第八十三話 満室の事情
宿を探しに歩き出したのはいいが、通りは狭く、曲がりくねっていてときに折れ曲がり、ときには水路にぶつかり、ときには広場に行き当たる。
慣れていないのあってきた道さえも忘れてしまうくらい複雑に感じた。
当然さっき来た場所に出てしまったり、誰かの家の庭に出てしまったりで、なかなか行きたいところへ向かえなかった。
「ああ……もう陽が落ちて来ちゃったよ」
そう言って、その場に座り込んでしまうビクニ。
旅の疲れもあったのだろう。
ビクニの声にいつもの張りがない。
そんなビクニと同じようにググもヘナヘナとしおれてしまっていた。
だが、そんな元気のないビクニのことなどお構いなしに、野良であろう犬猫が集まり始めていた。
これだけ野良が多いのは、この国では馬車が通らないからだろう。
それに住民たちも餌をくれるし、動物たちにとってこの国では、誰かに飼ってもらう必要がないのだ。
その中の一匹の猫の頭をビクニが撫でてやっていると、突然走り出した。
俺たちはその方角を見てみると――。
「あっ! ソニック、あれって宿屋じゃないの?」
ビクニは文字は読めないが、飾られていた看板を見てそう思ったようだ。
その看板には、この海の国――マリン·クルーシブルの紋章が焼印されていた。
多くの国の宿屋の看板には、その土地によって定められた固有の印があるものだ。
俺は、ビクニの勘も大したものだと感心して、早速宿屋を訪ねてみると――。
「えぇ~もういっぱいなんですか?」
すでに部屋が埋まっていると言われ、ビクニがガックリと肩を落とした。
ググはその仕草をマネをせずに、ただ静かにビクニの頭の上で眠っていた。
「うぅ……やっぱり私って運が悪い。せっかくこの子が宿屋の場所を教えてくれたのに……」
さっきの猫を撫でながら、ビクニは自分の運なさを嘆いていた。
「ごめんね。せっかく教えてくれたのに私に運がなくって……」
「いつまでもグチグチ言ってないで次の宿を探すぞ。やっと街に着いたのに野宿なんて嫌だろ?」
そう俺が声をかけたが、疲れ切っているビクニはコクッと頷いて、ただ黙ったまま後をついてくるだけだった。
その後も何軒か宿屋は見つかったのだが、すべて満室だった。
「ごめんな。今は港で船が出せねえもんだからよ。どこも人でごった返してんだよ」
今目の前で満室だと言った宿屋の店主が申し訳なさそうに言った。
そうか。
船が出せない影響で、どこも部屋が埋まってしまっているのか。
これは俺たちも、しばらくの間はこの国に釘付けにされそうだな。
「一応……空いていそうな宿なら一つ知っているんだが……」
もうゾンビのようになってしまったビクニを見た店主は、言いづらそうに話を始めた。
なんでも中心街から少し離れた旧市街にある宿屋なら、おそらく宿泊が可能だと言う。
「ホントですか? やったッ!」
死にかけのようだったビクニは急に目を輝かせると、その旧市街の場所を訊き始めた。
店主はその勢いに押されたのもあって、この街の地図を俺たちに渡してくれた。
「ありがとうございます! よし、じゃあソニック急ぐよ!」
そして、魔法でもかけたのかような速度で走り出していってしまった。
浮き沈みの激しい女だな……本当に……。
「おい、待てよビクニ!」
俺も急いでビクニを追いかけて行った。
そんな俺たちの背中に声が聞こえる。
「気を付けろよ暗黒騎士の嬢ちゃんたち! 旧市街はなにかと物騒だからな!」
店主が今さらそんなことを言っていた。
だが、すでに走り出していったビクニには聞こえていない。
まあもう夜になるし、治安が悪かろうが何とかなるか。




