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第六章 涙とご褒美③

その日、俺の病室は賑やかだった。

クーナ、クライスは当然ながら、ウワサを聞きつけたクラスメイトや

リルムの家族やらで大賑わい。

挙句の果てにはうるさ過ぎてナース長に追い出される始末。


しかしそんな中で得た情報がある。

スレグスは部隊に鎮圧されたということになっているということだった。


話に聞けば、俺は一部の生徒の救出に貢献した程度の活躍らしい。

この情報操作は師匠がやってくれたのだと思う。


たぶん目立てば、俺が軍部に引き抜かれると見越した判断なんだと思う。

真相を知っているのはクライスとクーナ、そしてリルムだけのようだ。


「本当にヒーローになるチャンスだったのにね」


と、リルムは残念そうにしていた。

しかし俺はヒーローになりたいとかそんな気持ちで行動を起こしたのではない。

みんなが助かったのだから後の結果などどうでも良かった――


それよりも今の状況だ。

「はい、ロイちゃん。あ~ん」

「お兄ちゃん。あ~ん。だよ」

「ロイ。いっぱい食べないと、怪我が治らないよ」


みんながナース長に追い出された後もこの三人だけが俺の病室に残っていた。

で、何をしているかというと…………

三人で俺を囲み、カットフルーツをスプーンに乗せ、食べさせようとしてくるのだ。


冗談じゃない! 俺は小鳥かよ……


しかし変なところで3人は対抗心を燃やしたのか、

誰のを食べてもらえるか勝負に走っているに違いない。


それで俺の目の前にはスプーンが三つ差し出されているのだ。

リルムやクーナはともかく、クライスまで乗ってくるとは…………


「誰のを選ぶの? もちろん私のだよね?」


リルムは自信満々に言う。


「お兄ちゃんは桃が大好きだから、これを食べるはずです」

と言うクーナ。


「僕は今メロンが食べたいな」

とか言ってる、クライス。


う~ん…………


悩んだ挙句、俺はクライスのスプーンにかぶりついた。


「あーっ!?」


リルムとクーナは声をハモらせて感嘆の悲鳴をあげる。


「よしよし。やっぱロイはメロンの気分だったね」

と満足そうに笑うクライス。


「なんでクライスちゃんのなの!?」

「お兄ちゃん? 桃好きだったでしょ?」


残った二人は俺にスプーンを押し付けてくる。


「いや、ただメロンの気分だったんだけど……」


そう口で言うものの、俺はちゃんと計算をしていた。

リルムかクーナを選べば、残った女性からメガトン級の一撃があると思ったからだ。

どっちも執念深さは半端ないから……


ならば、クライスのを食べて、女性陣はドローというのが一番良いはず、

と思ったのは間違いだったらしい。


「ほら、もっと食べてよ。ロイちゃん」

「はい、お兄ちゃん。あ~ん」


俺はその後、フルーツがなくなるまでスプーンを永遠とあてられていた。


「うぷっ……もう無理……」

「ダメダメ! クーちゃんのほうが私より一口多く食べてるんだから」

「えー! そんなの分からないじゃないですか?」

「数えてたもん!」


そう言って、また対抗心を燃やし始める。


その時。突然病室の扉が開いた。

そこにいたのは大男……

いやよく見れば女性だ……


「ナース長……」

「あんた達……さっき静かにしろって言ったでしょ……」


ナース長の怒りは頂点に達していた。


「ひっ……」


その迫力に3人は固まる。


「じゃあ、ロイちゃん。私たち帰るわ」

「お兄ちゃん。また明日ね」

「お大事に。ロイ」


三人は俺を置いて、逃げるようにして病室から出て行った。


「薄情者っ! 逃げるな~!!」

「ごほん。ロイさん……」

「は、はい……」


こんなプレッシャーは初めてだった。


「今度騒いだら、医療ミスしてしまうかもしれないので、注意してくださいね」


ナース長は笑みを浮かべ、病室から出て行った。

冷や汗をかきながら思った。

医療関係者には逆らっちゃいけないと……






その車は刻々と国境に近づいていた。

そこに乗っているのは吸血鬼と呼ばれる男だった。

両手には手かせをはめられ、その拘束器具が手の自由と同時に魔法詠唱をも封じていた。


「なあ、そろそろ。手枷を外してくれねーか?」

「国境を通り過ぎるまで我慢をお願いします」

「しゃーねーな」


スレグスは椅子にもたれ掛かり、牢獄のような車内を見渡す。

こんなところに居るのも今日でおさらばだった。


「約束どおり、帝王サマはしてくれるんだろうな」

「はい。貴方様の望んだお金と地位が与えられます」

「なら安心だ」


事件の真相はこうであった。

敗戦国の隣国は戦争が終わってもその結果に不服であった。

だからスレグスをワザと逃がし、その調査をするとの理由で敵国の国力を探らせていたのだ。

もしスレグスが交渉を成功させ、敵国の情報をつかめば良し、

それが失敗しても特派員からの情報に期待できるというものだった。


スレグスの同意の下、作戦は開始され、

特派員たちは独自のルートでそれなりの情報を入手しており、後は持ち帰るのみだ。


「まったく帝王サマも人が悪いぜ……俺を犯罪者扱いするとは」


スレグスは戦場においても、今回においても、作戦に従っただけである。


「本当に無事で何よりでした」

「体じゅう、バラバラにされて無事か……まあいい。

 あの小僧にはいつか復讐してやるのだからな……」



その時突然、車が停止した。


「もう国境か? 早いな……」

「いえ! 車の前に誰かが……」

 

そう答えたのが運転手の最期の言葉だった。運転シートが紅く染まる。


「うわぁぁぁ!」


助手席の男の断末魔が聞こえる。


「おい! どうした!?」

血に染まったフロントガラスが前方に居る人物の姿を隠していた。

それほど運転席の様子は悲惨だったのだ。


運転手の男は顔を横に切り裂かれ、確実に絶命していた。

助手席の男も上半身と下半身を分けられ、ピクピクと身体を震わせていた。


「お前は……」


血に染まったフロントガラス越しにその人物は近づいてきた。そして詠唱を始める。


「誰か! この鎖をはずせぇー!」


詠唱を終えることを確認すると、スレグスは自らの身体に痛みを感じた。

一筋の閃光が頭から足までの身体の中心を通っていったのだ。


真っ二つになる直前、スレグスは見た。レイピアを持った金色の髪の女性の姿を。


「逃がしはしないさ……」


女性は再び詠唱を始める。

それはスレグスの得意とした爆発の魔法だった。

爆発音とともに車が粉々になる。


それを見届けると彼女は踵を帰し森の中へと消えていった。


「私の弟子に復讐心を燃やされても困るのでな……」


この事実はおそらく歴史という闇に葬りさられるのであろう。


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