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第九話 引きこもりの外出

()きつける風が、甘い花の(にお)いを(はこ)んでくる。


周りの人々は笑顔で挨拶(あいさつ)()わし合い、「今日も元気かい?」「元気だよ。そっちはどうだい?」とお(たが)いのことを気づかっている。


そして、空にはそんな笑顔の人たちを祝福(しゅくふく)するかのように(かがや)太陽(たいよう)――。


(まぶ)しい……私には眩し()ぎる。


石畳(いしだたみ)の道を歩きながら、あまりの強い陽射(ひざ)しと街を歩く人たちの善良(ぜんりょう)さに思わずフラフラしてしまう。


ほら、よく見ると野良猫や野良犬も悪させずに人に懐いているし、みんなそれを嫌がらず、餌をやったり、出店の中で寝かせてやっていたりしている。


気候(きこう)はよく、みんな良い人ばかりでとても素晴(すば)らしいのだけれども、なんかこう……言葉にはできないけど、やはり居心地(いごこち)が悪く感じてしまう。


……そして、そんなふうに感じてしまう自分のことがいやになる。


そんな私を見た野良たちが集まってきて、あっという間に猫や犬に囲まれてしまった。


……どうも私は猫屋敷に住んでいたせいなのか、はたまた動物好きのお(ばあ)ちゃんの影響なのか、気がつくと獣を集めてしまう体質のようだ。


そういえば、元の世界でも気がつくと犬猫以外にも鳥とか、どこから逃げてきたのか仔馬とかが集まってきたときがあった。


そんな私を見た人たちが大声で『まるでブレーメンの音楽隊だ』なんて言っていたっけ。


いっそのことこの異世界で、楽器でも覚えて動物音楽劇団でも組もうかな。


なんて……ふざけたことを考えてしまっていた。


「ごめんね。今はかまってあげれるほど元気がないんだ」


私が野良たちにそう言うと、思いが通じたのか、一斉にまた出店や路地裏、家の屋根へと戻っていった。


「色々すごいな……。ここの野良たち……」


何故王宮(おうきゅう)に引きこもっていた私がこうやって外へ出ているかというと――。


「ビクニ、さすがにライト王も心配してるみたいっすよ」


「大丈夫だよ、ラビィ姉。もう世界は平和になったんだから、心配することなんか何もないよ」


「うちが言ったこと聞いていたっすか? ライト王が心配してるのは、世界のことじゃないっす。異世界から来た引きこもり少女――つまりビクニのことっす」


……というわけで。


私はライト王の心配をなくすために数ヶ月(すうかげつ)ぶりに部屋から出て、城下町(じょうかまち)散歩(さんぽ)していた。


ライト王には異世界に来てからお世話になりっぱなしだし、まるで本当の家族みたいに気遣(きづか)ってくれるのもあって、申し訳ないという気持ちからしょうがなく外出したのだ。


「おお、ビクニちゃん。素敵(すてき)なドレスだね」


「ビクニちゃん、その服似合っているね」


「ビクニお姉ちゃん可愛(かわい)い! お姫様みたい!」


城下町を散歩すると聞いたライト王が、お出掛(でか)け用のドレスを用意(ようい)してくれた。


さすがに私もスエットで外に出るのは嫌だったので、これまたしょうがなくドレスを着て出かけた。


そのせいか、いろんな年齢(ねんれい)の人に声をかけられることに――。


そりゃそうだ、こんな派手な服、いやでも目立っちゃう。


まったく、街中をドレスで歩くなんておかしいのに……。


……でも、わざわざ私のためにオーダーメイドで作ってくれたのは(うれ)しいけどさ……。


そんなことを思いながら歩いていると、前に人だかりが見えた。


私は何事かな? とちょいと(のぞ)いてみるとーー。


「やっと(つか)まえたぞ! この吸血鬼(ヴァンパイア)子供(ガキ)がぁ!」


そこでは私と変わらないくらいの少年が、屈強(くっきょう)な大人たちによって押さえ込まれていた。


人混(ひとご)みの後ろから話を聞くに、どうやら吸血鬼(きゅうけつき)の少年が食べ物を(ぬす)んで捕まったみたい。


その泥棒行為(どろぼうこうい)は一度だけではなく、数え切れないほどだったみたいで、ようやく捕まえることができたとも大声で言っている。


まあ、私には関係ないし、どうでもいい話だ。


さっさとその場から()ろうとすると、私よりもずっと幼い少女に声をかけられた。


さっきは私のことをお姫様みたいと言ってくれた()だ。


「ねえねえビクニお姉ちゃん。さっき聞き忘れたんだけど、リンリお姉ちゃんはいつ帰ってくるの?」


リンリ……。


そうだよ……世界はもう平和になったのに、リンリとメンヘルはまだ帰って来ていない。


リンリ……なんで帰って来ないんだろう……。


そのとき、私の頭の中にリンリの笑顔が()かんだ。


もし、リンリがこの場にいたら……。


あの吸血鬼の少年を絶対(ぜったい)に助けるよね……。


リンリは周りの状況なんか考えずに、勝手に人助けする娘だったよね……。


私はその少女に「リンリはもうすぐ帰ってくるよ」と言って別れた。


そして、内心で思う。


……私も頑張らなきゃ!


せっかく異世界に来て騎士に選ばれたんだから、世界は救えなかったけれども、男の子一人くらい助けなきゃね。


そう思った私は、顔を両手で叩いて自分に気合を入れた。


そして、人混みをかき分けながら、吸血鬼の少年を押さえ付けている大人たちのところへ向かった。


「あ、あの……すみません……ちょっといいですか……」


思うように声が出ない。


人が大勢いるところも苦手だし、ましてやそこに口を挟むなんて、これまで生きてきてしたことがない。


でも、やらなきゃ。


私は声を(ふる)わせながら、なんとか少年を(ゆる)してあげられないだろうかとお願いをした。


屈強な大人たちは、少し(おどろ)いていたけど、簡単(かんたん)に少年を解放(かいほう)してくれた。


さすがに(やさ)しいお(じい)ちゃんことライト王が(おさ)める国。


住民(じゅうみん)たちもみんな優しかった。


それから住民のみんなは、「じゃあ、後はビクニちゃんに任すよ」と言って、その場を去っていった。


私は、残された少年に何て声をかければいいかわからなかったけど、考えに考えた末に言葉を絞り出す。


「よ、よかったねぇ。な、な、なにか事情(じじょう)があるんだろう……け、けど、も、もう(ぬす)みなんてやめたほうが……い、いいと思うよ」


私は引きつった顔で、精一杯(せいいっぱい)の笑みを()かべて言ったけど、少年はその場で(うつむ)いたままで何も返事をくれなかった。


……何こいつ。


せっかく頑張って助けてあげたのに。


その態度はないんじゃないの。


だけど私は、別に感謝(かんしゃ)されるためにやったわけじゃないと自分に言い聞かせていると、少年はいきなり立ち上がって(すご)形相(ぎょうそう)(にら)み付けて来た。


「うるさい! お前なんかに何がわかるんだよ!」


そう言った少年は、いきなり私へ飛びかかって来た。


(おん)(あだ)で返すとはこのことだ。


ああ、やっぱり似合(にあ)わないことなんてするんじゃなかったよぉ。


「隙あり!」


「あっ! それは!?」


「へへ、こいつは(いただ)いていく」


そして少年は、あの何をしても(はず)れなかった黒く禍々(まがまが)しい腕輪(うでわ)(うば)って走り()っていった。

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