第二章 素晴らしき? 学園ライフ④
今日も爽やかな朝の目覚め――――とはいかないようだ。
けたたましいノックの音で俺の身体は覚醒させられる。
ノックは催促するように大きくなって――
「はいはい」
俺は仕方なく扉を開けた。
「おはよー。朝食もらいに来たよー」
「はぁ……」
ため息ばかりが漏れる。
光陰矢の如しというが俺が学園に入ってあっという間に一週間が過ぎていた。
しかしリルムは毎日のように朝食を食べに俺の部屋まで来るのだ。
いつものようにコーヒーと朝食を準備しテーブルに並べる。
リルムと一緒に過ごすことが多いことから、
俺らは〝出来ている〟という変な噂が飛び交って学園中に広まった。
リルムは先輩、後輩の間でもかなり有名な生徒らしい。いい意味でも悪い意味でも――
それでその有名人が誰と付き合っているのかと
興味をもった人が教室をのぞきに来ることもしばしば……
気がつけば、俺の名前までちょっと有名になってしまっている状況である。
「今日もロイちゃんの食事は美味しいね~」
俺が気苦労しているのに当のリルムは全然周りを気にしていないようである。
彼女にとっちゃ、幼馴染と戯れている感覚なのかもしれない。
もちろん俺もリルムと付き合うなんてことは考えてないし、
変に意識し過ぎる事はないと思うのだが。
学校に着き、普通に授業を受ける。今日は朝から実践魔法の授業だ。
なので、俺たちはグラウンドの方に向かった。
これはその名の通り実践的に魔法を使えるというものであり、
毎日黒板に向かう生徒たちにとっては、かなり面白い授業だった。
前回の授業では、攻撃魔法に対しての防御魔法ということで一般的な防御方法を教わった。
「今日は前回の応用です。二人一組になって、一人が攻撃、
一人が防御魔法を唱えてそれを防いでください」
先生の一声を聞き、生徒たちは行動を始める。
魔法学校で習うのは、ほとんど生活を便利にするような魔法だ。
例えば物を浮遊させる魔法や物質を変化させるものなど。
しかし戦争直後の影響か、カリキュラムには攻撃魔法を習うことも記されている。
とは言っても、授業で習う攻撃魔法など当たっても火傷する程度の物で
防御に関しても、その程度の魔法の対抗策でしかない。
だから生徒は遊び感覚で授業を受けているようだ。
「よーし、ロイちゃん。あたしが相手だよ」
俺がクライスと組もうとすると、それを防ぐかのようにリルムが俺の前に立ちふさがった。
「あー、俺。クライスと組むわ」
「それは無理だと思うなぁー」
リルムが指差した方を見ると、クラスの女子がクライスを取り合っていた。
クライスは苦笑いをしながら、女子生徒の対応をしている。
「あいつ、いつでも人気あるなぁ……」
改めてクライスの人気を実感する。
クラス内でも他学年でもクライスが女子に声をかけられているところをよく見かける。
まあ、顔も良く、愛想も良く、頭も良いとなれば注目されないはずもないか。
そんなこんなで俺はリルムと組むことになった。
こいつと組むのは心配だが授業中ぐらいはまじめにやってくれるだろう。
「じゃあ、あたしが防御するから、ロイちゃんが攻撃魔法をかけて」
リルムは俺から数メートル離れたところで構える。
「いくぞー」
そう合図をし、教科書通り、下級の火の魔法を詠唱する。
詠唱が終わると俺の構えた手から、小さな火球が飛び出し、リルムの方に飛んでいった。
魔法の防御方法は大まかに言うと三種類ある。
ひとつは詠唱により魔法の障壁を作り、魔法を防ぐ〝防壁〟。
もう一つは同等な魔法をぶつけて威力を削ぐ〝相殺〟。
そして最後に魔法自体を消す〝解除〟。
今回の授業ではその三種類の中での〝解除〟を履修することになっている。
〝解除〟する時の魔法を一般的に”〝反魔法”〟と呼ぶ。
リルムは反魔法でその火球を到達前に解除する。
こっちに帰ってきてからリルムの魔法をちゃんと見るのは初めてだが、
さすが彼女と言った所だ。詠唱も丁寧かつ早い。
下級防御魔法ならば、1秒以内にとなえられるのではないのだろうか。
「じゃあ、ロイちゃーん。今度、あたしからね」
リルムは俺と同じ攻撃魔法を詠唱する。
飛んできた火球を俺も反魔法で消す。
「おお! やるねー」
リルムは俺の魔法を見て驚嘆して声を漏らした。
「今度は俺からだ」
もう一度俺が魔法を詠唱する。リルムが防御する。
「ちょっと、ストップー!」
何往復かしたときにリルムはタンマをかけて俺に寄ってきた。
「ねー、簡単すぎてリルムつまんない!」
頬を膨らまして、リルムはそんなことを訴えた。
「授業なんだから、しかたないだろ」
そう言ったものの、俺も少し飽きた。
他の生徒も飽きたようで先生の目を盗んでは下級魔法をかけ合って遊んでいる。
「あたしたちも他のことやろうよ」
「嫌な予感がするんだが……」
「大丈夫。手加減するよ」
リルムは俺から距離をとり、詠唱を始める。
(この詠唱は風……か)
俺はリルムの詠唱を聞き、すぐさまにそう判断した。
魔法の詠唱にはある程度のくだり、というものがある。
それを聞き分けられれば詠唱が終わるまでに、それがどんなものか知ることができる。
詠唱が終わり、彼女が手を振ると、暴風が俺の方に向かってくる。
当たっても少し吹き飛ぶ程度だが……
俺は詠唱し、すぐに魔法を解除する。
「ええー?」
自分の魔法が解除されたことにリルムは驚いた。
それもそのはずだ。風の反魔法なんて、授業では習っていないのだから。
というか解除できない魔法を撃ってくるなんて性格が悪すぎる……
まあ、あの軌道だと俺をかすめるか、その程度のものだっただろうけど。
「もう、これならどう!」
今度は水の下級魔法。俺はすぐさま解除。
俺が簡単に解除するのが気に食わないようで彼女の表情はどんどん険しくなっていく。
「これなら……」
「おい、リルム! そろそろ止めろって」
俺は必至に静止するが、リルムの耳には届かない。
リルムは詠唱を唱える。火の魔法だが、詠唱が先ほどよりも長い。
彼女が唱えようとしているのは明らかに中級魔法だった。
中級魔法は下級魔法と比べて威力が格段に上がる。しかも解除しにくい。
そんなものを屋外とはいえこんなところで唱えたら……
「ちっ……」
俺の中で最悪なシナリオが出来上がる。魔法には失敗のリスクというものがある。
間違った詠唱で溜まった魔力が暴発するという可能性だってある。
そうなったらリルムも怪我無しでは済まないだろう。
唱え切ったとしても周りに被害が出ないとは限らない。
そう思った瞬間、俺はリルムに向かって走っていた。
反魔法はある程度近づかないと効果がないのだ。
だからこそ俺は詠唱をしながら彼女に近づいたのだ。
しかし彼女は詠唱に集中して、俺のことに気がつかない。
俺が彼女まであと四歩半程度になって詠唱が完了し、
彼女の手からサッカーボールほどの火球が現れる。
独学で中級魔法を使えるようになるのは、さすがリルムと言ったところだが……
火球は俺の方に向かってくる。思ったよりも出が早くて、解除が間に合わない。
「くそっ」
背後には無邪気に魔法をかけ合っている生徒が――
避けても被害が出るのならば……
俺は咄嗟に火球に手を伸ばし、火と対する属性、つまり水の魔法を即唱した。
俺の思い描いたように、水の柱が炎の玉に向かい、突き刺さる。
火球は水の柱とぶつかり、大きな音をたて消滅した。
「あっ……」
そこでリルムは我に返ったらしい。俺のことを見てポカーンとしている。
俺はリルムに寄って、手を振り上げた。
さっきの破裂音に負けないぐらいの音がグランドに響き渡る。
「馬鹿野郎! 誰か怪我したらどうすんだ」
俺にぶたれたのに余程驚いたのか、リルムは目を見開いて硬直している。
「ご、ごめんなさい……」
自分のやったことに気が付き、彼女は涙を浮かべながら謝る。
叩かれた頬を抑える彼女の様子を見て、俺はふぅーっ、とため息を漏らす。
「怪我がなくてよかった」
そう言って彼女の髪を撫でてやる。
「うっ……うううううう」
うめき声をあげ、彼女は俺の方に頭を埋めてきた。
これだけ叱ってやれば、リルムも反省するだろう。一件落着と――
だが俺はそこで気がついた、クラス全員が唖然として俺の方を見ていたのだ。
あんな激しい音が鳴ったのだ。そりゃあ、誰だって注目する。
「リルム、離れてくれ……」
クラスメイトの視線が痛い。しかも見ているのが中途半端なタイミングからだ。
俺がリルムを殴って、泣かせたとも思われかねない。
「ご、ごめんね……」
俺が焦っているのに、リルムはお構いなしに、頭を埋めてくる。
悪い気分じゃないのだが、今の状況じゃ……
「ロイ君。女の子に手を挙げるなんてサイテーね!」
「リルムに手を挙げるなんてすげぇな……」
「きっとドSなんだよ……」
ギャラリーからいろいろな罵声が飛んでくる。
「おっほん。ロイ君。リルム君。一応授業中ですから。痴話喧嘩は慎んでくださいね」
ああ……先生まで……
思い出した。今日の星座占い、最下位だったけな…………