最後の別れ(過去10)
その後、事態は急展開した。
噂は瞬く間に、忍びの里を駆け巡った。
当然エンサイにも、その話は舞い込んできた。
そしてその内容は、あまりにも少年には残酷な事実だったのである。
「・・・・・・。」
里の人間からの噂を聞いた少年は、驚愕の余り絶句した。
(な、なぜ。)
何とサワラは亡くなったというのである。
彼女は出産時に体調が急変したのだという。
そして新しい命と、つまり母子共々の命が失われたのだった。
そんなことは少年には信じられなかった。
あの強いサワラが、出産で命を落とすとは。
だがエンサイは、噂のみで納得する男では無かった。
それ故に少年は、再び動いたのである。
そして再びエンサイは、頭領の屋敷の前にいた。
「エンサイ・・・。」
前回の門番の男は、そこに立っていた。
だが、もはや彼には少年に対しての敵意は存在していなかった。
「入れ・・・。」
門番の男は、エンサイが屋敷に入ることを許した。
まるで少年の訪問を、予測していたかのようである。
その事をエンサイも悟っており、速やかに以前サワラと会った部屋に辿り着くように目指した。
そして・・・、目的の部屋の前に少年は立っていた。
襖を開ける手が震える。
気がつけば、エンサイの顔は数本の汗が伝っていた。
それでも少年は、次の瞬間に部屋に入った。
「待っておったぞ。」
まさに彼は待ち構え居ていた。
この忍びの里の頭領である。
「知りたいか。」
そう言った頭領の眼を、少年はカッと見た。
「・・・・!」
エンサイは気が付いた。
頭領の傍らに布団に寝かされている人を。
もはや聞くまでもあるまい。
この人は・・・・。
「確かめに来たのじゃろう。」
頭領は極めて落ち着いた表情である。
目が見えなくともエンサイには、それが判別できたのだった。
「・・・・・!」
しかし少年には、この目の前にいる男の態度が理解ができないのであった。
「サワラは亡くなったのじゃ。」
ハッキリと頭領は言った。
「・・・・。」
エンサイは説明の続きを求めるかの様な眼で、頭領を見つめる。
その求めに答えたのか、頭領は続けた。
「薬物投与した体に、出産は耐えられなかったのじゃ。」
少年は信じられない。
あの屈強なサワラが、数々の戦闘を勝ち抜いたサワラが、出産で命を落とすとは・・・・。
「お前には分からないかも知れぬが、子を産むという事は命を懸けるという事なのじゃ。」
少年であっても、頭領のいう事はなんとなく察しがついた。
しかしサワラの子は、どうしたのだろうか。
「子は・・・。」
エンサイは、いつもと違い、とても細い声をだした。
「・・・・子は無事じゃ・・・。」
歯切れの悪い言い方であるが、頭領の言葉に恐らく嘘はない、と少年は直感した。
頭領の側の人は、顔に白い布が掛けられていた。
少年には、臭いで分かるのだ。
その人はサワラなのである。
「良いぞ。」
頭領は気遣ってくれたのだろうか。
そう言うと彼はスクっと立ち上がり、部屋をあとにしたのだった。
そしてエンサイは、彼女の傍にいた。
「姉御・・・・。」
名を呟いた少年はサワラの布団の中の、もう冷たくなった彼女の手を持ったのであった。
死後時間は経過しており、もう柔らかさも失われつつある。
視力を失っていても、エンサイにはわかる。
彼女は紛れもなくサワラだ。
それだけ確認できただけで、少年にとっては、もう十分なのであった。
自分の姉貴分であるサワラを、永遠に失ったことを。
少なくとも彼女が何者かに殺害されたわけではないことは、分かった。
薬物投与をした身での出産により、サワラは命を落としたのであろう。
勿論、薬物を与えた頭領に対しての怒りはあるのだ。
しかし今は、姉貴分への別れの祈りを優先させた。
実際その方が少年にとって、幸せな道だったのかもしれない。
どれほどの時間なのだろうか、エンサイはサワラの手の感触を以てして、最後の別れを告げたのであった。
その頃、忍の里から旅立った者達がいた。
その二人は、極めてサワラに近い匂いを持っているのであった。
その内の一人は女人・・・・。
その女の名は、サメ・・・。
サワラの妹である・・・。
背中には赤子がいたのであった。
それは悲劇への旅立ちだった・・・。




