表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

愛は奇跡を起こし、そして奪い去る

作者: K



知っているかい?あの山のふもとに住む魔法使いの話を。

――どんな話なんだ?

なんでも不思議な薬を作れる魔法使いらしい。

――不思議な薬?

その薬を飲めばどんな難病でもたちまち元気になる万能薬なんだとさ!!

――へぇぇ、そいつはすげぇな。

あぁ、本当にそんな万能薬があるのなら医者なんていらないな。

――当たり前だ、そんな旨い話があるものか。




「あぁ、そうだ。代償もない奇跡など、ありはしない」




***


雲一つない晴天の空の下に、その老人はいた。

どこまでも続く青空を、まるで慈しむかのように老人は見つめている。


「おじいちゃーん!おはなししてー!」


村から遊びに来た子供が老人の傍に駆け寄り、皴だらけの手を握り物語を強請った。


「おや、また来たのかい?」

「えへへー」

「どれどれ、こんな老いぼれでお話できるものは少ないがなぁ」

「まほうつかいのおはなししてー!!」


魔法使い、との言葉に一瞬だけ老人は声を詰まらせたが、子供は気付かない。


「お前さんもあのお話が好きだね、もう3回目じゃないか」

「あれがいーの!!あのおはなしして!」


子供から強いリクエストに、老人は皺だらけの頬を緩ませながら、草木の上に腰を下ろして語り始めた。




「昔々、ある所に村で一番美しいといわれる女がいました」



***

昔々、ある所に村で一番美しいといわれる女がいました。

絹のように柔らかい白銀色の髪、優しい声と笑顔はまるで天使のように美しい女。


女は赤ん坊の頃教会の傍に捨てられていたのを、シスターが保護して自分の子供として育てられました。

村の人間達は、女を捨て子だと忌み嫌いました。


だけど女は、いつも明るく笑顔を絶やしませんでした。

天使のように美しく姿だけでなく、その心もまたとても美しかったのです。


いつしか誰もが女を慕い、女を忌み嫌う人はいなくなりました。



そんなある日、女は1人の男と恋に落ちました。


男の家は石炭を掘る事が仕事で、良く穴蔵に入っては掘って、石炭を掘り探します。

その所為か、顔はいつも泥や砂で汚れており、村の人からも小汚いなど良く言われておりました。

だけど、自分の仕事に誇りを持つ男は全く気にしませんでした。


そして男もまた女に恋をしていたのです。

だけど、あんなに美しい人が自分を好きになどなる筈がないと諦めていたのに、女からの告白に男は驚きました。

女は決して男に見た目などに惹かれたのではありません。


女は知っていました。


困っているお年寄りが居た時、誰よりも早く駆け寄る姿を。

怪我をしている動物を助け、自然に返す姿を。

孤児の子供達と無邪気に遊んだりする姿を。


誰もが気付かなかった男の優しい心を女は知っていたのです。


男と女は誰から見ても幸せな恋人同士でした。

美女と野獣ならぬ美女と醜男であっても幸せそうな二人を見て、咎める人など誰も居ませんでした。

だけど不運が二人を襲ったのです。



突然の流行り病に男が倒れ、女は毎日毎日徹夜で彼を看病しました。

ですが、その流行病を治す薬はなく人々からは不治の病とも言われておりました。


だけど1つだけ、その病を治す方法がありました。


薄暗い山奥に住む魔法使いの作る薬でした。

その薬を飲めばどんな難病でもたちまち元気になるといわれる万能薬。

ですが魔法使いはとても意地が悪く、自分の気に入った人にしか薬を与えないようです。

例え村長でも、騎士様でも、王様でも決して魔法使いは病気で苦しむ人に薬など与えようとしませんでした。


女は魔法使いの話を聞くと直ぐに村を飛び出しました。

男が助かるのなら!と女は茨の道を走りぬけ、道ない険しい岩壁を登り、吹き荒れる風や雨にも耐え歩き続けました。

そして漸く魔法使いの住む城に辿り着いたのです。


『どうか、どうか薬を分けて下さい!私の大切な人が病気で苦しんでいるのです、お願いします!』


女は必死に魔法使いに頼みました。

ところどころ煤けた灰色のローブを身に纏い、フードで口元まで隠れた魔法使いは静かに女を見つめ、こう問い掛けました。


『では、薬やる代わりにお前のその美しい顔を貰おう』

『私の顔を?』

『そうだ、お前の顔は今までの顔ではなく、とても醜い顔になる。それでも薬が欲しいか?』


『・・・ッはい!私の顔などで良ければどうぞ取ってください!それで彼が助かるのなら!!!』



女は自分の顔などどうでも良かった。

そんな事よりも愛する男が元気になってくれるならと醜い顔になっても本望だったのです。

魔法使いとの約束を交わし、薬を手にした女は急いで村に戻りました。



それから魔法使いの薬によって男は、たちまち元気になりました。

ですが、目覚めた瞬間あの美しい女は何処にもなく醜い女が傍に居た事に男は酷く驚きました。


そしてその醜い女が、恋人だと知り、村の人達も一斉女を忌み嫌うようになりました。


だけど男は自分の為に醜い顔になった女を愛し続けました。

例え村の人達が、彼女を忌み嫌おうとも自分は彼女の傍を離れないと誓いました。




ですが、いつしか男は醜い女を見下すようになったのです。


男はあの薬を飲んでから薄汚れた茶色い肌が真っ白に染まり、埃被ったような汚れた髪も綺麗な黒髪に変わり。

いつの間にか村一番の美しい男になっておりました。

そんな男に沢山の女性が彼に求愛を捧げたのです。


今まで汚いと罵られていた男は、女性や村の人達から慕われ回りが見えなくなりました。

そして醜い女を罵り始め、そして女を捨て村長の娘と結婚をしてしまったのです。


女は嘆きました。

どうして、どうしてとただ泣き続けたのです。


そして、いつの日か女は家から出なくなり…

静かに1人で寂しく死んでいったのです。








「可哀想、可哀想だなぁ・・・なぁ、どうしてお前はあの時顔を差し出すと言ったんだ?」


男は静かに横たわる醜い女に尋ねた。

全身を真っ黒なローブで包み込んでいる為か、顔はおろか指先さえ見えない。

だけど、女に語りかける声はとても悲しみに満ちていた。


「今まで、私の所に薬を求めて来た者は、みんな嫌だと言った。


村長は自分の地位を失うくらいなら妻など死んでも良いと言った。

騎士は手足をもがれるくらいなら弟などずっと眼が見えなくても良いと言った。

王は自分の命と引き換えるくらいならと病で苦しむ民を見捨てた。


皆結局は自分が一番大事なのさ。

お前もその顔と引き換えだと言えば帰ると思ったのに…なのに何故お前は顔を差し出したんだ?

・・・なぁ、何故?何故だ」


そっとその醜い顔を男は撫でた。

まるで愛しむかのように優しく、壊れ物を扱うかのように撫で続けた。

頬に残った涙の痕をなぞり、男は何かに気付き唇を噛み締めた。



「お前が孤独で死んでしまったというのなら、私がお前の傍に居よう。私がお前を支えよう」


黒いフードを脱ぎ去り、そこに姿を現したのはあの日女に薬を渡した魔法使いでした。

魔法使いは女を抱えて一瞬でその場から消えました。


魔法使いは、あの日…女に薬を渡したあの日から彼女を水鏡から見ていました。

恋人の為に顔を差し出したのに、皆は醜くなった女を見た途端掌を返すように冷たくなった。

そして男も自分の為に我が身を犠牲にした女を捨て結婚をしてしまった。


部屋で嘆き泣き続けた女をずっと、見ていました。

最後まで村の人や男を憎む事無くただずっと“寂しい”とだけ残して死んでしまった女。


たとえ顔が醜くなっても、心の美しさを失わなかった女の美しさにはどうしても傍に置きたいと思うようになりました。

その理由は魔法使いにはわかりません。

だけど、女が傍にいれば理由がわかるような気がしたのです。


でも駆けつけた時には、既に女の命は尽きてしまっていた。












「だけど、貴方は私を目覚めさせてくれた」

「あぁ」

「大自然の理に背いてまで、なぜ・・・」

「お前を愛しているからだ」


魔法使いの家に連れて来られた女は、彼の魔法により生き返りました。


だがその行いは自然の理を逆らった禁断の魔法だった。


魔法使いは、禁断の魔法を使った事により手足が動かせなくなってしまったのです、もはや彼は椅子から立ち上がる事さえ出来ない。

食事も寝るときも女の手がなければ一生椅子から動くことさえ出来ない。

魔法使いはそれでも構わなかった。


女が生きてくれるのなら、傍に居てくれるならと後のことも考えずに禁断の魔法に手を出した。

生き返った女の顔はあの醜い顔ではなく、前の美しい顔に戻っていた。


魔法使いが作った薬は、確かに万能薬ではあるが、何か犠牲にしなければ効力は発しない特殊な薬だった。

代価を払うことで万能な効き目を発揮するという不思議な薬。


まるで悪魔の薬のようだ、と女はその薬が恐ろしく感じた。



「お前の顔が醜くても、私はその心に惹かれた」

「貴方はとても物好きですね、趣味が悪いです」

「それはお前も同じだろ。手足も碌に動かせない私など構わず恋人の所に戻れば良いものを…」

「命の恩人にそんな薄情な事出来ませんよ」


「そんなお前だから私はお前を好きになった」

「・・・」


生き返った女は、初めは恩返しのために傍にいた。

故郷に戻っても、愛する人がいないのであれば戻る必要さえない。だからここにいるのは恩返しのため。


そう思っていたのに、女はいつしか魔法使いを愛するようになった。

醜くても構わない、女の心を見てくれた魔法使いを心から愛するようになっていた。

だけど、大切な人から裏切られた心の傷の所為か、魔法使いに想いを伝えられないまま日々が過ぎていった。


そして再び不運が二人を襲った。



とある吹雪の夜だった。

女は突然魔法使いの屋敷に現れた訪問者、かつての恋人である男の顔を見て酷く驚愕した。

顔中は黒痣に塗れ、片腕は既に腐敗しているのか動かず今にも取れ落ちそうになっていた。

男は不幸にも1000年に一度掛かるといわれる奇病に侵されたらしく、死ぬもの狂いで魔法使いに助けてもらおうと屋敷に乗り込んできたのだった。


「大丈夫なの!?しっかり!」

「・・・?!ま、さか・・・お前なのか?」


男が女を捨ててから、まったくもって接触しなかったため、いつのまにか消息が消えてしまった女。

まさかここに住んでいたなんてと男は驚きながらも目の前にいる美しい女に必死で縋りついた。


「頼む!頼む!!助けてくれ!!あの時のように薬を貰って俺を助けてくれ!!」

「・・・えッ」

「あの時は酷い事をして本当に悪かった、お前がいなくなって俺は漸く自分の愚かさを知った」

「・・・」

「けど!けど今度は間違えない!!!今度こそキミを幸せにする!だから、さぁ!早く俺を治してくれ!!!」


女は本当にこの男が、かつて愛した男なのかと目を疑った。

驚きと困惑で反応を見せない女に、男は舌打ちを鳴らし彼女を突き飛ばせば、椅子に座る魔法使いに直接交渉をし始めた。

だけど魔法使いは決して首を縦には振らなかった。


いや、横に振ることしか出来なかった。


「その奇病は私の薬では治せない」


もし本当に治すのなら1000万人の命と引き換えにしなければいけないぐらい、難しい病気だった。

男は自分に残された道が死しかない事に絶望し発狂しだした。


「ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ!!!」


奇病に冒され回りから疎まれ村を追い出され、痛みと熱や引き千切られるような激痛に耐え此処までやってきたのに。

残された道が死など許される筈がない。

物凄い勢いで魔法使いに飛びつこうとする男に、女は咄嗟に手を伸ばした。

だけど、その手は男の腕を掴む事は出来ず男は隠し持っていたナイフを魔法使いの心臓目掛けて突き刺した。



「ぐ、ぅ・・・!!」


手足が動かせない為避ける事が出来なかった魔法使いは、その胸にナイフを受けゆっくりと椅子から転がり落ちた。

同時に男の足が腐り、バランスが取れずに転倒する。


「いやああぁぁぁあああ!!!」


転がり落ちた魔法使いに女は直ぐに駆け寄り、うつ伏せになっていた魔法使いを仰向けにした。

ナイフは深く根元まで突き刺さっており、黒く滲み広がっていく染みに女は必死に魔法使いを助けようとした。

だけど、どんどん血の気が引いていく事に、女は涙が止まらない。


「・・・ッ、ぁ」

「いやぁ!いやよぉぉ!!あぁ、お願い!!神様!彼を助けて!!」

「・・・な・・・泣かないで、くれ」


止め処なく女の瞳から美しい涙が伝い落ちる、それを拭ってあげたいのに腕はあがらない。

もどかしさと情けなさに魔法使いは女に謝った。

女は謝る魔法使いに首を横に振り、彼を助けようと自分に出来る限りの応急処置を繰り返した。


だけど、段々と弱まり消えかけていく命に女は震えた。



また失ってしまうのか。

あの時のように、また一人ぼっちになってしまうのか。

まだ、まだ私はなにも伝えていない。



不意に女の視界に、ある薬が目に入った。

それはどんな難病でもたちまち元気になる万能薬。だが実態は代価を払うことで万能な効き目を発揮するという不思議な薬。

まるで神にも縋るような思いで女は直ぐにその薬を掴んだ。


だがその薬を掴んだ瞬間もう1人の声が部屋中に響いた。



「ーーー!!その薬を!その薬を俺にぃいい!!」


病気は更に進行しているのか男の顔は保々黒痣で侵されていた。


既に足が朽ちてしまったのか上半身のみで床を這いずる男を女はただ見下ろした。

悲しさに満ちた瞳で、かつて愛した人を静かに。


女は男に背を向け、倒れている魔法使いの肩を担ぎ外へと出ていく。

男は必死に女の名を呼ぶけれど、女は決して男を見る事も振り返ることもしなかった。




二人で外に出ればいつの間にか雪は止んでいて、夜空には綺麗な月が浮かんでいた。

ザク、ザクと雪の中を歩き続ける。

2つの足跡と引き摺られたような2本の線。そして赤い、赤い道が魔法使いと女の後ろに出来ていく。

城から少し離れた所は真っ白な雪の原になっていて、まるで魔法使いと女だけの世界のようだった。夜空に浮かぶ月と静かな世界、魔法使いと女は二人一緒に雪に寝転んで月を見上げていた。


繋がれた手はとても冷たいけれど、その手を離す事はなかった。

ゆっくりと身を起こした女は、いつの間にか眠ってしまった魔法使いに語りかける。



「・・・ねぇ」

「・・・」

「貴方は私の顔が醜くても私の心に惹かれた、そう言ってくれたね?」

「・・・」

「私も、例え貴方の手足が動けなくなったとしても私は・・・」

「・・・」

「私は、貴方を愛しています」



ポタッと美しく綺麗な涙が、魔法使いの頬を濡らした。

冷たい頬に手を添えて女はそっと体を屈めて、彼の唇に触れるキスをした。


伝えられなかった言葉を、想いを、愛を。

全て注ぎ込むように。





愛しています、貴方を。


私を愛してくれて、ありがとう。









「・・・・ーー?」



月の光に包まれて目を覚ました魔法使いの傍には…


不思議な薬の瓶と、幸せに満ちた顔で眠る女の死体がありました。









昔々、とある村にとても美しい女がいました。


心も清らかな女には大切な恋人がいました。

だけど恋人は不治の病に侵され倒れてしまい、女はどんな病をも治す万能薬を持つ魔法使いの元に行き助けを請いました。

女は愛する恋人を救うために己の美しさと引き換えに醜い顔になりました。


病気が治った恋人や村の人は醜くなった女を見て、掌を返すように冷たくあたりました。


恋人にも捨てられ仲間にも冷たくされ、孤独に死んでしまった女。



とても悲しいお話。

だけど、このお話には誰も知らない続きがありました。



孤独に死んでしまった女。

だけど彼女は決して恋人や仲間を恨みませんでした。

その清らかな心が魔法使いの心を射止め、女は彼の下で生き返りました。


今度こそ、幸せが訪れるだろうと想っていましたが。

魔法使いが死んでしまい、女は再び悲しみました。




死なないで、死なないで。

貴方を愛しているの、だから死なないで。


そして奇跡は起きました。

死んでしまった筈の魔法使いは、女の想いの強さにより生き返ったのです。


だけど、その代償として女は再び死んでしまいました。

何度も何度も魔法使いが女を蘇らせようとしても。



女の目は、二度と開く事はありませんでした。



END

ここまでお読みいただきありがとうございました。

この作品は、pixivにて投稿していた短編になります、オリジナルなのでこっちに移そうと移転させました。


作者自身、あまりHAPPY ENDを書かない、いや書けない派です。そのためか「HAPPY END書けないなんて、可哀想」と同情されます(´Д⊂ヽ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんと悲しいお話でしょう。 最後まで一気に読ませていただきました。 面白かったです。 [気になる点] 三人称で語り手がおじいさんなら、最後におじいさんを使ってもうひと盛り上がりできるのでは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ