第三章 雨とテストと憂鬱と①
あっという間に入学して一カ月になる。
俺の学園生活も軌道に乗ってきたようだ。
リルムの悪事に耐えながら、そつなく毎日を過ごしていた。
教室の窓からは雨がぱらつくのが見える。
雨季ということもあり、この一週間のほとんどの日が雨だ。
湿気のせいなのか、教室内も、どんよりとした空気に包まれている。
「ああー! 雨ヤダよー」
リルムは俺に飛びついてくる。
「おい、ただでさえ湿気が酷いのに、くっつくな」
「だってー」
まあ、その気持ちも分かる。この雨には俺も参っている。
少し外に出れば靴はビシャビシャになるし、洗濯物は乾かないし。
「湿気がなければマシなんだけどな」
「湿気かぁ……」
リルムは少し考えた素振りを見せ、
「おおおおお! 思いついた!」
リルムは詠唱を始める。
「ロイ逃げた方がいいかもよ」
クライスがいつの間にか寄ってきて、俺に耳打ちをする。
「そうだな――」
俺とクライスが逃げる間もなく、リルムは詠唱を唱え切り、魔法を具現化してしまう。
彼女の正面には直径1メートルほどの水球が生成された。
おそらく教室中の水蒸気を集めたのだろう。
「これで湿気はなくなるはず。リルちゃん、あったまいい!」
リルムは誇らしげに俺達の方を向く。
「リル、その水球どうするの?」
「えっと…………」
水を集めてからのことを考えてなかったらしい。
「あたし、ここから動けないんだけど、どうしよう……」
その時、リルムの顔が歪む。
「はっ、ふぁっ……」
俺は咄嗟に理解した。彼女の長い髪の毛が鼻にかかり、
体がそれに反応したのだ――つまりクシャミが出るということ。
「はっくしょん!」
クシャミによって彼女の集中力は切れ、その勢いで水球は俺たちの方へと飛んできた。
バシャーン、という音が耳に響き、俺たち2人はバケツの水をかぶったようにずぶ濡れになった。
「あははは。これでさっぱりしたかな?」
リルムは作り笑顔でそんなセリフを洩らす。
「ああ、さっぱりした……ってそんなわけあるかぁ!」
俺とクライスはとりあえず教室から退散し、寮に戻っていた。
あのままでいれば風邪を引きかねない。
先生も濡れたままの生徒を放っておくほど薄情ではないので、
あっさりと許可を出してくれた。
シャワーを浴び、服を着替え、寮の玄関前でクライスと再会し、学校に戻る。
だが、これから戻ったところで一弦目にはほとんど出られないだろう。
「ロイ。ちょっと寄って行かないか?」
クライスは食堂に通りかかったところでそう言う。
俺もこのまま教室に戻っても意味がない気がしたのでその言葉を受け止め、食堂へ入った。
いつもならばテラスの席に座るところなのだが、この雨でテラスは解放厳禁。
しょうがないので窓側のペア席に座る。
授業中ということもあって広い食堂には俺たちしかいない。
なんというか、妙な爽快感がある。
「というか、クライスがサボろうなんて言うなんて珍しいな」
俺の中のイメージではクライスはまじめで優等生でサボりなんてしないと思っていた。
「僕だってたまにはサボりたくなるよ」
クライスはハハハと笑いながらそんなこと言ってくる。
「でもお互い災難だよな」
「まあ、慣れてることだし」
「クライスも少しは怒ったらどうなんだ?」
さっき水をかけれらた時でも、
クライスは少し困った顔をする程度でリルムには特に何も言わなかった。
「怒って聞くタマじゃないし」
笑顔で言ってる感じを見ると、本当に怒ってないみたいだ。
まあ、それには納得するが、クライスは優し過ぎるというか…………
「それよりも付き合わせて、悪いね。テストも近いのに」
は? 今、不穏な単語が聞こえたのだが……
「テスト……?」
「あれ? ロイ知らないの? 来週テストだよ」
「テストあるなんて聞いてねーぞ! というかテストなんて都市伝説かと思ってた……」
「都市伝説?」
「ああ。気にしないでくれ」
気が動転して変なことを言ってしまったらしい。しかしテストがあると聞いたのは初めてだった。
「道理でみんなが勉強の話をしてると思ったら……」
「ロイ。いつまでも下級学校の気分じゃだめだよ」
「そうかもな……」
クライスの話によれば、年に三回、学期ごとに大きなテストが三回あるらしい。
このテストで大半の成績は決まる。テスト成績は後々の卒業査定に響くらしい。
ということはテストが悪ければロクな就職もできない可能性があるのだ。
「まあ、そんなに難しい内容は出ないと思うけど」
クライスは自分目線でそんなことを言ってくる。
勉強はしていたと言っても、学校に行ってなかったのでテストについての経験がほとんどない。
これは不利な状況だ。
そこで俺はクライスに頼みごとをする。
「クライス。俺の先生になってくれ!」