第五章 絆と力①
事件の次の日から俺は普通どおり登校した。
ジェスさんの手まわしのおかげで俺が怪我したとか、
グリフォンを倒したとか、そんな話はみんな知らないようだ。
さすがにクライスは感づいたようで、俺に質問してきた。
だからこそ彼にはありのままを話した。
その話を聞くと、クライスは
「僕も誘ってくれれば、一緒に助けに行ったのに」
と少し寂しそうに言った。
クーナのことを心配しているのはクライスも同じなのだ。
「自分で何でも背負い込んでしまうのが、ロイの悪い癖だよ」
クライスはそう言ってくれる。
そうかもしれないな。
俺は周りに相談もせずに自分で物事を決めてしまう癖があるのかもしれない。
そして試験期間が始まった。
グリフォンの事件のこともあり、この三日間ぐらいは勉強に集中できなかった。
しかし当の初日の試験三教科ではクライスやリルムに教えてもらったことが功を通して、
ほとんどの回答欄を埋めることができた。
とはいっても自信があるのは半分程度で、その他は当たっているか分からない。
まあ、明日、明後日と試験は続くのだ。
俺は勉強の手ごたえを感じ、家に戻って再び机に向かうのであった。
勉強も一段落し、夕食を作る、それを待ち構えていたようにリルムが俺の部屋に乱入してくる。
このごろは彼女がドアを蹴り破って入ってこようが、驚かない。
こんな生活に慣れてきている自分に感心するよ。本当に。
夕飯を食べながら、ラジオを聴く。
この時間帯は面白い番組もないのでニュースをBGMにして、
俺たちは黙々と食事をするのだ。
ニュース番組の速報で、聞いたことのある地名が流れ、
俺の耳は自然にラジオの方に向けられる。
「昨夜、隣国のA級戦争犯罪者、サージ・スレグスが
サウスヒルシティに滞在しているところを住民が発見しました。スレグスはそのまま逃走し――」
サウスヒルとは俺たちの街のすぐ隣の市だ。
昨夜ってことはこの付近に潜んでいる可能性もある。
しかしサウスヒルから国境に向かうならばウッドベルは逆方面になる。
だからここにいる可能性は低い。
ニュースでも特に反対側の町村に警戒するように言っていた。
俺がニュースに耳を傾けることによって、リルムとの会話も自然とその会話になる。
「戦争犯罪者って、どんなことをしたんだろ?」
「さあ、俺も良く知らないな」
「でもでも、戦争中にした国の責任を背負わされて、
犯罪者に祭り上げられる人っていっぱいいるみたいだよ」
リルムはハンバーグを口に運びながら、そんなことを教えてくれる。
「ふ~ん」
戦争での英雄なんて、〝人を殺してはいけない〟というルールの下では所詮大量殺人犯なのだ。
だからこそ敗戦国の場合、戦勝国の機嫌を取るために、その人物に罪を着せ、極刑にする。
戦場での殺人の許容はそんな歪みを生み出す。
だから戦争犯罪者と言ってもその人と殺人鬼を重ねてはいけないのだと俺は思う。
「よし、食事も終わったし、勉強するか」
「え~。遊ぼうよ~」
リルムは俺の腕を掴んで離さない。まったく余裕のある奴は羨ましいよ…………
その夜、ウッドベルからさほど遠くない森の中に三人の男の姿があった。
「クソっ! 国境側の街道は警備が厳重になっているぞ」
「誰かさんが見つかったからだろう」
「俺のせいだって言うのかよ!」
二人の男は口論を繰り返す。その言動はすべて焦りから来ているものだった。
国を追われ、皮肉にも対戦国に逃げ込む羽目になった。
しかし、母国はメンツを守るために三人を血眼になって捜している。
戦争にすべてを捧げたはずなのに……
そのすべてを捧げた国は負けた瞬間に、掌をひっくり返して、
英雄と呼ばれていた人物を狩り始めたのだった。
その怒り、悲しみが焦りとなって、男たちをいら立たせていた。
「二人とも止めろ」
三人で唯一冷静だったのが、サージ・スレグスだった。
「でも、スレグス。これからどうするんだ?」
「そうだ。国境まではあの街道を通過しなければいけないんだぜ」
スレグスは不敵に笑んだ。
「俺に考えがある」
その笑みを見て、男たちは味方ながら恐怖を感じた。
彼は吸血鬼と呼ばれ、戦場では敵・味方から恐れられていた存在だ。
敵を欺き、味方さえ犠牲にする、その奇抜な戦略は戦局を何度もひっくり返した。
時勢が味方さえすれば今頃、彼は英雄として歴史に残っているのだろう。
三人は国境側の街とは逆方向に向かって闇の中を歩くのだった。