表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/215

第八十八話 涙

俺のキザ男という言い方が気に入らなかったのか、イルソーレは椅子(いす)から立ち上がって、こちらを(にら)んできた。


ラルーナも同じようで、(うな)りながら俺のことを見ている。


しまった。


もっと言葉を(えら)ぶべきだったか。


言われた本人(ほんにん)――。


吟遊騎士(ぎんゆうきし)()ばれた男は(まった)(おこ)っていないが、太鼓(たいこ)持ちのダークエルフと人狼(ワーウルフ)の二人は(あき)らかに俺へ敵意(てきい)()き出しにしている。


面倒(めんどう)なことになりそうだ。


本人は怒ってないんだから、お前らも気にするなって言いたい。


「二人ともやめ……」


キザな男がイルソーレとラルーナのことを止めようとした瞬間(しゅんかん)――。


俺の(あたま)がポンッと(たた)かれた。


「ダメだよソニックッ! そんな言い方しちゃ失礼(しつれい)じゃないッ!」


誰よりも早く俺に手を出したのはビクニだった。


それを見てイルソーレとラルーナの顔から(いか)りが消え、笑い始める。


「ホント(しり)()かれてんな、お前」


「人間と吸血鬼族(きゅうけつきぞく)なのに。あなたたちって(なか)がいいんだねぇ」


椅子(いす)(すわ)ったイルソーレと、唸るのをやめたラルーナを見たキザな男は、ラム(しゅ)の入ったグラスを()らしながらホッと安心(あんしん)しているようだった。


二人にそう言われて、ビクニは何故か顔を赤くしていた。


()ずかしそうに一人何かブツブツと(つぶや)いている。


そんなビクニの頭に飛び()ったググは(うれ)しそうに()いていた。


そして、ようやく料理(りょうり)(はこ)ばれてきた。


「言い(わす)れていたが、今夜(こんや)の飲み物も料理も私の(おご)りだ。遠慮(えんりょ)せずに食べてくれ」


それを聞いて、イルソーレはまた「さすがですッ!」と大声を出し、ラルーナもまたさっきと同じように両目(りょうめ)(かがや)かせてパチパチと小さく拍手(はくしゅ)を始めた。


その後――。


キザな男は店内(てんない)にいるすべての者の飲食代(いんしょくだい)(はら)うと言い、全員が歓喜(かんき)の声をあげながら俺たちと乾杯(かんぱい)をした。


現金(げんきん)(やつ)らだ。


さっき俺たちしたことをもう忘れたのか。


集団(しゅうだん)袋叩(ふくろだた)きにしようとしていたくせに、この手のひらの返しようはなんだ。


いや、それだけこのキザな男に影響力(えいきょうりょく)があるのか。


さっきのビクニに(たい)する態度(たいど)を見るに、奢ったくらいでここまで変わるほど亜人(あじん)たちも単純(たんじゅん)じゃなさそうだしな。


「ずいぶんと(ふと)(ぱら)なんだな」


「場を(さわ)がせてしまった謝罪(しゃざい)みたいなものだよ」


俺がそう言うと、顔にかかった前髪(まえがみ)(はら)いながら返事(へんじ)をしたキザな男。


いちいちその仕草(しぐさ)(はつ)が立つが、助けてもらったうえに奢ってもらってもいるので文句(もんく)は言えなかった。


店内がお(まつ)りムードになる中、俺はキザな男にさっきの質問(しつもん)の答えを(たず)ねた。


この男がルバート·フォルッテシなのかどうかを。


(そば)にいたビクニも(みみ)(かたむ)けていたらしく、俺たちのほうへと(ちか)づいて来る。


「何故君たちが私のことを知っているかはわからないが。そうだよ。私の名はルバート·フォルッテシだ」


さっきイルソーレが名を()んだからそう思ったが、やはりそうだった。


ビクニが身を乗り出し、俺はルバートと話を続けようとすると――。


「そりゃルバート兄貴(あにき)名声(めいせい)はこの大陸中(たいりくじゅう)に知れ(わた)っているからなッ! 知っていて当然ッ! むしろ兄貴のことを知らないなんて、余程(よほど)田舎者(いなかもの)だ」


家柄(いえがら)人柄(ひとがら)、そしてそのお顔も最上級(さいじょうきゅう)。しかもこの大陸(たいりく)随一(ずいいち)(けん)の使い手で、演奏(えんそう)できない楽器(がっき)はないほどの芸術(げいじゅつ)才能(さいのう)発揮(はっき)されてるお人。それがルバートの兄貴なんだよ」


イルソーレとラルーナがしゃしゃり出てきた。


そして、また「さすがですッ!」と大声を出し、また目を輝かせて拍手を始めた。


いい加減(かげん)(いや)になるな、このパターン……。


「実は手紙(てがみ)を渡したくて……」


ビクニがイルソーレとラルーナを無視(むし)して、ルバートに声をかけた。


そして、自分の荷物(にもつ)からそっと手紙の入った封筒(ふうとう)()し出す。


この暗黒(あんこく)女は、普段(ふだん)(まわ)りの雰囲気(ふんいき)(なが)されやすいが、わりと自分から行動(こうどう)できるので安心(あんしん)できる。


「手紙? 君から私へではないのなら。じゃあ、誰からなんだい?」


「ラヴィ(ねえ)からなんですけれど……」


「ラヴィって……もしかしてラヴィ·コルダストのことかッ!?」


ルバートはまるで人が変わったような顔になって大声をあげた。


そして、差し出された手紙を丁寧(ていねい)に開き、じっくりと読み始める。


そこには、これまでこの男が見せていたキザな雰囲気はなく、手紙一つで(よろこ)んしまっている男の姿(すがた)があった。


あの暴力(ぼうりょく)メイドからの手紙がそんなに嬉しいのか?


ルバートのそのときの態度は、二人の関係(かんけい)はとても深いのだろうと思わせるものだった。


「えっ! ど、どうして……?」


ビクニは、つい言ってしまったという感じだった。


それは、(おどろ)いたことにルバートは、手紙を読みながら(なみだ)(なが)していたからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ