第八十七話 劇場型の乾杯
名乗るほどの者でないと言った男の仲間のであろう男女も、俺たちに何の断りもなくテーブルの椅子に座った。
「君らに紹介しておこう。私の友人、イルソーレとラルーナだよ」
キザな男は、にこやかに俺たちへ二人を紹介した。
俺はこの男が自分は名乗らないくせに、仲間の名は話すことに少し違和感を感じた。
一人はイルソーレと呼ばれた褐色の肌をした短髪の男。
その肌と尖った耳を見るに、ダークエルフだろうと思われる。
――のだが、俺が知っているダークエルフとは違って、その体は筋骨隆々。
本来エルフ族は草食のはずなのだが、このバカでかい体はどうやって作られだろう。
それともダークエルフは普通のエルフ族とは違って肉食なのだろうか。
それに俺の知っているエルフ族は、何というか冷静沈着で上品――悪くいうと気取った奴が多いはずなんだが。
このガハハと横で笑っているダークエルフを見ていると、種族の中でも個体差というのがあるのだろうと考えさせられる。
そして、もう一人はラルーナという女だ。
頭に獣耳、尻に尻尾――。
こいつの種族はすぐにわかる。
獣人――。
しかも俺が苦手な人狼だ。
だが、この女もなんだか俺が知っている人狼とは違う感じだ。
体なんてずいぶん華奢だし、オドオドした様子であの種族特有の獰猛さがどこにも見られない。
姿形を見るに、この女が人狼だということは間違いないんだが……。
そんなことを思っていると、料理が運ばれて来る前に、ラム酒と頼んでもいないレモネードがやってきた。
俺は当然ラム酒の瓶に手を伸ばしたが、ビクニに酒瓶を取り上げられてしまう。
「ダメだよソニック。私たちはまだ子供なんだよ」
こいつが俺の年齢を知らないとはいえ、子供扱いしてくることには腹が立った。
だが、言い争うのも面倒なのでレモネードの瓶を手に取る。
その様子を見て、イルソーレというダークエルフが「尻に敷かれているな」と笑った。
「もう、イルソーレったら、そんなこと言っちゃダメだよぉ」
そして、ラルーナという人狼が笑いを堪えながら注意していた。
そんなやり取りをしたせいか、人見知りであるビクニの奴も緊張が解けたようだ。
いつものぎこちない笑みから、俺やググといるときの自然な笑顔へと変わっている。
この暗黒女は、俺が道化に回ると人見知りが直ることが多い。
大変苛立つが、あの口ごもって言葉もろくに話せない状態よりはマシなので我慢しておく。
そして、テーブルにいるすべての者が、満たされたグラスが持った。
「では、この出会いへと導いてくれた今夜の星や月……そして、それに関わったすべて者に感謝を込めて……乾杯」
やはりというべきか。
キザな男は歯の浮くような台詞を言って俺たちとグラスを重ねた。
「かぁ～兄貴ッ! さすがですね! そんな素敵で詩的な響きを持った言葉がすぐに出てくるなんて。よっ! 世界最高の吟遊騎士ッ!」
俺にはとてもじゃないが素敵で詩的な響きを持った言葉には聞こえなかった。
むしろ自惚れと恥ずかしい言葉の間違いじゃないか。
だが、イルソーレは嬉しそうに太鼓を持ち続け、ラルーナは両目を輝かせながら小さく拍手をしている。
俺はその光景を見て思わず仰け反ったが、すでに連中の雰囲気に飲まれたビクニとググは楽しそうにしていた。
正直ため息しか出ない。
もうそろそろいいだろう。
これだけこいつらの劇場型の会話に付き合ってやったのだから、俺も訊ねたかったことを訊かせてもらう。
「おい、キザ男。お前の名前はルバート·フォルテッシなのか?」
