第五章 絆と力⑨
「ウォンのやつ遅いな。
さっきの爆発音はあいつがやったもんだと思ったんだがな」
「やられっちまったんじゃないか?」
「スレグス。さすがにウォンは餓鬼どもにやられるほど馬鹿じゃないぜ」
「だが、さっきのまとまった動きといい、先導者がいるとみてもいいが」
「餓鬼どもの動きは?」
「教室でじっとしているよ」
仲間の一人が帰ってこなくともスレグスは全く動揺の色を示さない。
といってもスレグスにとって、彼らは仲間と呼べるものではない。
彼にとっては利用価値のある道具にすぎなかった。
(さてと、じっとしているのもそろそろ飽きたな……)
スレグスは不敵の笑みを浮かべ、テラスから外を見た。
(来るなら、早くきやがれ)
こんなにも血が躍るのは戦場以来だ。
まさか戦争が終わってもこんな状況になるなんて、
と人知れず吸血鬼は神に感謝をしていた。
「クライス。間もなく食堂だ。こっちから通信を入れるまで俺には通信しないでくれよ」
「ああ、わかってる」
俺はそう言って、無線の電源を切り、内ポケットにしまった。
食堂の中を覗くと、生徒たちが床や机に突っ伏して動かないでいる。
おそらくはスタン系の魔法を受けたのだと思う。
意識は失っていても命に別条はないはずだ。だが、このまま放置することはできない。
一刻も早く助けたい。その思いが俺を焦らせていた。
「誰だ!」
犯人の一人、カルツと呼ばれる男は俺を見つけると叫んだ。
俺はその声を聞き扉から飛び出して、通路を走った。
しかし、カルツの腕から出された、青白い光が俺を包み俺は床に倒れた。
「へっ、大当たりだぜ」
カルツは先ほど倒れた少年の身体を引きずり、食堂の中へ放り投げる。
「まったく、ドジな奴だ」
その無防備な身体に蹴りを入れると、彼は満足そうに持ち場に戻っていった。
(くそったれ……いてぇぜ……)
魔法が当たる瞬間、俺は防御魔法でスタンの魔法を止めていた。
もちろん倒れたのは演技。これで俺は食堂の内部まで侵入できたのであった。
身体を動かさないように内部を見る。入口付近に二人が固まって立っている。
さすがにこの状況では動けない。俺は次の作戦を待って気絶した振りを続けた。
「リル。ロイは食堂に入れたみたいだよ。状況は分からないけど」
この作戦には大きな穴があった。
万一、ロイが気絶魔法を受けたり、他の魔法を食らったりすればその時点でアウトなのだ。
だがロイの無事を確かめる手段がないのだ。
「大丈夫だよ。ロイちゃんだもん」
リルムの言葉にクライスは目を閉じる。そうだ、信じなくてはいけないのだ。
「分かった。リル。作戦を開始して」
「りょーかい」
リルムは無線を切ると、上級生三人に指示を出した。
「みんな。お願いね~」
その指示を受け、四人は詠唱を始める。
「おい。西校舎でまた動きだぜ。どうする?」
カルツはその様子に動揺していた。
ウォンは結局帰ってこない。
あそこで何かがあるのは確かだ。
「俺が行くぜ」
スレグスは笑いながら前進する。
「こいつ等を逃がすなよ。っていっても全員眠っているがな」
「ああ、俺もそんなドジじゃねぇぜ」
スレグスが通り過ぎた後、カルツは冷や汗をかいていた。
あの笑み。スレグスとは戦場を共にしたことがあったが、あの時と同じ目をしていた。
目の前で自分の部下ともども敵をせん滅した。あの時の…………
「まったく、狂ってるぜ…………」
その時カルツは気づいてなかった。生徒に紛れた侵入者が仲間と連絡を取っていることを。
「リル。そっちにスレグスが向かったみたいだよ。気を付けて」
「わかったよ。さぁラスボスを仕留めるぞ~」
無線を切り、リルムは段取り通りの用意をする。
(ロイちゃん。無事でよかった……今度はあたしが頑張るよ)
廊下はひたすら静かだった。彼は歩みを止めない。
いま彼にあるのは恐怖や焦りではない。ただの余裕であった。
相手を見くびっているのではない。
でも彼にはどんな罠があろうとそれを乗り切れる絶対的な自信があった。
それは数々の戦場、不可能だということを乗り越えたことで培ったものだった。
吸血鬼、その呼び名には相応しいものをもっている。
他人の血を吸い、自らの血肉とする。
その吸血鬼にとってこの状況は取るに足りないものだった。
廊下の向こうに何かあることにスレグスは気づいた。
それはウォンだった。彼は手足を縛られ、廊下に転がっている。
返り討ちにあうとは皮肉なものだ。
周りに気配はない。スレグスは一歩一歩ウォンに近づく。
そして彼に触った瞬間、彼の周りに薄赤色の結界が張られた。
その結界はウォンに触ることにより開くようにリルムが設計したものであった。
「条件式の結界、しかも四重結界とはやるじゃないか、お嬢さん」
リルムが姿を現すと、余裕の表情を浮かべ、スレグスは笑っていた。
この結界を張ったのはリルムと三人の上級生。
ひとつの結界ではスレグスには破られてしまう。
なので全員で協力し、結界を張ったのであった。
「大人しくしなさい」
上級生の女子生徒はスレグスに向かってそんな言葉を述べる。
「ククク……こうじゃなきゃ面白くないよな」
スレグスは自分が追い込まれているのにもかかわらず、余裕の笑みを浮かべていた。
「クライスちゃん、捕まえたよ!」
リルムはその状況を素早く、クライスに伝える。
「その通信機……お前らが統率をとっていたのか。これは大層な」
「食堂も時期制圧されるはずだよ」
「そうか、もしかしてさっきの小僧か。ククククク……」
スレグスの笑いはどこか不気味だった。
その表情には敗北の悔しさや、焦りなど見えない。
むしろこの状況を楽しんでいるように思えた。
「さて、最後の合図といきますか」
クライスは通信機を持ち、放送室で待機させた女子生徒に指示を出す。
「ロイ。頼んだぞ」
食堂、その沈黙の中、カルツは焦っていた。
学校を占拠するというプランを聞かされた時点からスレグスの行動が信用できなくなっていた。
たった三人でこの広い学校に引きこもり、一政府を相手に取引をする。
しかも自分たちの逃亡の保証だけでなく、軍事機密を渡せというオマケ付きだ。
この計画には穴があり過ぎた…………
そして当の自分は今一人でいる。
ウォンもやられたとすれば、
この学校に実力者が紛れ込んでいて今も反撃の期を窺っている。
そう思えて、気が気ではなかった。
キーン、コーン、カーン、コーン――
その音に過剰反応し、カルツは立ち上がり、周りを見渡す。
(なんだチャイムの音か……)
だが彼の耳にした音はそれだけではなかった。
これは聞きなれた音。詠唱!
でもどこから……?
彼は慌てて入口の方を見る。誰もいない。
耳を澄ませて方向を確かめればいいだけなのに
今の彼の焦りがその判断力を奪わせていた。
後ろから鋭い痛みを感じた。
(これはスタン!)
意識を失う瞬間に見えたのは、勝利を確信し、
カルツの方に手を向けていた黒髪の少年であった。