第五章 絆と力⑪
俺は必死だった。校舎を廊下にそって走っても間に合わない。
だから一直線にショートカットをしたのだ。炎の魔法を推進力にし、
そのままスレグスに体当たりをかました。
「ぐっ!」
俺はスレグスとともに崩れた壁から、校庭へと転がり落ちる。
スレグスは自らの身体が結界に押し付けられる前に結界を解除したらしい。
俺は空中で体制を整え着地をする。
スレグスも激しい体当たりを受けながらも何もなかったように着地した。
「飛んでくるとは、面白いやつだなぁ!」
スレグスはそう言うと、校舎のがれきを拾い、それを俺に投げつける。
紙一重にかわす。しかし、そのがれきが空中ではじけ飛ぶ。
「くっ!」
煙に巻かれながらも俺はすぐに体勢を立て直す。
咄嗟に防壁を張ることでダメージは軽減できたのは幸いだ。
(そうか……これがあいつの能力!)
おそらく奴の能力は物質を爆発させる能力だ。
だからここにある飛び道具はすべてが爆弾だと思ってもいい――――
爆発によって視界を遮られた、次に俺が見たのは、煙の向こうから伸ばされた腕だった。
「くそっ」
身体を起爆されれば、それで終わってしまうのだ。
俺はとっさに防壁を張って、スレグスの腕を弾き飛ばし、間合いを開ける。
「零詠唱とは、やるなぁ。おい!」
スレグスは完全に俺との戦いを楽しんでいた。まるで戦場にいるかのように。
「思い出したぜ。お前。赤い悪魔って呼ばれていただろ」
「…………」
その名前に俺は沈黙する。その名前は一生呼ばれたくはないと思っていたのだから。
「まさか戦争の続きをこんなところで続けられるとはなぁ……ククク」
スレグスは嬉しそうに笑う。
「お前も戦場にいたんだから分かるだろ? 人を殺す楽しさってやつが」
「違う……」
俺は脳裏に浮かんだ光景を払うために言葉を発す。
しかしスレグスは俺の心を見透かすように叫ぶ。
「お前も結局戦いが好きなんだろうがぁ! さあ来いよ! 楽しもうぜ!」
「違う!」
俺は走っていた。挑発だと分かっていても、居ても立っても居られない――――
その焦りが俺の判断力を鈍らせた。
ヤツが腕を振りかざしたときにそれを悟った。
突然、俺とスレグスの間にあったがれきが爆発したのだ。
ヤツは俺の行動を読んで、あらかじめ中央のがれきに爆弾を仕込んでいたのだ。
読み通り、俺は突進をして、ヤツは爆弾を起爆させた。
「うわぁぁぁ!」
爆発はそんなに大きなものではなかったが、その衝撃により俺は地面に強く叩きつけられた。
全身に激しい痛みが襲う。
立とうと思うが、両手両足に力が入らない。
かなりまずい状況だった。疲労困憊、それだけじゃない。
俺がまずいと思ったのは、
テンプテーションが持続できなくなることを感じていたからだ。
この能力を長く継続するのは困難だった。
だからこそ一撃で決めに行かなければなかった。
しかしその一撃にかけるにも、俺の余力はほとんど無い。
「そろそろ地獄に行くか? 赤い悪魔?」
スレグスは俺に一歩一歩近づく。
(考えろ……ロイ……)
頭を回し、この状況を打破するための手段を考える。
しかし出血のせいなのか頭が働かない。
(すまない、リルム……俺……)
俺は半ば諦めていた……しかし……
「ロイちゃん!」
その声で俺は我を取り戻した。
その声の主は、フラフラの身体を引きずりながらこっちへと向かっていた。
「リルム! 来るな!」
そう叫ぶ、しかし彼女は歩みを止めない。
「ククク、これはいいショーを見せられそうだな」
スレグスは標的をリルムに変えたらしい。
「知り合いが、爆発してぐちゃぐちゃになるところを見て、恐怖するんだな」
「やめろ……」
スレグスはリルムの方を向く。
「やめてくれ…………」
ダメだ……俺は、また大切な人を失うのか?
頭が回らない…………
戦場では仲間たちがその命を簡単に散らしていった。
昨日熱く将来を語ってくれた、アイツも、親切にしてくれたあの人も…………
だから俺は力が欲しかった。大切な人を二度と失わないように……
だから、俺は…………
そう思うと、体の奥から血が湧き出るのを感じた。
そうだ――――俺はまだやれる!
「なんだ…………?」
スレグスは俺の異変に気が付き向きを変える。
俺はふらつく足を支え、立っていた。
傷口から噴き出した血は空中で散乱し、その周りの空気を紅く変えていった。
「そうだ! お前だ。俺が戦場で見た赤い悪魔は!」
スレグスは狂気し、俺に向かって、がれきを投げつける。
しかしその爆発は俺には届かない。
空中に散った血が描いた魔法陣によって、その爆発はかき消えてしまう。
「終わりだ。スレグス」
俺は手を振りかざし、魔法陣を描く、その陣からは赤い閃光が放たれ、
スレグスは光に包まれる。
「ぐおおおおおっ」
その後、激しい爆発音が校庭へと響いた。
「ロイちゃん……」
ロイは魔法を使ったまま動かない。
しかしリルムはその髪の色の変化を見逃さなかった。
真紅の髪がいつもの彼の黒色に戻って行く。
その瞬間、彼の身体は崩れたようにその場に倒れた。
急いで彼の身体を抱える。
息はしている。しかしその息使いは荒く、肌は温もりを失っていっている。
「ロイちゃん……死なないで……」
リルムはロイの手を握りしめる。彼に助けられたのはこれで二度目だった。
幼い頃、一緒に遊んでいた。しかし戦争が二人を割いた。
だが、彼は約束通り戻ってきてくれた。
もう彼を失いたくない。
リルムは手を握った。強く、強く……
ガラララ……
がれきが崩れる音がしてそちらを見る。
しかしリルムは自分の目を疑った。
そこに立っていたのはスレグスだった。
手は変な方向に曲がり、足からは骨が皮膚を貫き、突き出している。
そんな状態でも、彼はゆっくりと近付いてきた。
それはまさに不死身の吸血鬼と呼べる姿であった。
リルムはロイを守るように覆いかぶさり、目を閉じた。
(ロイちゃんと一緒なら……怖くはない……)
その時、リルムは確かにその声を聞いた。
(これは……詠唱……?)
その詠唱は静かな女性の声だった。
詠唱が終わる。そっと目を開けると、スレグスが地面に倒れていた。
「よくやった。少年たち」
そこに立っていたのは、ロイの師匠。つまりフラウだった。
彼女の後ろには何人もの武装した兵士が控えており安全を確認し終えると、校舎へと駆けていった。
「ロイちゃんを……助けて下さい……」
リルムは涙を流しながら、悲願する。
「そろそろ馬鹿医者が来る。少し待て」
そう言われるものの、リルムは落ち着かない様子だ。
「リル。ロイ!」
校舎から、クライスが駆けてきた。
「クライスちゃん……どうしよう……ロイちゃんが」
リルムはクライスに抱きついて、泣く。
「大丈夫。ロイはこのぐらいじゃ死なないよ……」
クライスはリルムの頭を撫でて落ち着かせる。
(ロイ……死ぬなよ! リルはお前を待ってるんだからな……)
クライスはそう心の中で叫んだ。