第七十八話 笑顔で涙
私は、自分が気を失っている間のことをリムから聞いた。
その話によると、里のみんなはエンさんも含めて、誰もリムのことを責めたりする人はいなかったみたいで一安心。
やっぱりこういうのは日頃の行いだよね。
いつものリムを知っている人なら、彼女が望んであんなことをするなんて思うはずがないもの。
それから、お粥を食べ終わった私はベッドから立ち上がった。
やはり全身が痛い。
こんな状態で旅なんて続けてはいけないかもだけれど。
いつまでも休んではいられない。
早くリンリのいるところへ行かなきゃ。
そうやって自分を奮い立たせた私は、椅子に座ったまま眠っているソニックとググに近づいた。
「ほらほら、さっさと起きて旅へ行くよ」
私に激しく揺さぶられたソニックは、不機嫌そうに目を覚ました。
だけど、ググは彼の膝の上で寝たままでいる。
まあ、ググは小さく軽いから寝たままでも運べるし、このままでも問題はないけどね。
ソニックはあくびをかきながら、寝惚けた感じで荷物をまとめ始め、私も出発の準備をしていると――。
「目が覚めたばかりなのにもう行ってしまうのですか? せめてケガが治るまでは休んでいかれたほうが……」
バタバタと動き始めた私たちを見たリムが、優しい言葉をかけてくれたけれど。
私は、急いで行かなければいけないところがあると、笑みを返した。
そのときのしょんぼりしたリムの顔を見ていたら、とてもいたたまれなくなったけれど。
でも、そんな彼女を見ていたら、なんだか胸がドキドキしてしまった。
沈んだリムの表情はそれはそれで愛おしくて、私はつい自分の性別を疑ってしまう。
……私のジェンダーはノーマルのはず……。
そうだよ。
リムが可愛すぎるからだよ。
そこに性別は関係ない。
だってリムは男から見ても女から見ても素敵な子だもん。
うん、私はおかしくない。
「おい、ビクニ。なに顔を赤くしてブツブツ言ってんだよ?」
「う、うるさいッ! ソ、ソソ、ソニックのバカッ!」
急にソニック声を掛けられた私は、動揺を悟らせまいとして怒鳴って誤魔化したけれど。
言葉がつんのめってしまって、全く誤魔化せていなかった。
そんな私の声に反応してググが目を覚まし、嬉しそうに大きく鳴いた。
その明るい鳴き声で、しょんぼりしていたリムも、動揺していた私も、不機嫌そうだったソニックも――。
みんな笑みを浮かべた。
まぁ、ソニックは鼻で笑っている感じだったけれど。
準備を終え、部屋から出た私たちは、里の外に出るために門まで向かう。
その途中で、壊れた建物などの修復を里の武道家たちがやっているのを見かけた。
みんな、とても忙しそうだったので、声をかけるのはやめておいた。
だって、そう何度もお礼言ったり言われたりするのも大変でしょう。
それに、今は里の復興が先。
私たちなんかと話している時間よりも、そっちのほうが大事だよ。
そして、半壊していた門から里の外へ出ていく。
今回の見送りはリムだけでいいと私が思っていると――。
「ワタシの名はリム·チャイグリッシュ。この武道家の里、ストロンゲスト·ロードをいずれ継ぐ者として、そして友として、暗黒騎士ビクニとその従者たちに最高の感謝をッ!」
突然彼女が、右の拳を左手で掴んだまま胸を張り、大声を出した。
その声がとんでもなく大きくて、私は心臓が止まるかと思った。
ソニックとググは、ビックリというよりは、大きな声のせいでダメージを受けたって感じだった。
「暗黒騎士殿と従者殿たち! 我々からも最高の感謝をッ!」
次に、リムの声に続いて里のみんなの声が門の中から聞こえてきた。
みんな……忙しいのに……。
私たちなんかに気を使わないでよ……。
そう思いながらも、私は嬉しくてしょうがなかった。
そして、リムのほうを見ると、彼女は笑顔で泣いていた。
……やめてよリム。
そんな顔をされたら私も泣いちゃうよぉ。
堪えることなんてできない。
別れるときに泣くだなんて嫌だったけれど。
もう両目から溢れる涙を止めることは、私にはできなかった。
「ビクニ、本当にありがとうございました。リムはもう逃げません。ちゃんと父様と向き合って、リムがやりたいことをしっかりと伝えようと思います」
「うん。リムならなれるよ。武道家でいながら大魔道士に。リム、また会おう! 私……絶対にまたこの里に来るからッ!」
「はい……なのですよ!」
嬉しくて寂しくて、もうどっちかわからない涙を流しながら――。
こうやって私たちは、武道家の里をあとにした。




