第七十話 終わることのない攻防
リムは再び剣を構えた私に向かって両手を翳す。
その突き出された両腕から火が立ち上ぼり始めた。
「ヘルフレイム……ダブル」
囁くような声で唱えられた火の魔法が、その翳された両手の掌から私に向かって放たれた。
同じ属性の魔法を同時に放てば、その威力は倍――。
いや、使い方によってはもっと効果が望めるかもしれない。
激しい炎が二つ方向から私に降り注ぐ。
だけど、私にはこの暗黒騎士の魔剣がある。
両手で握った剣を立てて、向かってくる炎を防ぐ。
あれだけ身に付けるのが嫌だった真っ黒な腕輪だったけれど。
でも、この腕輪のおかげ――この魔剣へと変わる魔道具のおかげで、リムの強力な攻撃魔法を防ぐことができる。
それでもこのナイフよりはいくらか大きいくらいの剣では、すべての炎を受け切れなかった。
立てた剣で防ぎ切れなかった炎が、私の手足や肩を焦がす。
まるで前にリンリが買ってきてくれた花火で、火傷したときのような痛み。
思わす目から涙が出そうになったけれど、グッと堪えて前にいるリムを見据える。
「いくらやったって無駄だよ～。今のリムの魔力は文字通り底なしなんだから～。しししッ!」
側でまだ踊っているノーミードが、私のことを嘲笑っている。
その気味の悪い顔を見て苛立ったけれど、今はこいつの相手なんてしてられない。
私がノーミードに気を取られていると、リムはすでに次の攻撃に移っていた。
両腕が氷に覆われている彼女。
見てわかる、氷の魔法を同時に唱えるつもりだ。
「ブリザードブレス……ダブル」
無数の氷塊が私を目掛け、一斉に降り注いでくる。
私はなんとか剣を構えた。
だけど、それは風の魔法や火の魔法のときと同じで、完全に防ぎきれるものではなかった。
氷がまるで岩や刃物みたいに、私の体を傷つけていく。
打撲なのか、もしかしたら骨が折れたかもしれないくらい痛い。
それからもリムは休むことなく魔法を放ってきた。
氷の次は風。
そして雷、火と変わる変わる同時魔法の攻撃を続けてくる。
ボロボロの体に擦り傷と切り傷をさらにつけられ、私はもう立っているのも苦しくなっていた。
痛い、痛いよぉ……。
今すぐ倒れたい……。
今すぐ泣き喚きたい……。
だけど、ここで倒れたら……リムを失っちゃうッ!
「どうしてそこまでして向かってくるのですか?」
突然攻撃の手を止めて声を掛けてくるリム。
私は痛みで涙目になりながらも彼女の目を見つめた。
「ダメ……なんだよ……。だって……ここで諦めたら……」
「ダメ? 諦めたら? リムがしていることとあなたに一体何の関係があるのですか? これ以上邪魔をするなら、本当殺しますよ」
私の知っているリムとは別人みたいな冷たい声。
本気だ。
リムは私を本気で殺すつもりだ。
でも……それでも私は……。
「私を英雄って言ってくれたのはあなたじゃないッ! なら……英雄なら……自分よりも相手が強くったって、諦めちゃいけないでしょッ!? あなただって、そんな英雄になりたいって言ってたじゃないッ!」
私がそう叫ぶと、リムはさっきとは打って変わって明らかに動揺していた。
その氷のようだった冷たい顔か歪む。
「うるさいッ!」
そこから彼女は声を荒げ始めた。
私のような昨日今日出会った人間がリムのことを語るなと――。
私なんかにリムの苦しみがわかってたまるかと――。
彼女は叫ぶように言葉を続けた。
そんなリムの姿を見たノーミードは、ゴム毬のように跳ねながら「ししし」楽しそうに笑っている。
私はしばらくの間、リムの話を黙って聞いていた。
彼女の口から聞けた話は、さっきノーミードが言っていたものとほとんど同じだったけれど。
それでも私は口を挟まずに聞いた。
そして、リムは息を切らすほど言葉を喋り尽くすと、再び両手を私へと翳す。
「リムはこの里を壊す。リムの前から完全に消滅させる! それを邪魔する者は誰であろうと殺すッ!」
