第七十五話 大地の鎧
ソニックが名字を名乗ると、ノーミードはその顔をしかめて仰け反った。
だけど、すぐに小馬鹿にするように「フッ」鼻を鳴らして、笑い始める。
「ラブブラッドだって? 笑わすなよ吸血鬼。それは愚者の大地にいた魔王の名だろ? そいつはちょっと前に騎士と賢者に退治されたって聞いたぞ」
ノーミードは、ソニックの言ったことが何かの悪ふざけだと思ったようで、笑い続けていた。
私にもその気持ちは少しわかる。
だってソニックは、ラヴィ姉に簡単に捕まっちゃうし、森の熊相手でさえ逃げるくらいなんだから、そんないきなり魔王と言われてもピンと来ない。
でも……確かに森であれだけ強かった木の精霊をやっつけたのはソニックだけれど……。
もしかして、よく彼が言っている“本来の姿”ってのが、魔王なのかな?
まさかね……。
大体ソニックが魔王なら、私を助けてくれるなんておかしいもんね。
「信じねえなら別にいい。それよりも精霊。今回は見逃してやるよ。だからサッサと消えな」
ソニックが素っ気なくそう言うと――。
さっきまで笑っていたノーミードの顔が歪んだ。
その表情は笑みはそのままだったけれど、明らかに怒っていることがわかるものだった。
「はッ? 今、見逃してやるって言ったのか?」
ノーミードはそう言いながら、被っていたとんがり帽子を脱いで、そこらへ放り投げる。
すると、地面が揺れ始めて、土や石、岩などノーミードの体を覆っていった。
そのノーミードの体は、私の知っている中で一番近いもので言えば、ゴーレムだ。
よく神話とかファンタジー系のゲームとかに出てくるやつ。
ゴツゴツした肉体に、人の形をした巨大な土。
いや、石、岩?
ともかくノーミードは、ゴーレムの顔部分に自分の姿を現し、私たちを見下ろしている。
「お前みたいな雑魚が、アタシに偉そうにしてんじゃねえッ!」
そして、その大きな拳でソニックを叩き潰そうとした。
ソニックはすぐにコウモリの翼を広げて、空へと避難。
なんとか、その攻撃を避けることができた。
だけど、ゴーレムと化したノーミードは止まらない。
ソニックの体を捕まえようと、その手を伸ばす。
「っく!? ファストドライブでさっさとずらかりたいが……今は昼間だからな」
ソニックの得意魔法――。
ファストドライブは素早さを上昇させる魔法だ。
だけど、夜にしか使えない(しかも一日に一回だけしか使えない)。
それでも、ソニックはなんとかノーミードの手を避け続けていた。
さすがのゴーレムも空中までには手が届かない。
それからノーミードはジャンプしたり、動かせなくなった柱を持って攻撃したけれど。
ソニックはそれらをすべて躱す。
「コウモリがちょこまかちょこまかと。……なら、あっちから先に始末してやる」
ソニックを捕らえることができないと思ったノーミードは、体の向きを変えて、私のほうへと向かってきた。
ググが必死で鳴いて危険を知らせてくれているけれど、私の体はもう動かすことができなかった。
ドスンドスンと足音を響かせて近づいて来るノーミード。
ググがその小さい体で、私のことを引っ張ってくれているけれど、もちろん動かない。
「ググだけでも逃げて……」
私がそう言ってもググは諦めずに引っ張り続けていた。
そして、私たちの目の前にノーミードが止まった。
その大きな手を振り落とした瞬間――。
ソニックがギリギリのところで、私たちを抱えて空中へと逃げてくれた。
「お、重いな……」
「もうっ! 女の子に重いって言うなッ!」
ソニックが失礼なことを言ってきたので、その頭を叩いてやりたかったけれど。
今の私にはそれすらもできない。
怒る私とは違い、ググは嬉しそうに鳴いていた。
とりあえずなんとか助かったけれど。
この後、どうやってノーミードを止めればいいのか……。
私がソニックに抱えられながら考えていると、ノーミードが私たちを無視して動き始めた。
その先にいるのは――。
立ったまま気を失っているリムの姿だった。
