表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/215

番外編 異世界の先輩~その②

俺の名は関涼太(せきりょうた)


どこにでもいる普通(ふつう)の大学生だったのだが、ある日に突然自宅に突っ込んできた車に(つぶ)されて、気がつけば女神っぽい女の前にいた。


そこで、異世界へ行って世界を(すく)わないかと言われ、引き受けるか(なや)んでいると――。


「今転生(てんせい)すれば特典(とくてん)が付きますよ」


と、言われたから引き受けたというのに、(いま)だになんのスキルもアイテムも(あた)えてもらってない。


異世界っていったら最初(さいしょ)からレベル上げしないでもチートスキルとか俺TUEEEとか定番(ていばん)なのに……。


結局(けっきょく)元の世界での能力(のうりょく)のまま、このファンタジーな世界へと(ほう)り込まれたのだった。


そして、今は相棒(あいぼう)女竜騎士(おんなりゅうきし)レビィと共に長かった森を抜けて、ようやく町へとたどり着いたところだ。


ここは一日ですべて見回れるくらいの小さな町だったが、住人たちに活気(かっき)がある。


そこら中の屋台(やたい)から商売(しょうばい)熱心(ねっしん)な声が聞こえてくる。


それに(たい)して買い物客は、もう一声! と値切(ねぎ)り始めていた。


こういう商売が(さか)んな町は、きっと人の出入りも(はげ)しいだろうから、今の俺たちには非常(ひじょう)に助かる。


うん?


なぜ助かるのかだって?


それは――。


「おい、見てみろリョウタ」


レビィがポッと(ほほ)()めながら人差(ひとさし)(ゆび)を突き立てた。


何を見て顔を赤くしているのかと思い、その指の先にあるもの見てみる。


「また私たちの懸賞金(けんしょうきん)が上がっているぞ。くぅぅぅ~! 騎士としては複雑(ふくざつ)だか、私的には悪名だろうとなんだろうと竜騎士として名が売れてきたということは感無量(かんむりょう)だ」


レビィは自分と俺の顔が()かれた手配書(てはいしょ)を見て顔を赤らめていた。


そうなんだよ……。


俺はこの懸賞金が上がって(よろこ)んでいるイカれた女と共に賞金首(しょうきんくび)だからなんだよ。


だから、こういうよそ者が多そうな町は助かると言うわけなんだ。


なぜ俺たちが賞金首になったかというと――。


ある冒険者(ぼうけんしゃ)集団(しゅうだん)(かこ)まれていたレヴィを助けようと、俺がその場に入って行ったときにたまたま(つまづ)いてしまって、冒険者の一人の(あご)に俺の頭がヒットして気を(うしな)ってしまった。


それを見た冒険者の集団は烈火(れっか)(ごと)(いか)り、(こし)()びた剣を抜いて俺のことを殺そうとした。


そのときに止めに入ってくれたこちらの世界でいう警察(けいさつ)みたいな兵士たちが来てくれて、これで無事に終わると思っていたのだが――。


「フフフ……(とお)りすがりの男よ。この状況(じょうきょう)……まさに多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)だが、私は助けに入って来てくれたお前の心意気(こころいき)……。けして無駄(むだ)にはせんぞッ! さあ、卑怯者(ひきょうもの)どもめ! (おく)さぬならばかかって来いッ!」


何を勘違(かんちが)いしたのかこの女……。


その場にいた俺以外の人間をすべて(たた)きのめしてしまったんだ。


それ以来(いらい)ずっとこいつと逃亡生活(とうぼうせいかつ)……。


あぁっ! 俺の幸せな異世界ハーレム生活はいつやって来るんだよッ!


そんなことを考えている俺の横で、レビィは一人その身を(もだ)えさせていた。


「しかし、このままいくとどこまで懸賞金が上がってしまうのか。そして、どこまで私の竜騎士としての名が売れていってしまうのか……あぁぁぁッ! 一体どうなってしまうのだろう、私の名はッ!」


恍惚(こうこつ)表情(ひょうじょう)()かべ、激しく興奮(こうふん)し始めたレビィ。


俺はただ大きくため息をついて、うんざりすることしかできない。


彼女はいつもこんな感じだが、町を歩けば誰もが振り返るほどの美人だ。


金髪(きんぱつ)碧眼(へきがん)で顔は(ととの)っているし、手足が長くスタイルも抜群(ばつぐん)


年齢は俺と同じくらいで、あと(そだ)ちもいいのだろう。


礼儀作法(れいぎさほう)丁寧(ていねい)挨拶(あいさつ)もできるし、誰であろうと分け(へだ)てなく(やさ)しいところがある。


それに、(こま)った人を(ほう)っておけない性格(せいかく)をしている。


俺も知り合うまでは、よくファンタジーとかに出てくる完璧過(かんぺきす)ぎる女騎士だと思っていたんだが。


「くぅぅぅ~! ダメだリョウタ! 私は自分を(おさ)えられんッ!」


「バカッ!? やめろレビィ! ここは町の中だぞッ!」


しかし、俺の制止(せいし)など意味はなく。


レビィは持っていた(やり)を地面に突き立てて、その場から跳躍(ちょうやく)


あっという間に空へと消えていってしまった。


そうなんだよ……。


この女竜騎士はジャンプに(いのち)()けている残念(ざんねん)美人なんだよ。


このすぐに飛びたがる(くせ)がなければ、顔も綺麗(きれい)だし、性格もまあ(かた)いが素直(すなお)で正直。


それでいて(うで)も立つし、この世界で旅をする相棒としては(たよ)りになるのだが……。


「うおぉぉぉ! ぐはっ!?」


さっき飛んで行ったレビィが落ちてきた。


美人が天空から降りてくるってシチュエーションが、これほどまでに無様(ぶざま)なものなのか。


そうなんだよ……。


レヴィは着地(ちゃくち)ができない竜騎士なんだよ。


こんなにスペックは高いのに本当に残念だ……。


俺は()れた手つきでレヴィを()こすと、そのまま彼女を背負(せお)って歩き始めた。


「すみません。お(さわ)がせしました……」


そして、(あつ)まる人の視線(しせん)をの中を(もう)(わけ)なさそうに頭を下げて進んでいった。


こんなザマだが、レヴィの夢は竜騎士として世界に名を(とどろ)かすことだ。


まあ着地もろくにできない竜騎士なんて、まず笑われるだけだが……。


実際(じっさい)に前に彼女の話を聞いたときに、そんなような話をしていた。


物心(ものごころ)ついたときからずっと竜騎士に(あこが)れていたレヴィだったが、周りからも両親からもずっと反対(はんたい)されていたそうだ。


お前には才能(さいのう)がないとか、もっと自分に向いていることがあるだろう? と。


彼女は散々(さんざん)言われ続けてきたようだ。


その中で唯一(ゆいいつ)、彼女の姉だけが応援(おうえん)してくれていたらしい。


まあ、レヴィのジャンプを見れば誰でもそう言うだろう。


俺だって正直、諦めたほうがいいと思った……。


うん?


じゃあ、俺はレヴィに竜騎士は(あきら)めろって言わなかったのかだって?


そうなんだよ……。


俺は彼女のことを応援しているんだよな……。


なんか気持ちがわかるんだよ。


俺も元の世界でずっと周りからやりたいことを否定(ひてい)されてきたからさ。


それで俺は「ああ、自分には才能がないんだな」って諦めちゃったけれど。


でも、レヴィは自分に才能がないのも知っていて――。


周りからも否定されて――。


それでも続けているのを見て――。


なんか応援したくなったと言うか……。


まあ、あまりうまく言えないが、彼女には好きなことを頑張(がんば)ってもらいたいなって思ったんだ。


「いいかレヴィ。俺たちはお(たず)ね者なんだぞ。あんなに目立ったことして、この町の連中に気づかれたらどうするんだ?」


それから人目のつかない路地裏(ろじうら)へ行き、意識(いしき)を取り(もど)したレヴィに説教(せっきょう)する俺。


彼女はいつものように(もう)(わけ)なさそうにしている。


「ともかく、町を出るまでは大人しくしなくちゃ。ただでさえその竜騎士の甲冑(かっちゅう)は目立つんだし」


「うぅ……私もわかってはいるのだが……」


「それにレヴィは美人だからな。町に入ったときにすれ(ちが)った奴らが振り返っているのに気がつかなかったのか?」


「な、なっ!? わ、私が美人だと!? や、やめろリョウタッ! そういう冗談(じょうだん)は言うなッ!」


俺は()めているつもりはなかったのだが、レヴィは顔を真っ赤にして手をブンブン振り始めた。


いつも言っていることなんだから、いい加減(かげん)()れてくれよ。


本当に面倒(めんどう)くさい……。


「わ、私は騎士だッ! 色恋沙汰(いろこいざた)など、こ、(こま)るッ!」


「はいはい。わかったから、さっさと宿(やど)へ行こう」


そして、俺は(ぬの)で顔を(おお)い、レヴィは(かぶと)で顔を(かく)し、この町の宿へと向かった。


これをやると眼鏡(めがね)(くも)るんだが、しょうがない。


賞金(かせ)ぎや追手(おって)に捕まるよりはマシだ。


向かった宿屋では、(さいわ)いなことに部屋は()いていたので、早速()めてもらうことにした。


「では、料金(りょうきん)先払(さきばら)いでお(ねが)いしますね」


どうやらこの宿屋は先払いらしく、俺はこの世界に転生(てんせい)した最初の一年――日雇(ひやと)いの労働(ろうどう)()めたゴールドを出す。


今思い出しても、異世界へ来てなんで労働して生計(せいけい)を立てていたのか……。


普通は冒険(ぼうけん)をするものなのに……。


これも全部あの女神が悪いんだ。


いつになったらチートスキルをくれるんだ!


いつになったら俺のターンが来るんだ!


俺はこの世界へ来てからずっと労働と逃亡(とうぼう)しかしていないぞ!


こないだ森で会った俺と同じ異世界へ来た少女は、魔道具(まどうぐ)(さず)けられて暗黒騎士(あんこくきし)なってウハウハだというのに……。


あのクソ女神め、今度会ったら必ず殺してやる!


「いや~すいませんねお客さん。最近はこの町も物騒(ぶっそう)なもんで」


俺が内心で思いだし怒りをしていると、宿屋の亭主(ていしゅ)が話を続けていた。


その物騒という言葉を聞いて、まさか俺たちがお尋ね者だとバレたのではないかと思ったが、話を聞くにどうも違うようで安心した。


なんでもこのところモンスターの襲撃(しゅうげき)が多いみたいで、料金を払わずに逃げてしまう客が多いのだそうだ。


なるほど、だから先払いというわけか。


でも、そんな話を聞くに、さっさとこの町を出たほうが賢明(けんめい)のようだ。


宿を確保(かくほ)した俺たちは、その後に(たび)に必要なものを買いに行った。


食料(しょくりょう)や野宿に使う道具(どうぐ)や、あとケガに()薬草(やくそう)などの()しかったものは、大体手に入れることができた(ちなみに、薬草の使い道のほとんどは、着地に失敗(しっぱい)したレヴィのために消費(しょうひ)される)。


買い物が終わり宿に戻ると、レヴィが夕食前に風呂へと行きたいと言ったので、俺は部屋で一人荷物をまとめていた。


ここはモンスターの襲撃が多いみたいだから、明日の朝には出発(しゅっぱつ)しよう。


だが、俺たちはいったどこへ向かえばいいのやら……。


お尋ね者が安心して暮らせるところなんてあるのだろうか……。


ともかくいろいろ情報(じょうほう)を仕入れて、見つけるしかないよな……。


「ふう~。お~いリョウタ。今なら誰も居ないぞ」


風呂から上がったレヴィは、部屋に入るなり体に巻いていた布をバサッとベットに投げ飛ばした。


そして、俺がいる目の前で動きやすい格好(かっこう)へと着替(きが)え始める。


「お、おいレヴィ!? お前まさか布一枚だけで風呂から歩いてきたのか? それと俺が目の前にいるのに着替え始めるなッ!」


「うん? 私の体には別に恥ずかしいところなどないぞ? 見られて困るものなど騎士にあってはならんしな」


「お前が困らなくても俺が困るんだよ!」


そうなんだよ……。


この女は顔やスタイルを褒められると顔を赤くするくせに、人前で平気で(はだか)になってしまう(やつ)なんだよ。


貞操観念(ていそうかんねん)がズレているというか……。


こんな美人に目の前で裸になられたら、女慣れしていない俺のとって刺激(しげき)が強すぎる。


「安心しろ。裸になるのはお前の前ぐらいだ」


「それをやめろってんだよッ!」


その夜――。


スヤスヤと(となり)のベットで(ねむ)るレヴィの横で、俺は一人モゾモゾと自分を(なぐ)めた。


毎夜のことだが、男というやつは結局(けっきょく)異世界でもやっていることは変わらないと思うと、なんだか(なさ)けなくなるな……。


っていうか、いきなりこんなリアル美人と旅とか童貞(どうてい)にはキツいだろ!


そして朝になり、宿屋から出ると――。


「おはようございますなのですよ」


突然フードの付いたノースリーブの服を着た少女に声をかけられた。


こないだ森で会ったビクニという少女と同じくらいの年齢(ねんれい)か?


ずいぶんと笑顔が可愛(かわい)い女の子だった。


まさかここからようやく異世界らしいイベントが始まるのでは?


この少女が困っていて、それを救うみたいなやつ。


あの女神もやっと重い(こし)を上げたのかと、俺が期待(きたい)していると――。


「実は、町の守衛(しゅえい)さんから(たの)まれたのです。賞金首が(あらわ)れたから(つか)まえてくれって」


少女はニコッと笑うと、いきなり俺に向かって正拳(せいけん)突き。


ボディへもろに()らった俺は、そのまま()き飛ばされてしまった。


「ああっ! 大丈夫(だいじょうぶ)かリョウタ!? おのれ、いくら少女とはいえリョウタに手を出すとは……(ゆる)さんッ!」


宿屋の壁に叩きつけられた俺が(いた)みで動けずにいると、レヴィは激昂(げきこう)して戦闘態勢(せんとうたいせい)に入っていた。


「このグングニルの(さび)にしてくれる」


そしてレヴィは、握っていた槍を風車(ふうしゃ)のように振り回した。


それを見たフードの少女は、右の(こぶし)を左手で(つか)みながら(むね)を張った。


それはまるで三国志に出てくる武将(ぶしょう)(れい)みたいだった。


「ワタシの名はリム·チャイグリッシュ。武道家(ぶどうか)(さと)ストロンゲスト·ロードを()ぐ者にして、大魔導士(だいまどうし)目指(めざ)す者なのです。悪い人は野放(のばな)しにはできません」


武道家の里なのに大魔導士?


言っていることはよくわからないが、ともかくリムと名乗(なの)った少女も(かま)える。


「ふん。私は竜騎士レヴィ·コルダスト。不意打(ふいう)ちをするような卑怯者に名乗る名などないわ!」


「いや、あの~名乗ってちゃってますけど」


「はうっ! う、うるさいッ! いいからかかって来いッ!」


レヴィがそう言うと、リムは先ほど俺に喰らわせた正拳突きを()り出した。


だが、俺が目で追えるのはそこまでだった。


その後に()りも手刀(しゅとう)を出しているのは確認(かくにん)できたが、正直動きが速過(はやす)ぎで何をしているのかよくわからない。


それでもレヴィはすべてうまく(さば)いてみせる。


彼女はジャンプだけは残念だが、()みの男相手ならたとえ集団でも打ち(たお)せるほどで、その実力は本物なのだ。


むしろ、そんなレヴィを追い込んでいるリムのほうがすごい。


まだ子供といってもいいのに、レヴィの槍による(みだ)れ突きも見事(みごと)(かわ)している。


「正直(おどろ)きました。まさかこんな小さな町にいる賞金首が、リムと対等(たいとう)に戦えるんなんて」


「ふん。私も驚いているぞ。その身のこなし、ただ者ではないな」


何やらバトル漫画風(まんがふう)展開(てんかい)


レヴィとリム二人とも(たが)いに笑みを(かわ)わしながら、激しい攻防(こうぼう)を続けている。


俺は止めに入ろうとしたが、さっき攻撃(こうげき)で動くのも(つら)く、見ているしかなかった。


そして、しばらくして――。


「少女よ、名をリムと言ったな。お前に竜騎士の(わざ)を見せてやるぞッ!」


「受けて立ちましょう。レヴィ·コルダスト」


まずい、まずいぞ。


ジャンプなんかしてもあのリムって子には絶対に当たるわけがない。


レヴィが着地に失敗して、俺たちが捕まってしまうだけだ。


異世界で刑務所(けいむしょ)に入れられるなんて(いや)だよ!


これはなんとしてもレヴィを止めて逃げねばと俺が思っていると――。


「モンスターだ! モンスターが来たぞ!」


突然(さけ)び声と共に大きな破壊音(はかいおん)が聞こえた。


どうやら(うわさ)で聞いていたモンスターが町を(おそ)ってきたみたいだ。


これはあの武道家から逃げるチャンス。


俺はレヴィの元へと走り、今のうちにこの町から()ろうと言ったのだが――。


「あの悲鳴(ひめい)を聞いて逃げられるか!」


レヴィは俺のこともリムのことも(ほう)っておいて、叫び声と破壊音がするほうへと走り出して行ってしまった。


リムはそんな彼女の背中(せなか)を見て呆気(あっけ)に取られていた。


まさかお尋ね者が町の人を助けに行こうとするなんて思わなかったのだろう。


そして、彼女は俺のところへとゆっくり歩いてくる。


「あなたは行かないのですか?」


俺は行くはずがないだろうと答えたかったが、リムの真っ直ぐな眼差(まなざ)しのせいで何も言えなくなっていた。


それに、ヘタなことを言えば、捕まえられるとも思ったのもあった。


しばらく俺が(だま)っていると、リムは軽蔑(けいべつ)するような視線(しせん)を向けてくる。


「あなたは弱いだけではなく(ひど)い人なのですね。恋人を見捨てるつもりなんて」


「レ、レヴィは別に恋人じゃないぞ! そ、それに弱い俺なんかが行っても……役に立てない……。あいつの邪魔(じゃま)をするだけだ」


俺の自己弁護(じこべんご)のような言葉に聞いたリムは、すぐに背を向けた。


背中を向けられているというのに、なぜか彼女に()められているような気分になる。


「リムの友人にすごい人がいます。その人は自分に(ちから)がないこと知っていながら、けして逃げません。他人のためなら自分の(いのち)さえも捨てる覚悟(かくご)で立ち向かっていくのです」


そういうリムの声は(つめ)たかった。


先ほどレヴィと戦っているときとは別人だと思うくらいに。


「あなたはその友人と雰囲気(ふんいき)()ていたので……いえ、リムの勘違(かんちが)いでしたね。リムは彼女を追います。あなたはどうぞ逃げるなりなんなりとお好きに」


リムはそういうとレヴィの向かってほうへと走り出していった。


もしかしてレヴィを助けに行ったのだろうか。


正義感(せいぎかん)が強そうな子だったし、その可能性(かのうせい)が高いな。


さっきの戦いを見る(かぎ)り、あの子がいれば、たとえレヴィがヘマしても大丈夫だろう。


そうだよ……。


俺なんかが行ったって邪魔(じゃま)になるだけだ。


だって俺、普通(ふつう)の大学生だぞ。


剣も魔法(まほう)も使えない、体力もない頭も悪いただの人間だぞ。


それなのに、どうやってモンスターと戦えってんだよ。


確実(かくじつ)に何もできないまま殺されるに決まってんだろ。


それをあの子は……俺が弱いってわかっていてあんなことを言いやがって。


逃げちゃいけねぇのかよ。


年上の人間に対してあんな(えら)そうなこと言いやがって。


一体何様のつもりだ。


ああいう強い奴には、弱い奴がそうやって生きていくしかねえのがわかんねぇんだ。


(めぐ)まれてるいる奴に俺の気持ちがわかってたまるか……。


俺は間違(まちが)ってない……間違ってないんだ……。


「あの、お客さん。こんなときなんですが、部屋に(わす)れものがありましたよ」


俺が一人立ち()くしていると、そこに泊まった宿の亭主が声をかけてきた。


今さらだが、この宿屋の亭主……。


かなりの年寄りのせいか男なのか女なのかわからん。


「こんな使いこまれたものだから、きっと大事なものではないですかね」


俺はその忘れものを受け取った。


それはボロボロノートみたいなものだった。


ページを開いて中を見てみると、そこにはこれまでのこと――。


レヴィが俺と出会ってからことが事細(ことこま)かに(きる)されていた。


――今日はとても素敵(すてき)な出会いがあった。


その記念(きねん)として、これからのことを記録(きろく)していきたいと思う。


父と母が()くなってから姉ともはぐれてしまった私は、食べていくために傭兵(ようへい)として身を立てていた。


その、利害関係(りがいかんけい)だけで何の信頼(しんらい)のない連中を相手にする生活は、日に日に私の(こころ)(くさ)らせていった。


何度も死にかけたし、味方だと思っていた相手に突然手篭(てご)めにされかけた。


思い出すだけでも身の毛がよだつ。


金だけで動くような奴らなぞに、私の(みさお)をくれてやるものか。


この身を(ささ)げるべき相手は自分で決める。


(はな)(ばな)れになってしまった姉がそうであったように。


ただその相手はまだ見つかっていない……。


だが、私は出会った。


この傭兵稼業(かぎょう)に身を落した私を、自分の身の危険(きけん)(かえり)みずに助けに入って来てくれた男に。


さらにその男は、私の夢を肯定(こうてい)してくれた。


散々(さんざん)迷惑(めいわく)をかけているというのに、けして諦めろと言わずに応援してくれたんだ。


ただ(いき)をしているだけだった、ずっと死んでいるように生きていた私を目覚めさせてくれたんだ。


我がコルダスト家に伝わる家宝(かほう)の槍――グングニル。


これを捧げる相手はこの男しかいない。


私はどんなに(いや)がれようとも、これからもずっと彼の(そば)に居続けるつもりだ。


……レヴィ。


何を勘違いしているんだよ……。


俺は偶然(ぐうぜん)その場に入って行っただけなのにさ……。


「どうかなさいましたか、お客さん?」


「ちくしょう……」


「はっ?」


「ちくしょうぅぅぅッ!」


そして俺は走り出した。


バカだ、俺はバカだ。


行ったって何もできやしないのによ。


でも、それでも行くしかない。


だってあんなの見たら逃げられないだろッ!


レヴィとリムが向かった町の出入り口へ走っていると、もうすでにモンスターの姿が建物(たてもの)(かげ)から見えていた。


その姿は牛のような体の四つ足で、(ぶた)のような(はな)があり、その顔を地面に擦りつけるようにくっつけて進んでいる。


こちらにはまだ気がついていないが、その赤い一つ目で何かを(さが)しているようだった。


というか、建物と同じくらいの大きさなんてデカすぎるだろ!?


なんであんなのがこんな小さな町を(おそ)ってくるんだよッ!?


バランスとか設定(せってい)とかが色々(いろいろ)おかしいだろうがッ!?


俺がそのモンスターの近くに到着(とうちゃく)すると、レヴィとリムの姿が見えてきた。


だが、彼女たちは半壊(はんかい)した建物に(かく)れていて戦闘中(せんとうちゅう)というよりは、モンスターの様子を(うかが)っているようだった。


「おい、何やってんだよ。さっさとあいつを(たお)さないのか?」


あとから来ておいて偉そうに言う俺のことを、リムは冷たい顔で見つめていたが、レヴィは両目をパッと見開いて(よろこ)んでいた。


「ほらな。リョウタは(かなら)ず来ると言っただろう」


レヴィがリムにそう言うと、彼女はそんなことよりもと言い、あの巨大な一つ目モンスターのことは話し始めた。


モンスターの名は“カトブレパス”。


(おそ)ろしい外見(がいけん)似合(にあ)わず性格(せかい)は大人しいらしいなのだが、何故か(ひど)興奮(こうふん)しているという。


「カトブレパスって……もしかしたら(にら)んだ相手を石にするやつか?」


俺が訊くと、リムは(だま)ったまま(うなづ)いた。


「なるほど。だから、こうやって隠れているわけか。……って、ようするにあいつに睨まれたら即死(そくし)ってことかよ!?」


俺はその場でジタバタしながら、やはり来なければよかったと思った。


そんな俺の姿にリムが冷たい視線(しせん)を向けていて、レヴィはニコニコと笑っていた。


「ウオォォォッ!」


カトブレパスの当然の咆哮(ほうこう)


それと同時に、カトブレパスの周りに(かみなり)が落ち始める。


その威力(いりょく)(すさ)まじく、周囲(しゅうい)にあった建物を、まるでスポンジケーキみたいに(くず)していった。


おいおい、石化だけ気をつけていれば安心じゃないのかよ。


あんなの()らったらただじゃ()まないぞ。


近づいたらあの巨大な体に吹き飛ばされるか、石にされる。


でも、このまま隠れていてもあの雷に打たれて死亡(しぼう)


一体どうすりゃいいんだよ!


「このままでは(らち)()かない。イチかバチか飛ぶか」


「飛ぶ? もしかしてそれは、先ほどリムに使おうとしていた竜騎士の技というやつなのですか?」


ブルブルと(ふる)えている俺の近くで、レヴィとリムがカトブレパスを倒す方法を話を始めていた。


それは竜騎士のジャンプでということなのだが、いくらあれだけ(まと)がデカくても、レヴィのジャンプは確実に当たらないだろう。


()けられたところを()(つぶ)される。


それかジャンプする前に雷に打ち落とされるかで、どうみても無駄死(むだじ)にするだけだ。


いや、待てよ……。


ようはジャンプが当たればあいつを倒せるんだよな……。


「なあ、もし石にされたら、元に戻れずに死ぬのか?」


「いや、状態回復(じょうたいかいふく)の魔法を使えば石化は()けるが……」


「今この場に魔法を使える奴がいないってことか……」


俺が(たず)ねるとレヴィが答えてくれた。


やはり石化したら現状(げんじょう)では戦闘不能(せんとうふのう)即死(そくし)みたいなものだ。


それだけはしょうがないか……。


それから俺はレヴィとリムに思いついたことを話した。


一人が(おとり)になり、その(あいだ)にリムがカトブレパスの足を攻撃してバランスを崩す。


そして、動けなくなったところをレヴィのジャンプで仕留(しと)める。


「おい、リョウタ!? その話だとカトブレパスを引きつける役はお前がやるつもりなのか!? バカな!? 死ぬつもりかッ!?」


レヴィはこの作戦が考えに反対だった。


それは俺の身を心配してくれているからだとわかるが、この方法が一番カトブレパスを倒せる確率が高い。


レヴィのジャンプが当たったところを見たのは、俺にたまたま落ちてきたときだけで、喰らった身としてはその威力は十分に知っている。


人間相手だと本気で飛ばない彼女だが、それを手加減抜(てかげんぬ)きで喰らわせれば、絶対にあいつを倒せるはずだ。


リムの説得(せっとく)もあり、レヴィは渋々(しぶしぶ)だが受け入れてくれた。


というか、俺だってこんな作戦やりたくねえよ!


でも、他に方法がないだろう!?


どうせ戦うんなら闇雲(やみくも)にやるんじゃなくて、少しでも勝率(しょうりつ)の高いほうを(えら)ぶ。


それがこの俺、セキ·リョウタだ。


「じゃあ二人とも、作戦通り(たの)むぞ」


俺が走り出したと同時に、リムもカトブレパスの後ろへと向かった。


(さいわ)いなことにやつの動きはノロノロしていたので、踏み潰されることはなかったが――。


「ウオォォォッ!」


俺の姿を見た途端(とたん)(はげ)しく()え始め、さっき以上に雷を落としてくる。


というか、このままじゃ石化しなくても雷に打たれて死ぬじゃねえか!


俺はそう思ったが、今さら怖気(おじけ)づいていられない。


こいつを倒さなきゃどっちにしろ死ぬんだ。


やってやる、やってやるぞ!


雷を避けながらなんとかカトブレパスの気を引いていると、突然その体が地面に倒れ込んだ。


「今なのですよ、レヴィッ!」


リムが奴のバランスを崩すのに成功したんだ。


俺はそれでホッと安心して、リムの声のするほうを見たら、カトブレパスと目が合ってしまった。


その瞬間(しゅんかん)――。


体が動かなくなったと思ったら声も出せず、気がつくと全身が石になっていた。


石化は別に(いた)みもなく、ただ意識(いしき)があるまま動けないだけだった。


マジかよ……。


やっぱ俺は何をやっても失敗(しっぱい)してしまうんだな。


ヘマをしてしまった自分が(なさ)けなかったが、ともかくこれでやつにレヴィのジャンプを当てられる。


動けないまま前を見ていると、空へと飛びあがったレヴィの姿が確認できた。


あいつ……こんなときに笑ってやがる。


人が石になったってのによ。


……でも、レヴィはやっぱり飛んでいるときが一番いい顔をするよな。


行けレヴィ!


お前の力をそいつに見せてやれ!


内心で叫ぶ俺。


そして、レヴィが槍を構えながら降下(こうか)


見事(みごと)にその頭を突き刺した。


倒れていたカトブレパスは完全に沈黙(ちんもく)


やった!


この巨大なモンスターをやっつけることに成功したんだ。


「やったぞリョウタ! 私は……生まれて初めてジャンプでモンスターを仕留めたぞ!」


カトブレパスの頭から降り、石化した俺に抱きついてきたレヴィ。


突き刺した槍を抜くことも(わす)れ、まるで子供のようにはしゃいでいた。


やれやれ、そんな喜んでないで早くこの状態をなんとかしてくれ。


と、思っていた瞬間――。


「ウオォォォッ!」


カトブレパスが(ふたた)び立ち上がって、俺たちに向かってきた。


(うそ)だろ……?


レヴィのジャンプでも倒せないのかよ……。


俺は動けないからこのまま殺されるのを待つしかないのか。


(いや)だ、嫌だぞ!


こんなわけのわかんねえ世界で死にたくねえ!


死ぬ覚悟(かくご)ができずにいた俺の前で、レヴィは一歩も動かずにカトブレパスと向き合っていた。


何してんだよ……。


早く逃げろよ!


お前まで死ぬ気かッ!?


声の出せない俺は心の中で叫んだが、レヴィは動かずに声をかけてきた。


「何を言いたいのかはわかるぞリョウタ。だが、私はこの身をお前に捧げた騎士だ。ここで逃げるわけがないだろう」


……何言ってんだよ。


早く逃げろよレヴィッ!?


「安心しろ。私が必ずこいつを倒し、お前を守ってみせる!」


俺が何を考えているかは伝わっていたが、レヴィはそれでも逃げずに向かってくるカトブレパスと対峙していた。


バカ野郎……。


槍もないお前がこいつに勝てるはずもないだろう……。


ここでお前まで死んだら……俺は……。


立ちはだかるレヴィ目掛けて、カトブレパスは雷を喰らわせた。


それは今までの()でないほど凄まじいものだった。


だが、彼女は倒れることなく、立ちはだかる。


「私は倒れんぞ! さあ、かかって来い!」


声を張り上げるレヴィだが、その姿を見るにもう立っているのも(つら)そうだった。


レヴィが殺される……。


ちくしょう……。


結局(けっきょく)俺は何もできねえのかよ……。


「必ずこいつを倒し、お前を守ってみせる……なのですね、レヴィッ!」


リムの声が聞こえたらと思ったら、カトブレパスの頭が(かがや)閃光(せんこう)と共に吹き飛ばされた。


なんだ? もしかしてリムの技なのか?


何か波動拳(はどうけん)的な武道の必殺技なのか?


「オーラフィストなのですよ」


そう言いながら、俺とレヴィの目の前に現れたリムはニッコリと微笑んだ。


その後――。


リムの魔法で石化を治してもらい、足早に町を出た俺たちだったが、どういうことだろう。


町の連中が俺たちを追いかけてくるじゃないか。


まさか俺たちを捕まえるつもりか?


町を(すく)った英雄(えいゆう)なのに。


「どうするリョウタッ!? ここで一戦(まじ)えるか?」


レヴィがふざけたことを言っている。


カトブレパスと戦ったばかりでまだフラフラだというのに、あの人数を相手に勝てるつもりかよ。


「いいから逃げるんだよッ!」


「わかった。私はたとえ地の()てだろうとお前についていくぞ」


それから俺たちはまた森へと入ってなんとか町の連中を()くことができた。


ああ……これでまた入れなくなった町が()えた。


一体これからどうすりゃいいんだよ……。


そんな(うつむ)く俺の横でフラフラなのにご機嫌(きげん)のレヴィが、急に立ち止まる。


「先回りしていたのか? またやりあうつもりなら受けて立つぞ」


レヴィが槍を構える。


俺が追手かと思って顔を上げると――。


「いえいえ、とんでもない。リムはあなたたちのことを誤解(ごかい)していました。先ほどの戦い、(まこと)感服(かんぷく)なのです」


そこにはリムが立っていた。


リムは俺たちを捕まえるつもりはないと、右の(こぶし)を左手で(つか)みながら(むね)を張った。


じゃあ、何のために?


俺とレヴィがそう思っていると、彼女はある提案(ていあん)をしてきた。


「実はこのリム。魔法を一から勉強するためにライト王国という国へ向かっているのですよ」


彼女の話では、そのライト王国という国の王様は、余所者(よそもの)であろう犯罪者(はんざいしゃ)だろうと、分け隔てなく国への居住(いじゅう)(みと)めてくれる人間なのだという。


国民は善人(ぜんにん)しか住んでいない土地柄(とちがら)もあって、どこにも居場所(いばしょ)がない者が最後に辿(たど)り着く国なんだそうだ。


そんな国があるのならお尋ね者の俺たちでも、きっと安全に暮らせるのではないか? それがリムの提案だった。


「しかし、ここ何年で聞こえてくる話ですと“暴力(ぼうりょく)メイド”と呼ばれる小間使(こまづか)いさんが悪人をバッタバッタと始末(しまつ)しているそうですけどね」


「それはおっかない……。でも、その国だったら俺たちを受け入れてくれそうだな」


「なのです」


「じゃあ、その暴力メイドってのに気をつければ問題はなさそうだし。よしレヴィ。次の目的地が決まったぞ」


俺は当然即決(そっけつ)


そんな素晴(すば)らしい国があるのなら、ぜひ行きたい。


「そうだな。たとえその暴力メイドが私たちを襲って来ようものなら、この私が……いや、見事竜騎士の技でカトブレパスを追い詰めた“この私”が返り討ちにしてやる」


「……お前。初めてジャンプが成功したのがよほど嬉しかったんだな……」


そして、俺たちはリムと同行させてもらうことに。


いや、本当によかった。


ライト王国にさえつけば、追手から怯える生活も終止符(しゅうしふ)が打てそうだ。


そこで仕事でも見つけて、レヴィと(つつ)ましいながらも大人しく暮らせて……いけるのだろうか……。


この女はトラブルメーカーだからな……。


「コラッリョウタ! あんまりジロジロ見るな! そんなに見つめられたら……その……()れるだろう……」


俺の視線を感じて、何か勘違いしたレヴィが顔を赤くしていた。


いや……まあいいか……。


「実はあの追いかけてきた町の人たちが、二人にお礼を言おうとしていたことは内緒(ないしょ)なのです」


「うん? なんか言ったかリム?」


「なんでもないのですよ。では、気持ちを(あらた)めて出発(しゅっぱつ)しましょう」


何か小声で言っていたリムの言葉の内容は気になったが、俺たちはライト王国へ目指して()を進めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ