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第三章 雨とテストと憂鬱と⑤

少女が泣いている…………


彼女が幼いころのクーナだということはすぐに分かった。

これは俺の過去なんだろう。


覚えている、この日、俺たち兄妹は両親が死んでしまったということを知らされた。


黒服に身を包んだ兵隊さんは名誉ある戦死だとか勇敢だったとか、

そんな言葉を残していったけど、

どんな死に方をしても両親はもう帰ってこないということが悲しかった。


クーナは俺に何度も両親がなぜ死んだのか訪ねてくる。俺は答えられなかった……


「お兄ちゃんはいなくなったりしないよね?」


 クーナのこの言葉ははっきりと覚えてる。



目が覚めると、そこは医務室のような所であった。

ぼーっとする頭を回転させ、今の状況を把握する。

とりあえず命は助かったみたいだ。

身体を見ると肩から背中にかけて包帯で覆われている。

痛みもないし、治療魔法をかけてもらったと考えていいだろう。



どのぐらい眠っていたのかは見当もつかない。窓はカーテンで覆われており、

日が指してないことから、おそらく深夜だと予想される。

俺は身体を起こした。少しだるいが、歩きまわる程度のことなら問題なさそうだ。


夢のあのクーナの表情を思い出し、俺は居ても経っても居られなかった。

きっとクーナは心配しているだろう。

だからこそ早く知らせてやらないと。その気持ちが俺を動かした。

部屋の扉を開けると、ここがどこなのか分かった。目に映るのは見慣れた廊下。

おそらくは学校の校舎内なのだろう。

部屋のプレートには特別治療室と書いてあった。


校内にも係わらず、こんな部屋があるなんて知らなかった。

きっといつもは使わない、北側校舎の一角なんだろう。


とりあえず見覚えのある場所にたどり着くように廊下を歩く。


予想通り時間は深夜だった。当たり前だが校舎には生徒誰一人としていない。

俺の足音だけが心細げに響いている。

しばらく歩くと、明かりがついている部屋が目に入った。

プレートには〝宿直室〟と書かれており、扉の向こうからは微かに人の気配がする。


「入ってきなさい」


突然部屋の中から男の人の声が聞こえてきた。躊躇したが、その部屋の扉を開ける。

その部屋は一見、質素な作りで、ベットや机が置いてあるだけの寂しい部屋だった。

その机に、俺を呼んだであろう、男の人が座っていた。

見た感じ三十歳ぐらいだろうか? 

長いグレーの髪にメガネ。服装はラフな感じで宿直の先生には見えない。


「もう歩きまわって大丈夫なのかい?」


男の人は俺に話しかける。威圧感はなく優しい声だ。


「はい」


 俺は答える。


「警戒しなくていいよ」


そう言われ、自分の身体が予想以上に強張っていたことを知る。


「ボクはジェス。魔法医だ。この学園のアドバイザーでもあるけどね」


 魔法医……では彼が俺の治療をしてくれたのか……


「えっと。ありがとうございます、傷を治していただいて」


 感謝の言葉を述べておくのが筋だろう。


「いや、ボクが君に感謝しなきゃな。

 もしグリフォンが暴れていたら怪我人は君一人だけじゃなかっただろうし」


どうやらグリフォンを倒したことで事態は収拾したらしい。それを聞いてホッとした。


「さすがは英雄フラウに育てられただけはある」


その名前を聞いて、驚いた。

フラウというのは俺の師匠であり、

師匠が英雄であるのは有名な話だが、

俺が弟子ということはほとんど知られていないことだったからだ。


「師匠を知っているんですか?」


そんな気がして、聞いてみる。


「なあに、幼馴染さ」


少し苦笑いを洩らしながらジェスさんは言った。

その笑いからは、壮絶な過去があったんだということが手に取るように分かった。

あんな人が幼馴染だったら……

師匠のことを思い出したのか、俺もジェスさんと同じような表情を作った。


「傷にも触るだろうから、今日は戻りなさい」


もう少し、その辺の話を聞きたかったがジェスさんにそう言われ、俺は病室に戻った。

俺を心配してか彼も付き添って病室まで来てくれる。


俺がベッドに戻ると、


「妹さんのことは気にしなくていい。明日一番で伝えとくから、今日はゆっくり休むんだ」

そう言って、彼は去っていった。


部屋の明かりが消され、校舎はまた静寂を取り戻す。

ベッドに横になると先ほどまで気が付かなかった身体の倦怠感を感じる。

自分が思った以上に疲れているのだ……

明日のために眠らないと……俺は目を閉じた。





鳥の声が聞こえる。朝だ。俺はそう思うと目を開いた。


「きゃっ!」「うおっ!」


朝一番に目に入って来たのは女の子の顔。これは刺激的だ。

今、ほとんど零距離だったぞ……

ドキドキしながら、顔を横に向けると、

クーナが顔を真っ赤にしてベッドのそばの椅子に座っていた。


「お、おはよう。お兄ちゃん」

「おはよう……」


クーナは顔を上げ俺を見てくる。なんというか、今にも泣きだしそうだ。


「クーナ、心配掛けたな」


俺は彼女が口を開く前に、そう言ってクーナを抱き寄せた。


「お兄ちゃん……」


クーナの表情は見えないが、たぶん泣いているんだと思う。

とりあえず、彼女が泣き止むまで、胸を貸してやることにした。

クーナはすすり泣きしながら、昨日のことを謝ってきたが、

俺は〝気にしなくていいよ〟と言い続ける。


しばらくしてクーナは俺の胸を離れた。


「ごめんね。泣いたりして」


恥ずかしそうにしてクーナは笑った。

この笑顔をみて俺はやっと安堵するのであった。


それから数分後、担任の先生と、ジェスさんが医療室へ現れた。

クーナと担任を廊下で待機させ、

ジェスさんは俺の体を調べ、傷の状態を確認する。


「驚いた。本当に治りが早いな」


ジェスさんは俺の傷跡を見て驚嘆していたようだ。

医療魔法をかけたとはいえ、ここまで傷の治りが早いのは異例らしい。

これは俺の体質も関係しているのだろう。


「すまないが、傷痕は残るかもしれない」

「いえ、気にしませんから」


普段は服に隠れて見えないが、俺の身体には無数の傷跡が残っている。

戦場では怪我することは日常茶飯事だったから。

俺のリアクションを見て、ジェスさんは少し申し訳なさそうな顔をする。

俺の傷が戦争でできたものだと感づいたのかもしれない。


しかしそれ以上のことに踏み込むことはなく、彼は治療の終了を告げた。

今日は大事をとって休みにするということを担任と話し合い、

俺は自分の部屋に戻ることを許可された。


俺とクーナはいっしょに寮に戻る。

幸い、朝早いということで学校までの道では生徒に会わなかった。


昨日の事件の詳細は生徒に明かされてないらしい。

これはありがたいことだ。

俺がグリフォンを仕留めたとか知られてしまうのはこれからの生活上。

あんまり良くないと思うから。


女子寮との分かれ道まで来る。

しかしクーナは俺から離れようとしなかった。


「えっと……お兄ちゃん……」


クーナは俺の腕をぎゅっと握る。

どうやらもう少し一緒にいた方が良いらしい。

「俺の部屋に寄って行くか?」

俺はそう言い彼女を部屋の前まで連れてきた。


鍵をノブに挿し回す。いつもなら抵抗とともに金属音がなってカギが開くのに、

今日はその感覚がなかった。

もしかして鍵をかけ忘れたんじゃないかとも思ったが、

その疑問はすぐに解決するのであった。


薄暗い部屋の中の隅に少女はうずくまっていた。


「リルム……」


俺のぼやきが届くと、彼女は無言で俺に駆け寄ってきた。

そして俺の背中に手をまわして身体を寄せてきた。

あまりにも唐突のことだったので、俺はどんなリアクションをしていいか分からない。

ただこんな彼女を見るのは初めて……いや、俺は以前見たことがある。

五年前のあの日、暗い森の中で、彼女は同じ表情をしていた……

リルムは無言のままで俺から離れない。その手は震え、いつもよりもか細く感じた。


「心配掛けてごめんな」


リルムにそう言い、頭を撫でてやる。


「また、いなくなっちゃうと思ったんだから……」


 彼女は静かに囁いた。



それから三人で机に座り向かい合う。どうも談話などする雰囲気ではない。

その空気に耐えかねたのかクーナが話を切り出した。


「お兄ちゃん。おなか減ってない?」


 そう言えば、昨日倒れてから何も食べていない。意識して見るとなかなかの減り具合だ。


「ああ、結構、減ってるかもな」

「じゃあ、何か作るね」


 クーナは笑顔でキッチンへと向かった。


「あたしも手伝うよ!」


そういってリルムも立ち上がる。

あの面倒くさがり屋のリルムが食事の準備をしてくれるとは、

怪我人というのもいいものである。


だが、そう思ったのは一瞬だけ。


「リルムさん。そんな切り方危ないよ!」

「えぇー?」


キッチンはやたらと騒がしい。どうやらリルムに手伝わせるのは間違っていたようだ。

それからも皿の割れる音や奇音が聞こえてきた。怖いから覗かないが……

料理を終え二人が出てきた。

クーナは顔に疲れを浮かべ、リルムはその指に包帯を巻いていた。


「おつかれ、クーナ」

「うん」


クーナは料理を力なくテーブルに並べる。


「あたしの自信作だから、ちゃんと食べてねー」


リルムは席に座ると、俺に念を押してきた。


「ほとんどクーナが作ったんじゃないか?」

「失礼な! あたしも料理ぐらいできるよ」

その台詞が本当かどうかは知らないが、とりあえず俺は食事に手をつける。

まずスープを飲んでみるのだが、微妙な味付けだ。なんというか、あまじょっぱい?


「これ、砂糖とコンソメか?」

「あー、リルムさんが塩と砂糖間違って入れちゃって……」


 なるほど、それでクーナが慌てて、味を直したわけか。


「食べられないわけじゃないでしょ?」


リルムはまるで自分は失敗していないかのように平然と言う。

それからもいびつな切り方の具材が出てきたり、

いろいろと問題のある料理が続出したが、クーナの活躍により、

なんとか食べられるようなものが出てくるのであった。


「リルム。いつもはどんなもの食べてるんだ?」


この様子では自炊ができそうもないので、俺が疑問を問いかけてみる。


「うーん。ほとんど外か、友達のところかなー」

「というかほとんど私のところだよ」


クーナが少し呆れた顔をしてそう言う。


「クーナも大変だな」


兄妹そろってこいつの胃袋の世話をしていると思うと苦笑いが漏れる。


「でもでも、掃除とか、皿洗いとか、手伝ってるんだよ!」

リルムは慌てたように言う。

じゃあ俺のも手伝ってくれと言おうと思ったが止めた。

ただでさえ一人でくつろげる時間がないのに、それを圧縮されるのを恐れたからだ。


登校の時間も過ぎたが俺たちは部屋で話をしてくつろいでいた。

俺と同じでクーナも休みを許可されている。

まあ俺は怪我だし、クーナは襲われかけたからその精神のケアとして休みをもらうのは分かる。

問題はリルムだ。

俺たちが休みだと知るとリルムも休むと言って聞かなかった。

リルムの性格だからサボりなんか気にしないだろうが、

一応、建前として体調不良で休むと担任に連絡させた。


生徒たちが登校している時間にこうしてゆっくりできるのは、なんだか優越感だ。

だがテストがあるのに休んで大丈夫なのかな? 俺…………


会話が途切れ、しばしの沈黙が訪れる。

突然リルムが切り出してきた話題。それは俺を驚かせた。


「ねえ、ロイちゃん。この五年間の話を聞かせて」


リルムが唐突に話題をかえることは珍しいことではない。しかし今回は突然過ぎた。

ほぼ百八十度話題が変わるのだから。


先ほどまでの部屋の空気が一変して、少し張りつめたように感じる。


「いきなり何なんだよ。リルム……」


俺はなぜか誤魔化そうとした、しかし彼女の眼は俺に逃げることをさせなかった。


「いきなり、じゃないんだよ。この話を聞かなくちゃいけないと前から思っていたの……」


俺が戦争に行っていたことをリルムはハッキリとは知っていないはずだ。

だが今の彼女は一時的な好奇心で俺の過去を聞こうとしているわけではなかった。


彼女は知っているのだ。

だが、知っていたとしてもこの五年間の話をするのはあまりいいことではない。

俺もできれば思い出したくないことも多いのだから。


「お兄ちゃん。私も聞きたい。お父さん、お母さんのこともかかわっているんでしょ?」


クーナも真剣な顔で俺に迫ってくる。


「わかった」


 俺は観念して、二人に話をする。


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