第一章 俺の悪魔降臨!②
銃声と悲鳴が轟く世界。俺はそこに立っていた。
そこは何度も見た戦地だった。
俺の手には魔法銃が握られており指揮官らしき人に突撃を命じられる。
俺は躊躇なく敵部隊に飛び込んで行く。
仲間が横で倒れても走り、前を目指す。
その時ソイツは現れた……
敵だと思っても俺は引き金を引けなかった。
自分の目の前にいるのは……俺……なのだ。
真紅の髪をした俺は魔法を詠唱し、次々と仲間を吹き飛ばしていく。
爆音とともに先日まで一緒の飯を食っていた仲間が肉片と化す――最後に俺だけが残った。
銃を構える気力も無くし、俺は立ち尽くす。
そんな自分を見て、目の前の赤髪の人物は笑う。
死体を踏み台にし、大声で――
それはまさに悪魔の咆哮と感じられる――
彼の手は赤い血でベットリと濡れていた。
その髪と同じぐらいの紅――あの手でどれだけの人間を死者へと変えてきたのだろう?
彼は俺の手を指差した。俺の手も彼と同じように血がこびり付いていた。
同じような紅……
血の匂いで目眩がする――
違う……俺はそんなことをやっていない……
そう思うが声は出ない。彼は笑う。
まるですべて知っているかのように――それでも俺は懸命に叫んだ、心の中で……
「違う!」
大声をあげて目覚めると、そこは俺の部屋であった。
夢だったのか……?
そう思った瞬間に、緊張の糸が切れ、ドッと身体がだるくなる。
「はぁはぁはぁ……」
呼吸の早さと音で自分が過呼吸であると実感できた。
口に手を当て、息を整える――
現実と夢の区別がつかない曖昧さが気持ち悪い。
額には脂汗が浮いており、それを腕で拭った。
背中にも相当の寝汗をかいてしまったみたいだ。外気と触れ合い、体温が下がっていくのを感じる。
肩で息をしながら、周りを見渡すと、
「ロイちゃん……?」
リルムが心配そうに俺の方をベッドの上から見ていた。
「起こしっちまったか……ごめん」
「ううん。うなされてたけど、大丈夫?」
「っ!」
彼女が伸ばしてきた手を、咄嗟に払いのけてしまった。
「あっ……」
彼女はその行動に驚き、少し悲しげな表情をする。
その表情に罪悪感を覚えてしまう。
彼女は心配してくれているだけなのに何故そんなことをしたのかと――
「ごめん……」
「うん……」
しばし、沈黙が流れる。リルムのことだから、詮索をしてくるだろうと思ったが、そうではなかった。
「そろそろ朝だ。学校の支度でもするか」
沈黙に耐えきれずに俺はそんなことを言った。
実際まだ夜が開けたばっかりで眠ろうとすればもうひと眠りできるのだが、
あんな夢を見た後には眠る気にはなれなかった。
リルムも俺の言葉に促され、窓を開ける。朝焼けの光がやけに眩しい。
「じゃあね。また後で」
そう言い残し、彼女は窓の外に姿を消した。
一人残された俺は、窓の外を眺め、ぼーっと、鳥の声を聞いていた。
朝食を済ませ、荷物をまとめ、家を出た。
今日から俺の新しい毎日が始まるのだ。
夢のせいで気持ちはブルーだが、そんなことで落ち込んではいられない。
「今日から宿舎での生活だね」
「ああ、いい部屋だといいんだけど」
「大丈夫だよ。女子寮は結構いい部屋なんだよ」
クーナは俺の荷物を半分持ち、隣をくっついて歩いている。
学園に転入したのだから寮生活をしなくてはいけない。
実家にもう少し泊まっていたかったのだが、そう甘えてはいられないだろう。
一刻も早く普通に慣れなければいけないのだから。
歩くこと十五分程度、俺は学園の門のところまで来ていた。
子供のころも社会見学ということで何度も来ているのだが、
ここの敷地内の大きさにはいつも驚かされる。
郊外に建てられたこの学園は敷地内に山や森や湖まで所有しているらしい。
寮もこの中にあるのだが、校舎まで歩けば十分はかかるみたいだ。
なんでも生徒を伸び伸びと生活させるために自然な環境を作ったとか――
さぞかし創立者はお金持ちだったんだろうなと思わざるを得ない。
門前で守衛さんに許可証を見せ、敷地内に入って行く。
敷地内はまるで街の一角。寮までの道には色々なお店が並んでいる。
俺は辺りの様子を伺いながら、道を歩いて行く。
男子寮に着くと、俺は部屋を案内される。
二階の隅の部屋らしい。朝早い時間だけあって、寮の中は静かだ。
クーナ曰く、週末はみんな実家に帰っているのだとか。
寂しい気はするが――まあ、新人だと騒がれるのも面倒なのでこれでいい。
「クーナちゃん。おはよう」
俺が部屋の前に荷物を置くと、金髪の優男が声を掛けてきた。
身長はあまり高くなく、とても細い体をしている。
顔は美形の部類に入るだろう。何と言うか中性的な美しさを持っている感じだ。
「彼氏さん?」
彼は不思議そうな目で俺の所を見てくる。クーナは少し微笑み、
「違いますよ。クライス先輩。兄ですよ」
そう、その男に説明をした。しかし、その説明の中でひとつの言葉が、引っかかった。
「クライス?」
俺はその名前を聞いて驚いた。クライスと言えば、俺のもう一人の幼馴染の名前なのだ。
彼をもう一度見る――確かに。背は高くなって、美形になっているが、
まぎれもなく彼は幼馴染のクライスだ!
「ロイ! 久し振り」
クライスは俺の手を握ってくる。
「おう。クライス。本当に久しぶりだなぁ」
「まさか、帰って来ていたなんて」
クライスとはリルムと同じぐらい幼いころからの友達だ。
男で一番親しかったのは多分彼だろう。
俺とクライスの間には、リルムの悪行に巻き込まれ、それに耐えてきた絆があるのだ。
「よかった。本当に心配したよ」
「ははは。お陰でな」
そこで少し立ち話をした後、クライスは俺の引越しを手伝ってくれると言い出してくれた。
その提案はありがたい。
クーナを連れてきたとは言っても、正直、知り合いが居なくて不安だったから。
クライスは俺の荷物整理を手伝う。
とはいっても部屋には備え付けの家具があり、俺の荷物はそこまで多くはない。
三人でやれば、そんな作業はすぐに終わってしまった。
引越しの終わった部屋を改めて見る。日当たりもいいし、部屋の大きさも悪くはない。
設備は水道・バス・トイレと小さなキッチンがあるだけだが暮らすのに特に不便は感じないだろう。
「よーし! 学園内を案内するよ」
荷物の整理も終わり、クーナは張り切ってそんな声をあげる。
「おう。頼むわ」
「僕もご一緒させてもらおうかな」
クライスもパーティーに加え、俺たちは学園内を歩く。
校舎まで行く道のりには敷地内とは思えない色々な店が並んでいた。
宿舎から校舎までの道はメインストリートと呼ばれており、
学校が経営しているお店が出ているのだ。普通の文房具屋もあれば、
服屋やカフェまである。ここに来れば、大抵のものが手に入るとクーナは言っていた。
メインストリートを抜けるとすぐに校舎が見えてくる。
校舎はとてつもなく大きくてまるで城のように映った。
「すごいものだな」
昇降口から建物を見上げ、ついそんな言葉を漏らしてしまう。
「この街の名物でもあるからねぇ。観光地化すれば客を入れられるんじゃないかな?」
「学園を観光地にしたら、まずいだろう」
俺はクライスに冷静に突っ込みを入れるが――ロビーに入るとその豪華さに驚かされた。
大理石の床に壁にかけられた絵画。本当にどこかの城に迷い込んだ錯覚に陥る。
冗談抜きに観光地にすれば、栄えるかもしれない。
「とりあえず、教室を案内するね」
クーナを先頭に俺は学園内を案内してもらうことにした。
普通教室は、本当に普通のどこにでもある学校の作りなのに、
特別教室はさすが魔法学校というべきか、ものすごく変っていた。
例えば薬学の部屋では教室中に植物が生い茂り怪しい匂いがプンプンしているような感じだ。
魔法はその周りの環境が大きく関与するが、ここまで凝っているとすばらしいと言わざるを得ない。
案内の間、俺は暇をすることなく、大いに楽しめた。
そんな感じの教室巡りを終え、俺たちはテラスに寄る。
ここは食堂と一体になっており、生徒の憩いの場である。
学校が休みの今日でも、ここには十数人の生徒が談話している。
折角なのでここで一息つくことにした。学食のメニューは豊富で特に麺類がお勧めだとクーナは言う。
そのおススメに従い、俺はペペロンチーノ・スパゲッティを頼む。
「あいよ」
調理場のおばちゃんは愛想よく、そう返事する。
すぐに調理が開始され、待つこと一分程度でトレイの上に注文品が届く。
「いたただきます」
二人が座ったところで食事が開始される。
俺のペペロンチーノの味はそこそこ、値段からすればかなりリーズナブルな感じだろう。
「ここを使う生徒もいれば、メインストリートに行って何か食べる人もいるんだよ」
クーナはそんな知識を授けてくれる。
「クライスもいつもここで食べてるのか?」
「僕はもっぱらお弁当だね。お金にもそんなに余裕はないし」
「そうか。俺も弁当にするかな?」
「えーっ! お兄ちゃん。料理できるの?」
クーナが大げさに驚いた。
「俺にできないことがあったかい? 妹よ?」
「小さい頃、さんざんお兄ちゃんの黒コゲパン食べさせられたのに……」
「ぐっ……幼いころのことは関係ない!」
確かに小さい頃の俺は無力だった。
だが鬼のような師匠のおかげで料理の腕もグングン上がった。
というか上げなければ殺されかねない状況だったのだ。
「あたしにも後で作ってよー」
「おう、いいとも……って」
不意に聞こえた第三者の声に俺は振り向く。そこには桃色の髪と変な帽子があった。
いつの間にかリルムが俺の背後を取っていたのだ。
「やったー! 約束だからね」
リルムは両手を挙げ、はしゃぐ。
「待て! 何故お前はいきなり現れるんだ!」
「そりゃあ、ロイちゃんを朝からストーキングしてきたからねぇ。
部屋の場所までばっちり確認できましたー」
迂闊だった。リルムを巻くために、早めに準備をして家を出たはずなのに、
つけられていたとは……
「およ? クライスちゃんもいる」
「やあ、リル。今日も元気そうだね」
「うん。リルムはいつも元気だよ」
こういう会話を聞いていると昔に戻った気がする。
ツッコミ役の俺、ボケのリルム、そして外からニコニコしているクライスだ。
この三人で日々生活を共にしていた。
「ロイちゃん。パスタ頼んできてー。おなかぺこぺこ」
「自分で行け!」
「じゃあ、クライスちゃんでいいやー」
やれやれといった感じで、クライスは席から立ち上がりパスタを頼みに行った。
「学校内は気に行った? ロイちゃん?」
「ああ、まあまあだな」
「ここには秘密のスポットがいっぱいあるんだよー」
コイツがこういう話を出してきたときにはロクなことがあった試しがない。
「亡霊の出る旧校舎や、珍獣の出る森~。今度行ってみようよ」
「丁重にお断り致します」
俺は一礼をして、そう言う。
「えーっ? 一獲千金のチャンスなのに……」
彼女は肩を落とし落胆する。珍獣はともかく、
亡霊にあったところでお金は入ってこないと思うのだが……
「亡霊はあのルートで売れば……ブツブツ」
聞くとめんどう臭そうなので、聞かないでおこう。その話を終えると、クライスが席に戻ってきた。
「おまたせ」
その手にはドス黒いパスタが乗っている。
「な、なにこれ……?」
リルムは珍しく動揺する。
「これってもしかして、激辛ブラックイカスミパスタ?」
「クーナ、知ってるのか?」
「うん。校内七不思議の一つだよ。
とても食べられるものじゃないのにこのパスタは何故かメニューから消えずに残ってるって……」
「七不思議に上がるぐらいの強烈なパスタって、〝どんな〟なんだよ……」
ドンっと机を叩いてリルムは激怒する。
「ちょっと! なんでこんなもの頼むのよ!」
クライスはキョトンとして、
「だってリル。パスタの味、指定しなかったでしょ?」
「そうだけど……」
揚げ足を取られ、リルムは沈黙。
「美味しいから食べてみなって」
食べてみろと言われても――俺はこれを食べることができないと思う。
まず視覚から食べることを拒否される。どす黒い液体が白いパスタを包みこむ黒雲のように見える。
「むむむむむ……」
リルムは少しパスタを睨んだあと、フォークで一口分を取り分け、それを口に運んだ。
――しばしの沈黙……も続かない!
「辛ぁ! マズ~~~!」
瞬間的絶叫。リルムは俺のオレンジジュースをぶんどり、口を洗浄する。
「おい、間接キスだぞ!」
「そんなこと言ってる場合かー!」
リルムは涙目になって俯いた。どうやら激マズだったらしい。
「どれ、俺も……」
興味本位で一口もらう。しかしこの行動は愚行でしかなかった。
「マズ……」
戦場でロクなモノを食べなかった俺の舌ですらこの味には耐えられなかった。
「クライスちゃん! こんなの頼むなんて、食への冒涜だよ! テロだよ!」
リルムは意味不明なことを叫んだ。まあ、その気持ちも分かる。
「クーナもどうだ?」
俺はクーナにも勧めてみる。しかし彼女はブンブンと首を横に振り、全身で拒否声明を出す。
「美味しいと思うんだけどなぁ……」
誰も食べなくなったパスタをクライスは引き寄せ、頬張る。
「おいしい。やっぱり、これは一番のメニューだよ」
クライスは三分もしないうちにすべてを平らげてしまった。
昔からクライスにはこういうところがある。
ボーっとしておっとりしているのにたまに爆弾級のことを平気で仕出かす。
しかも本人に悪気はないという。瞬間的にはリルムの悪行を超えるのだ。
「もうっ! ロイちゃん。口治し頼んできて!」
「はぁ、何で俺が! 自分で行け!」
「まあまあ二人とも、喧嘩はしないで――」
久し振りだというのにかなり盛り上がってしまう。これが友達というものなのだろうか。
夜になり、各自部屋に戻り、俺も部屋でゆっくりと一人の時間を過ごしていた。
帰りにメインストリートのお店に行き食材を調達したのでしばらくは自炊もできる。
そろそろ晩飯にしようかと思った時、突然部屋にノック音が響いた。
誰だろう? 確率的にはクライスだろうだけど……
悪い予感がして、俺は静かにドアを開けた……そこにいたのは桃髪の悪魔であった。
「ご飯もらいにきたよ~」
「帰れ」
「あっ!」
俺は勢いよく扉を閉めようとするが、彼女は強引に手をねじ込んで、離さない。
「さっき約束したでしょ。料理作るってー」
「今日なんて誰も言ってねーよ! というか、ここ男子寮だぞ!」
「そんなのあたしに関係ないもん」
一向にリルムは扉を離さない。
「きゃー! ロイちゃんがあたしに乱暴するよー」
「してないし! そういう誤解を招くこと言うな!」
このままこいつを放っておいたら、何を言い出すか分からない。
「もう、分かったから、入れ!」
俺は折れて、部屋に悪魔を招き入れることにした。
部屋に入った瞬間おとなしくなったリルムはベッドの上に座った。そこが定位置らしい。
「料理食ったら、帰れよ!」
「はーい」
リルムは手を挙げ、元気良く返事をする。
俺はキッチンに入り、あらかじめフリーザーで寝かせておいたハンバーグを焼き、
飾り付けのインゲンをさっと炒め、皿に盛り、そこにソースをかける。
見た目的にもこんな感じでいいだろう。
皿を持ち、リビングに入ると、リルムが俺の荷物を漁っていた。
「リルム。何してるんだ?」
「えっ? ちょっと、さがしものを……」
頭をポリポリと掻きながら、リルムは舌を出す。
可愛い仕種だがそんな行為で誤魔化される俺ではない。
「お前なぁ……やっていいことと悪いことがあるだろ!!」
「ロイちゃんが、えっちぃ物持ち込んでないのか確認してたんだよ!」
リルムは逆切れして俺に突っかかってくる。
というかそんなもの探すために人のカバン漁るなよ。本当に出てきたらどうするんだよ。
「疲れた……」
怒るのも馬鹿馬鹿しくなり、机に二人分のご飯を用意してやる。
彼女は機嫌悪そうに机に座り、ハンバーグを口に運ぶ。
「おおおおおおおおお……」
「はっ?」
リルムは俯き、肩をプルプルと震わせる。
「口に合わなかったか?」
「美味しいね! ロイちゃん!」
興奮したのか、彼女は机の上に乗り上げ、俺の鼻先まで顔を近づけてくる。
そんな不意打ちに、俺は驚いて、椅子から転げ落ちた。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ――」
畜生、今のは、反則級の不意打ちだぜ。
少し俺の顔が近ければキスしそうだったじゃないか…………
って何ドキドキしているんだ。相手はリルムだぞ!
俺は自分に言い聞かせながら、椅子を戻し食事を再開する。
当のリルムは余程料理が気に入ったのか、上機嫌になって喋りまくってくる。
ドキドキしたのが自分だけで、なんだか損をした気分だ。
料理を食べたら――という約束だったが、リルムの話を聞いているうちに、
時計の針は深夜を指していた。
「ねえロイちゃん」
「何?」
「料理のお礼に一緒に寝てあげようかー?」
「お前、何、言ってるんだっ!」
その言葉に俺はかなりの動揺を示してしまう。
さっきの彼女の顔のアップがフラッシュバックする。
リルムとは確かに仲が良い。それでも男女としての仲を考えたことなんて一度もなかった。
幼い俺にはリルムを女の子として見られなかったのだ。
しかし五年の月日が流れ、俺もリルムも共に成長している。
彼女はその意味を本当に分かっているのであろうか?
「だって、ロイちゃん。夜が怖いって、あたしがよく添い寝してあげてたでしょ?」
「添い寝…………って何年前の話だよ!!」
「うーん。十年ぐらい?」
「はぁ……」
どうやら彼女とは一緒に寝るという言葉に弊害があったらしい。
俺は少しホッとして、彼女を見た。
俺の目の前の少女があの頃のまま、無垢であって欲しいと心の中で思う俺がいた。