第九十一話 ルバートの過去
ルバート·フォルテッシ――。
海の国マリン·クルーシブルの上級貴族の家に生まれ、幼少の頃から剣の天才と呼ばれていたそうだ。
その実力は、当時で――。
即ちルバートの少年時代にて、マリン·クルーシブルで最強と言われていた宮殿の騎士四人でも敵わなかったほどだったという。
だが、ルバート少年は剣よりも楽器――音楽を好んだ。
ろくな音楽の教育を受けてはいないというのに、フルート、バイオリンなどの宮廷音楽家が使用する楽器以外の異国の楽器まで弾きこなすようになる。
そしてその才能から、将来騎士としてを誰よりも期待されていたルバート少年は、よく宮殿を抜け出して、旧市街へと遊びに行くような子だったようだ。
「そっか。じゃあそのときにラルーナたちと仲良くなったんだね」
ビクニがそう言うと、ラルーナはニッコリと微笑んで頷く。
その横で、イルソーレも両腕を組んでコクコクと大きく首を縦に振っていた。
それまでのイルソーレとラルーナは、ずっと宮殿に住む貴族や中心街の人間たちが嫌いだったそうだ。
だが、ある日突然小さなハープを持って現れたルバートの演奏と歌を聴き、次第にその人柄に惹かれていったのだという。
「ルバートの兄貴は、旧市街に住む人たちの心を癒してくれてたんだよぉ」
ウットリとした表情でいうラルーナ。
その顔を見るに、この人狼の女は、今でも当時と同じ気持ちのままなのがわかる。
だが、そんなルバート少年も最初に旧市街へ現れた頃はずいぶんと邪険に扱われていたそうだ。
そのときに幼かったイルソーレとラルーナのような子供たちはすぐにルバート少年を受け入れたが、大人の亜人たちは彼のことを嫌っていたのだという。
「でもな。ルバートの兄貴そんなことじゃめげなかったんだぜ」
イルソーレがまるで自分のことかのように誇らしげに言った。
嫌われていてもルバートは旧市街で演奏を続け、ときには大量の食べ物を持って配ったりと、貧困に喘ぐ亜人たちと交流を熱心に続けた。
それもあってルバートは旧市街の亜人たちから信頼を得て、それは彼が大人になった今も続いているという。
俺には何故ルバートがそんなことをするのかわからなかった。
貧しい連中に施しを与え、悦にでも入っていたのだろうか。
豊かな自己満足貴族にありがちな話だ。
そのことを言ったら、イルソーレとラルーナは烈火の如く怒るだろうから言ったりはしなかったが、少なくともそれが俺のルバートに関する感想だった。
あの歯の浮くような台詞を平気でいう男らしいと内心で思う。
「ふ―ん。じゃあラヴィ姉とはいつ出会ったの?」
ラルーナは、もっとルバートの少年時代のことを話したそうな顔をしていたが、ビクニにそう言われて渋々話を進めた。
それはイルソーレとラルーナが志願して、ルバートの従者として宮殿に出入りするようになった頃――。
多くの国からルバートの見合い話が持ち上がっていた。
そのときすでに愚者の大地を除けば、大陸随一の剣の使い手と知られていたルバートとの結婚を望む者は多かったが、彼は全く貴族の女性に興味を示さなかったようだ。
だがある日に、女だてらに騎士として有名な貴族がいることを知り、興味を持った彼は、今は亡きコルダスト家へとイルソーレとラルーナを連れて向かったらしい。
「それは一目惚れだったんだよぉ」
ラルーナが言うに、ルバートはラヴィの顔を見た瞬間に恋に落ちたらしい。
それとイルソーレが付けたして言うには、ラヴィは従者であり亜人でもあった彼とラルーナにも態度を変えることなく優しかったのだという。
それは海の国ではありえないことで、従者として宮殿に出入りするイルソーレとラルーナは、人間族から蔑む目で見られていたからだそうだ。
ラヴィの奴……そのわりには吸血鬼族の俺のことは酷い扱いだったな。
「ルバートの兄貴はラヴィ姉さんに何度も愛の歌を聴かせていたよぉ」
「えっ!? ちょっと待って……それってラヴィ姉が貴族で騎士だったってこと!?」
今さら驚いているビクニなど気にせずに、またもウットリとしているラルーナ。
だがラヴィは彼の寵愛を受けず、剣での試合を申し込んだそうだ。
その決闘の結果は陽が落ちても決着がつかなかった。
「そのあとの兄貴の台詞がまた素敵で……今日のところは帰ろう。次は必ず君を私の妻にするぞ、ラヴィ。そして、この剣は君のために振るう、ってホントカッコよかったんだよぉ」
まだウットリした顔をしているラルーナに俺は辟易したが、ビクニも同意しているようで同じような顔になっていた。
実際にそれからルバートは、剣を腰に帯びてはいるものの、けして抜いたことはないそうだ。
どんなモンスターが相手でも金属製フルートなどで打ち倒しているという。
楽器を武器にするのもどうかと思うが……。
「兄貴は約束を守る男だからな。たぶん死んでも自分のために剣は使わないだろう」
だがその後、ルバートとラヴィが再び出会うことはなかったという。
何故ならばラヴィの住んでいた王都は、貴族同士の権力争いの末に、魔族の介入によって滅亡。
ラヴィの両親は魔族に殺され、妹とは離れ離れになり、住んでいた王都と共にコルダスト家が崩壊したからだそうだ。
「そっか……だからラヴィ姉が生きているってことを知って……」
ビクニは最後まで言わなかったが、それがラヴィからの手紙を見たルバートの涙の意味なのは理解できた。
そんなビクニを見たイルソーレとラルーナは、ニッコリと微笑む。
「ビクニたちがラヴィ姉さんが生きていることを知らせてくれた。ルバートの兄貴ほどじゃないかもだけれど。私たちも嬉しいよぉ」
「うん……私もなんだか嬉しい」
それを見たググも嬉しそうに鳴いた。
イルソーレがそんなググを撫でて、ガハハと笑っている。
俺はこういう暖かい空気が苦手なので、非常にいたたまれなくなった。
ビクニやググとは違い、別に俺は嬉しくもなんともない。
あの暴力メイドのことで、吟遊騎士が泣こうが喚こうが知ったことかという感じだ。
だが、あの死んだ目したラヴィやキザなルバートにも色々あったのだなと考えると、少しはまあ、よかったのではないかとは思う。
「た、大変だよッ!」
そのとき――。
部屋に宿屋の店主――猫の獣人の女が駆け込んできた。
こんな夜遅くに何事かと思っていると――。
「お客さんたち早く逃げてッ! 港にクラーケンが現れたんだッ!」




