第二章 素晴らしき? 学園ライフ③
昼から授業を二種類受け、放課後になる。
慣れない授業のせいで頭はオーバーヒート寸前だ。
俺はさっさと教科書を鞄につめ、帰ろうとする。
「じゃあね、お二人とも」
クライスはそう言い残し、そそくさと教室を出ていった。
「なんか用事でもあるのか? クライスの奴」
「クライスちゃんは部活やってるからねぇ」
「部活?」
「うん、ゲーム部」
「そういや、小さいころからあいつは戦略ゲームとか得意だったっけ」
初めてあいつの部屋に行ったときは驚いた。
部屋中に古今東西のゲームが置いてあったのだ。
なんでも父親がその手のコレクターだったらしく、
その影響を受けてゲームに興味を持ったのだとか。
その中でも彼のチェスの腕前は本物だった。
俺はハンデ戦ですら一度も勝ったことがない。
「あたしもクライスちゃんにはチェスで勝ったこと無いんだよなぁ」
リルムは悔しそうに机をドンドンと叩く。知的ゲームで勝てないのがよほど悔しいらしい。
「リルムは部活とかやってないのか?」
「あたしはなんにもー」
「飽きやすいリルムらしいな」
「そんなことないって。ただ何でも簡単にできるようになっちゃうからつまんないんだよ」
「なんか嫌味な言い方だな」
リルムはすべてのことにおいて要領がとてもいい。
だからこそほとんどのことは人より早く上達してしまうのだ。
「ならばスポーツでもすればいいのに」
「あんまり動くの、好きじゃない」
「そうか」
別に運動神経が悪いわけではない彼女だが運動することに興味を持っていないらしい。
「で、ロイちゃんは何か部活をやるの?」
「いや、やることは考えてないよ」
俺には五年というハンデがあるのだ。少しでも時間を見つけたら勉強しないとまずい。
「じゃあ毎日一緒に遊べるね」
リルムは嬉しそうに俺の腕に抱きついてくる。肘から二の腕にかけて柔らかいものが当たる。
「あの、リルムさん、胸が当たってるんですけど……」
「いいの、いいの。あ、でも、これはロイちゃんだけの特別なんだからねー」
「はいはい。ありがとう」
ここで恥ずかしがると、後で面倒になりそうなので俺はリルムを放っておく。
そのまま少し、教室で級友と雑談をしていると、
「おい、転校生。可愛い子がお前のこと呼んでるぞ」
男子生徒がニヤニヤしながら声を掛けてきた。
「へ? マジで?」
「大マジだよ!」
半ばニヤニヤしながら、急いで廊下に出てみると、そこにはクーナの姿があった。
「お兄ちゃん、一緒に帰ろう」
「可愛い子ってクーナのことか……」
少し期待した俺が馬鹿だった。
初日から転校生が可愛い子に呼びだされるはずないか。
まあ確かにクーナは可愛いけど…………妹だし。
「どうしたの? お兄ちゃん? 残念そうな顔して」
「いや、何でもない。気にするな」
俺はクーナを廊下に待たせて、鞄を取りに教室に戻る。
扉を開けて中に入ると、クラスメイト達は興味津々の目で俺のことを迎えてくれた。
「おい、ロイ。どうだった?」
「どうだったって…………」
「下級生みたいだけど、可愛い子だったじゃないか」
男子生徒に囲まれて俺は尋問される。
「クーナちゃんは大切な人だよね」
「えっ?」
リルムの言葉に驚愕とする一同。
おいおい……なんでこのタイミングでリルムが出て来るんだよ……
「一緒に住んでたしねー」
「ええっ?」
「り、リルム。話を紛らわしくしないでくれ……」
「くそぉ、転校生のくせにもう彼女か! しかも一緒に住んでただと」
「リルムちゃんって存在も在りながら堂々と彼女を作ったのか! ええ?」
男子一同は癇癪を起したり、窓から何か叫んだり、
腕に目を当てて泣いたり……その場を収めるのにかなりの労力を費やした。
「まったく、クーナ。教室まで来なくてもよかったのに……」
帰り道、俺とクーナとおまけのリルムは道を歩いていた。
「ごめん。迷惑だったかな……?」
クーナは少し顔を俯け、泣きそうになって謝ってくる。
「ああ、いや。迷惑じゃないよ。嬉しかったって!」
俺は大げさなリアクションを取り、クーナの機嫌を取る。
「よかったー。じゃあ毎日迎えに行くね」
クーナは笑みを浮かべ、俺の顔を嬉しそうに見てくる。
「ロイちゃんもクーちゃんには甘・あま、だね~」
リルムは脇を小突いて、からかってきた。
「うっさいな…………」
自分でもそう思うが、
クーナのいる前で否定も肯定もできずに俺はリルムの悪態をついてその場をやり過ごした。
そんなやり取りをしている間にあっという間に寮付近まで来てしまった。
「じゃあな」
俺がそう言って二人から離れる。しかし彼女たちは当然のようについてくる。
「おい、何でついてくるんだ? 女子寮あっちだろ?」
俺は女子寮の方を指さすが、リルムはその指をぐいっと掴み込んだ。
「暇だから、ロイちゃんの部屋で遊ぶ!」
「そんな勝手に…………」
「私も行きたいな」
うむむむ…………これで今日は勉強している暇はなさそうだ。
結局、彼女たちを追い出せずに、俺は二人を部屋に招き入れた。
「ロイちゃん、コーヒーお願いねー」
「へいへい」
俺は渋々と三人前のカップを出し、ヤカンを火にかける。
「おにいちゃん、私も手伝うよ」
そう言って、クーナがキッチンに入ってくる。
「これ、おやつにしようかなって持って来たんだ」
クーナは鞄からクッキーを取り出した。
「お菓子まで持ってくるなんて用意周到だな」
「えへへ。気が利くでしょ?」
「まあな。何もしないアイツよりはな」
リルムはソファーに座り、ラジオのチャンネルをガチャガチャと回している。
クーナに適当な皿を用意させ、コーヒーを入れたカップとクッキーをテーブルの上に並べた。
「おお、待ち焦がれたぜよ」
リルムは俺の部屋にあった漫画本を床に投げ捨て、椅子にピョンと乗った。
「いっただきます~」
リルムを先頭に俺達のおやつの時間は始まった。
「おいしいね。このクッキー!」
リルムはそう言って何度も皿に手を伸ばして、クッキーをかっさらう。
「前、街に行った時、買って来たんだー。おいしいって話題のお店のなんだよ」
自分の持って来たものが好評でクーナも上機嫌だ。
「クッキーなんて久々に食べたかもな」
この至福の甘さは食べるものを幸せにしてくれる。
「リルム、食べ過ぎると、太るぞ」
「大丈夫。リルム、太らない体質だから」
俺の忠告はあっさり無視され、彼女は勢いを失うことなく、
すべてのクッキーを胃の中に押し入れた。
「いいな、リルムさんは。私、少し油断したら太っちゃうのに……」
クーナは心配そうに自分の身体を見る。
その目線に誘われて、俺もクーナのことを見つめるのだが、太っている様には見えない。
「クーナ、気にし過ぎなんじゃないのか?」
「もう! お兄ちゃんには女の子の苦しみが分かんないんだから!」
いや、分からないが、そこまで熱くならなくても……
というか俺目線だが、女の子も体重を気にし過ぎていると思う。
世の中にはぽっちゃりした子が好きな男もいるのだ――まあ、俺はスレンダーな方が好きなのだが。
おやつを食べ、暇になり、俺たちはリルムの提案でトランプをすることになった。
「…………」
俺とクーナは目を合わせ、唖然としていた。
「やったー。またあたしの勝ちー!」
先ほどから数回勝負をしているのだが、
リルムだけが勝ち続けていた。
瞬間記憶能力を持つ彼女にとってトランプは運のゲームではなく記憶ゲームなのだ。
神経衰弱でもババ抜きでも彼女はすべてのカードを把握し、最高の戦術を打ち出してくる。
上機嫌な彼女とは反対に俺達のテンションはガタ落ちだった。
「ふぃー。遊んだ。遊んだ」
満足そうに背伸びをするリルム。
「そろそろ私も帰ろうかな」
二人が帰るというので、俺も女子寮の前まで見送りをする。
「へへへ。送ってくれるなんて律儀じゃん。ロイちゃん」
リルムは嬉しそうに俺を見てくる。
「ありがとうね。お兄ちゃん」
クーナもうれしそうに言ってくる。
「歩いてすぐだし、気にするなよ」
俺は手を振り、二人と別れた。
宿題も終わり、俺はベッドに寝っ転がる。
今日の学校のことを思い出した。普通の学校で普通に勉強する。
こんな生活に戻れるなんて想像もしなかった。
銃声のしない静かな部屋の柔らかいベッドで寝る。
それを当り前としなかった日が、かなり昔にも思えてくる。
まだ少し違和感はあるが、この生活にもすぐに慣れなければ。
そう思い目を瞑る。