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第五章 絆と力⑤

街で師匠と会ってから何の音沙汰なく三日が過ぎた。

その日も普通と変わらない一日を送るはずだった。

授業を受け、ノートを取り、休み時間に友人と談笑をする。


しかし、その事件は昼休みに入って起こった。


俺とリルムとクライスはいつものように食事をしていた。

唯一違うのがその場所であった。

リルムの提案により、たまには別の場所でお昼を食べたいとのことで

俺たちは屋上に来ていたのであった。


いつもならば屋上は施錠されているのだが、リルムが得意の魔法で鍵を開けた。


「勝手に入っていいのかよ?」

 俺はそう言うが


「たまにはいいんじゃないかな?」

 とクライスは、まったりと言う。


「ロイちゃんって、もしかしてビビり?」

「うっせ!」


リルムの挑発もあり、俺は屋上へと足を踏み出した。

屋上からの風景を見た瞬間、俺の罪悪感は吹き飛んだ。


「すっご~い!」


リルムがはしゃぐのも無理はない。とても素晴らしい眺めなのだから。

そこからは敷地内のすべてが見える。

壮大な森や、湖、そして市街地。

柵や仕切りが無いこともあり、三六〇度。

すべての景色が自分の物に思えてくる。


しばらく壮大な自然に見入ったところで、俺たちは食事を始めた。



突然、背中に悪寒が走るのを感じた。この感覚…………

でもここは学校だぞ! 戦場ではない!


しかし、それは残念ながら俺の気のせいなどではなかった。

郊外の景色が一瞬歪み、次の瞬間には薄い赤色の壁に校舎が包まれているのがわかった。


「これはいったい……?」

「なんだろうね?」


 リルムが不用心にも手を伸ばす。


「リルム、触れるな!」

「きゃっ!」


 彼女が触れた瞬間、その壁はバチッという激しい音を立てて、指をはじき返した。


「これは結界だ。おそらく内外の侵入物を拒むタイプ……しかもけっこう強力らしい」


俺は屋上にあった小石を結界に向かって全力で投げた。

小石は先ほどのリルムの指の時のように結界に阻まれて外部に出ることは叶わなかった。


「何かがあったみたいだな……」

そこでスピーカーから、ノイズ混じりの音が聞こえてきた。

たしかこの校内放送は緊急時にしか使われないはずだが……

俺たちはその音に耳を傾ける。


「生徒諸君、落ち着いてよく聞いて下さい。

 この学園はただいま何者かにジャックされました。

 絶対に校内には出ようと思わないでください!

 それに今いる場所から動かないで…………絶対におとなしくしてください!」



慌てた男の声、おそらく男子教諭の声だろう。

背後では廊下を走り回る音と破裂音が聞こえた。

それっきりスピーカーからは何の音もしない。

スイッチが切られたか、機材が壊されたかどちらかだろう。


「ロイちゃん…………」


リルムもクライスも心配そうな顔をしながら、俺の方を見た。

まったく、嫌な予感しかしない。そこで突然、師匠の顔が思い出された。

俺はポケットを探り、それを出した。


「ロイ。それは通信機か?」

「ああ」


魔法での通信手段はおそらく結界によって使えないだろうが

この通信機電波で通信するタイプだ。これならば外部との通信も可能だろう。


セットされた周波数を確認して、電源を入れる。

数秒のノイズの後、聞きなれた声が耳に聞こえてきた。


「ロイか?」

「師匠。これはいったいどうなっているんですか?」

「学園がサージ・スレグスにジャックされたらしいな」


サージ・スレグス…………どこかで聞いた名前だ。


「あれだよ。A級戦犯の、ほらニュースで」


聞き耳を立てていたリルムが俺に囁いてくれる。


「今さっき、政府に対してスレグスからの声明が届いた。学園をジャックしたとのな」

「まずいですね…………」


俺は下唇をかんで苦い顔をした。


「生徒を解放と引き換えに政府の軍事機密と自分たちの亡命を条件にあげてきた」


ここには生徒が千二百人近い生徒がいる。それ全員が人質と言うことか。


「で、政府の対応は……?」

「…………」


師匠は答えなかった。これだけの情報を持っていて、

知らないというわけではないだろう。だからこそ、その沈黙が怖かった。


「これは私の憶測だが、政府は応じることを拒否するだろう」

「なっ!」


その言葉に驚いて声も出ない。千二百人の子供を犠牲にするのか?


「戦争直後で、この国の機密を教え、

 亡命されるなど、自殺行為にほかならないからな」

「そんな! 国のために人質に死ねと言うのですか?」


 師匠の冷静な声が無慈悲に思え、俺は声を荒立てる。


「ロイ。落ち着け。状況を把握しろ」


そう促され、俺は冷静さを取り戻す。

今の状況で師匠に当たってもなんの解決策にもならない。


「国は実戦部隊を投入して、この事態を収拾しようとするだろう。

 相手は三人だから普通に行けば被害は最小で済む……」


 何かその言葉に歯切れの悪いものを感じた。


「だけど、何なんですか?」


俺はそういって真実を聞き出そうとする。


「政府はそう軽く考えているらしい。被害は最小だと…………

 しかし、スレグスは吸血鬼と呼ばれ、戦場でも暗躍した男だ」


吸血鬼との異名を持つ男だ、おそらくとんでもないことをしたのだろう。


「私も彼とは戦場で対峙したことがある。だがその戦役では敗北を期した」

「師匠がですか?」


王国第三部隊と言えば最強の軍隊と呼ばれた隊だった。それが敗北……


「正確にいえば、引かざるを得なかった感じだがな」


師匠はその戦役の話を語ってくれた。


前線に出るのは屈強な熟練兵と相場は決まっていた。

しかしその日、相手の軍の兵士は見るからに新兵ばっかりだった。

これを相手の人員不足だと感じ、フラウ率いる軍は勝利を目前に勢いに乗って、

攻め入っていた。

しかし、勝利することはできなかった。


突然、激しい爆発があった。

魔力の詠唱も感じさせない不意打ちに軍の先兵はほぼ壊滅した。

その爆発の中、フラウは見た。敵の新兵……

まだ若さ残るその顔が引きつり急にその体が起爆したのだ。


その様子を見て、二ヤ付いている男。

そこですべてを理解した。


この男が新兵を時限爆弾に成り下げ、起爆しているのだと。

その様子を見て、フラウはすぐに撤退を命じた。

この戦いでは味方の被害はともかく、敵兵の被害もかなりあっただろう。


「それがスレグス……」

「ああ」


人を爆弾扱いし、特攻させるなんて…………


「で、そのスレグスが人質を取っているんだ。わかるな」


軍が来れば、人数で犯人たちを捕えることは可能だろう。

だがスレグスが生徒にその魔法をかけて抵抗したら……

この校舎だけで千二百人の爆弾があるのと変わらないということか。


「だからこそ、軍が動く前に何とかしなければならないが、

 生憎、私は結界の外だ。破らない限り侵入は不可、破れば気付かれる」


師匠の言いたいことが何となくわかってきた。


「君の学園には対抗できるような教師はほとんどいないはずだ」


内部で動ける者がどうにかしなければいけない。


「だから、俺がどうにかすればいいんですね」

「そうだ」


俺も短い期間だったとはいえ、戦場にいた。実戦経験はある。

おそらくこの事態を収拾できるのは俺だけなのだ。

できる、できない、の問題ではない。やるのだ!


「分かりました」


 俺は短く返事をした。



「少し切るぞ。こっちでもやることがある。今の場所を動かないで犯人には接触するなよ」


そうして長い通話は一時的に終わった。

そして今の内容をクライスとリルムに話してやる。

二人とも俺の話を聞いて、驚いた表情をしていた。


「大丈夫。俺が守ってやる」


 そう、俺がみんなを……


「ロイ。僕も手伝うよ!!」

「おい、クライス。相手は元軍人なんだぜ……」

「でも、このまま、ここに居るなんてこと出来ないよ!」

「だが……」


俺は戦場の無慈悲さを知っているだけに、友人を巻き込みたくなかった。

戦場では力なき者から死んで行くのだ。

いくら魔法を使えるからといって、スレグスにとっては赤子同然だろう。


「友達を危険なところに飛び込ませるわけにはいかないんだ」


そういってクライスを制止した。


「だから、リルムもここで……」

「もう! なんでロイちゃんは、一人で格好つけるんだよ!?」


リルムが俺の胸倉をいきなり掴んできた。

その行為にびっくりしたわけではない。俺が驚いたのは彼女が涙を流していたことだ。


「友達ならば、信じてよ…………

 ただ待っているなんてもう嫌なんだから……」


 そういって、リルムは俺を掴む腕の力を緩めていった。


「ロイ。リルの言う通りだ。僕らだって、何もできない子供じゃないんだ」

「死ぬかもしれないんだぜ……?」


死なんて言葉を使いたくなかったが、俺は口にした。


「それでも僕たちはロイに協力するよ」


彼らの決意は固かった。これ以上言葉を紡いでもそれは崩せないだろう。

俺は怖い反面、ホッとした。


強がって見たものの、俺一人で複数の犯人に立ち向かうのには自信がなかったから。


「分かった。でもこれだけは誓ってくれ。無理だけはしないと……」

「うん」

「ああ、わかってるよ」


二人はそう言い、俺の手を握ってきた。固く。固く。


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