくマトは、イギョウがゆっくりと歩きだしたことに気が付いた。
彼女は自分の唾を飲み込みながら、遠巻きにイギョウを眺めていた。
その姿を見て、改めてマトは思った。
それは真に醜いものである、と。
しかし彼女は既に知っていたのだ。
イギョウが自然界に存在するものではない、ということを。
それは実を言うと、兄貴分のエンサイから聞かされた話なのである。
エンサイは生前に言っていたのだ。
自分はイギョウを抹殺する任務につく、そして恐らく敗北するであろう、と。
しかもイギョウとは頭領の薬品投与により生まれた存在である、ということも。
そして最後にマトは言われたのだ。
お前は生きろ、と。
イギョウと会って、彼女は知った。
兄エンサイに言われた言葉の意味が・・・・。
彼は人間である、と。
本来は彼は悪意の無い人だったのだ。
イギョウの残忍な所業は、彼自信の人格ではない。
彼が生まれる前から侵食してきた薬品による発作的なモノなのだ。
そう、彼は生まれながらに不幸な存在だったのだ。
それを知るエンサイは、彼を本気で葬るつもりは無かったのかもしれない。
若しくは自分が手加減するまでもなく、敵わない相手だと悟っていたのかも知れない。
エンサイは自分自身の死という結果を予測しても、イギョウ抹殺の命を受けた。
もしもエンサイがその任務を放棄すると、忍びとしての価値がなくなり、彼自体の存在意義はなくなるのである。
そうなればエンサイは、生きる価値を見出せなくなる。
だから彼は自ら選んだのだ。
自分は忍びとして、任務の中で最後を向かえることを・・・・。
全てを悟ったマトは泣いていた。
兄貴分のエンサイの気持ちを考えると、彼女は余りにも悲しい。
本当はマトは、もっと前に気が付いていたのかも知れない。
イギョウのモノに復讐をしようと、それはエンサイが望んでいる事ではないことを。
「兄さ。」
彼女は一言呟き、何処かへと姿を消していった。
それは彼女が、くノ一としての役目を放棄したことを意味していた。
彼は感じていた。
己を見つめるものの、気配が消えて行く音を。
そして気持ちは定まったのだ。
自分がどこへ行き、誰に会うべきかということを。
もう自分の人生においての、結末を向かえたいのだ。
そして彼は、そこへ行くべくして歩き出したのだった。
勘と幼き日の記憶を頼りに、彼はたどり着いた。
しかし・・・・・。
そこは異変を生じていたのである。
焦げ目の匂いが、辺りに充満している。
黒い煙が、あちらこちらから立ち上っている。
そして異変は、それだけではなかった。
辺りから、奇声がこだましている。
それは正に、阿鼻叫喚そのものであった。
いわゆる滅びの断末魔である。
少しの間、彼は様子を観察した。
そこには感情らしきものは、無かった。
少なくともここは、彼の古里なのであった。
しかしそこには、彼にとって懐かしさなど無いのだ。
周りから忌まわしいと疎んぜられる、己の誕生した地なのだ。
どうして、彼は生まれたのだろうか。
彼自身考えても、答えは出てくるはずもない。
だから彼はたまりかねて、答えを求めてきたのだろうか。
それは彼自身にも分からない。
とにかく彼は、忍びの里に足を踏み入れたのだった。
里は赤に染まっていた。
あちらこちらから燃え上がる、火の手の赤。
逃げ惑う、里の住人の女子供、それに老人。
その者たちを、容赦なく切り刻んでゆく者達。
鎧を身にまとったモノ達が、槍、刀で、忍びの里を蹂躙する。
このモノ達は、恐らく大名の手であろう。
見たところ数千人規模の軍勢である。
まとまった指揮系統で、圧倒的な制圧をしていた。
彼らは正面切った戦闘のプロフェッショナルである。
いくら手練れの忍びがいようとも、数で押し潰されてしまうのだ。
この光景を見て今正に、この里が滅ぼうとしている事を、彼は悟った。
この軍勢が、どの勢力によるものなのかは分からない。
少なくとも、この忍びの里の存在が邪魔なのだろう。
しばらく混乱する里の中を歩いていた。
時折、彼の姿をみて驚くものがいるが、それどころではない。
結果的に皆、彼らとすれ違うのみなのであった。
少し歩くと、彼は脚を止めた。
そして彼は気が付いたのであった。
ひときわ大きな屋敷が、大きな炎を纏い燃え盛っていることを。




