第七十一話 英雄にあこがれて
怒りの感情で顔中が染まっているリム。
冷たい顔――。
怒っている顔――。
それはどれもリムじゃない。
リムはどんなときだってニッコリと笑っている子なんだ。
だから、私がその笑顔を取り戻すッ!
私は彼女の凄まじい表情を見て、怖くて仕方がなかったけれど。
震える体を奮い立たせて真っ直ぐに見つめ返す。
そして、攻撃魔法に備えて剣を構えると――。
「うぎゃぁぁぁッ!」
そのとき、リムの体から一斉に血が噴き出した。
彼女は両膝を地面へつけて、その場で頭を抱えて苦痛の叫び声をあげている。
私には一体何が起こったのか見当もつかなかった。
「ああ~もう限界が来ちゃったか~」
そのとき、側で見ていたノーミードが残念そうな声を出した。
それから私が怒鳴って説明を求めると、大地の精霊は嬉しそうな顔へと変化する。
「知りたい? そうだよね~。お姉さんはリムの友達だもんね~」
ノーミードの可愛らしい顔が、一気に薄気味悪い笑みへと変わっていく。
ホントに嫌なギャップだ。
いい加減に見慣れたけれど、気味が悪いのは変わらない。
「ししし。お姉さん知りたい? ねえ知りたい? ねえねえ……ねえぇぇぇッ!?」
叫びながら――またノーミードはステップを踏んで踊り出した。
そして、リムの体に起こったことを私に説明し始めた。
それはリムの体に溢れている魔力――。
ノーミードが与えている魔力に耐えられず、オーバーヒートしてしまっている状態なのだと言う。
本来の少ない魔力ならば、体に負担はないのだけれど。
無理に膨大な魔力を注ぎ込まれたリムの体は、無理に空気を入れられた風船のようにパンク寸前。
このままでは、その体は溢れる魔力に耐えられずに崩壊が始まる。
「ほらほら。見てみなよお姉さん。リムの体はもう壊れ始めているんだよ。あとどれだけ持つかな~」
ノーミードは、それを聞いて驚く私の顔を見てさらに笑った。
「まあ、でも自業自得っしょ。大体さ~身の丈に合わないことを望んじゃうからこうなるんだよね~。ししし」
嘘でしょ……。
このままだとリムが死んじゃうなんて……そんなの嫌だ。
私は蹲っている彼女に近寄ろうとした。
だけど、突然風の刃が飛んできて私の行く手を阻む。
「リムッ!」
私がリムの名を叫ぶと、彼女は立ち上がった。
その全身からは、まるで壊れた水道管みたいに血が噴き出している。
「まだだッ! まだワタシ……リムは負けてないッ!」
痛みによる凄まじい形相。
私にはリムがそこまでしてこの里を壊したい理由を頭ではわかっている。
……だけど、そんなの本当のあなたじゃないよ。
本当のリムは、いつも笑顔でみんなを救う英雄なんだよ。
「ダメだよリムッ! そのまま魔法を使い続けたら死んじゃうッ!」
「その前にこの里を破壊する。まずは父様からだッ!」
途轍もない雷鳴が響き、倒れているエンさんに放たれた。
私は必死に走って、転がりながらもそれを剣で打ち消す。
「邪魔をするなッ! 父様が……その男がリムをずっと苦しめていたんだッ!」
「リム聞いてッ! たしかにあなたはずっと辛かったと思う。苦しかったと思う。だけど、リムの夢は悪者から人々を守る英雄になることでしょッ!? こんなの間違ってるよッ!」
血塗れのリムは私の言葉を聞いて狼狽えたけれど。
すぐに両手を翳してこちらへと向けてくる。
私の体ももう限界だ。
次に攻撃を喰らったらどうなるかわからない。
だけど、それでも私に逃げるという選択はない。
「あなたは魔法も使えるすごい武道家じゃないッ! それなのに、悪い気持ちなんて負けないでよッ!」
「リ、リムは……武道家なんてなりたくなかった……里も継ぎたくなかった……だから母様に……だから父様を……この里を……」
「全部リムだよ。望まなかった才能も……今まで頑張ってきたのも……武道も魔法も全部リムの力じゃないッ! リムは私に言ったよッ! 英雄になりたいってッ!」
そのとき――。
私の叫びと共に、握っていた魔剣がリムの魔力を吸い上げていった。
そして、立ち昇る黒い波動を払うかのように、リムの体が光り輝く。
「私は英雄に……ッ!」
私に向かって突き出された掌からその光――武道家の技であるオーラフィストが放たれた。
周囲に散らばった邪を払いながら、私に目掛けて飛んでくる。
もう避ける体力もなく剣で防ぐ気力もなかった私は、その波動に貫かれてしまった。
「ビクニ! ビクニ! しっかりしてください!」
気がつくと、目の前にリムの顔が見えた。
彼女は、倒れている私にしがみついて泣いていた。
「ビクニはバカです……。リムなんかのために……自分の命まで懸けて……本当にバカなのですよぉ……」
……よかった。
元のリムに戻ったんだね。
本当に、本当によかったよぉ……。
「たかが人間のくせにアタシの呪縛を解いたのかよッ!? オモチャの分際でふざけやがってッ!」
だけど、怒り狂った様子のノーミードが、そんな私たちを睨みつけていた。




