第六十九話 受け止める
近づいてくる私に気がついたリムは、右手を突き出した。
掌から腕にかけて火が現れ、まるで生き物みたいにうごめき始める。
「……ヘルフレイム」
リムがそう呟くと、そのうごめいていた火が私に襲いかかってきた。
握っていた剣を立てて、向かって来る火を防ぐ。
剣によって火の魔法は相殺され、周囲に火のカスが飛び散っていった。
さすが暗黒騎士だけに扱える魔剣。
見事にリムの放った火の魔法を打ち消すことができた。
これなら……リムを受け止められるッ!
「スゴいスゴい~。暗黒騎士は伊達じゃないってか」
地中へと消えていた大地の精霊ノーミードが、再び私の前に現れた。
現れたノーミードは、ヘラヘラと笑いながらゆっくりと左右に揺れている。
被っているとんがり帽子も、その動きに合わせてフニャフニャと軟体動物みたいに揺れていた。
「で~どうするつもりなの? まさか彼女を正気に戻すとかいうわけ? ししし」
そして、私のことを小馬鹿にするように、また小刻みにステップを踏み、踊り始める。
私はノーミードの話――。
リムの過去に何があったのか聞いて思った。
やっぱりリムは昔からとても優しい子だった。
そして、それは今も変わっていない。
だけど……。
ずっと我慢して……。
お母さんが死んじゃって……。
諦めようとしても諦めきれなくて……。
そこをつけこまれて、今まで溜まっていた悪いものが溢れている状態なんだ。
だったら、私がそれを受けとめる。
「さあ、どうしたのリム!? こんなんじゃ私を倒せないよッ!」
私がリムにそう叫ぶと、ノーミードはさらに楽しそうに踊った。
何をバカなことを――。
きっと、そんなことを思っているのだろう。
だけど、あなたは彼女を知らない……。
リム·チャイグリッシュを知らない……。
リムが本当に望んでいることを知らないッ!
リムは私にだけ夢のことを話してくれたんだッ!
「全力できなさいよ! あなたが出し切らない限り、私は絶対に倒れないッ!」
「本気……なのですか?」
小さく返事をしたリムは、再び手を私に向けて突き出した。
今度は両手。
次はきっと属性の違う攻撃魔法が同時に放たれる。
私は剣を立て、それに備えた。
リムの右腕に風が巻きつき始め、左腕には稲妻が迸る。
「……ウインドラッシュ……ライトニングボルト」
リムの囁くような声とは裏腹に、刃物のような風と蛇のように動く電撃が、凄まじい勢いで襲い掛かってきた。
その攻撃を受けるには、私の剣は小さ過ぎた。
防ぎ切れなかった風の刃は、顔や腕、足を切り裂き、電撃はなんとか受けとめたものの、後方へと吹き飛ばされてしまう。
「やっぱダメだったね~。ししし。しっしししししぃぃぃッ!」
倒れている私の耳にはノーミードの笑い声が聞こえていた。
風に切り裂かれたせいで、全身が涙が出るほど痛い。
電撃で飛ばされて地面に背中を打って、うまく呼吸ができない。
「あれだけカッコいいこと言ってたのに弱ッ! お姉さんってホントに騎士なの?弱いッ! 弱すぎるぅぅぅッ!」
ノーミードの言う通りだ。
なんでよ……。
なんで……私、暗黒騎士なのにこんなに弱いのよ……。
絶対に倒れないって言ったのに、すぐに倒されちゃったじゃない……。
これじゃあ、またソリテールのときと同じになっちゃう……。
また仲良くなった友達を失っちゃう……。
それだけは……絶対に嫌だッ!
そのとき――。
私が身に付けていた指輪――。
ソリテールの命の結晶が光り輝いた。
そのおかげなのか、ほんの少しだけれど体から痛みが消え、呼吸もまたできるようになる。
……ソリテールも応援してくれてるんだね。
ありがとう、私……頑張るよッ!
私は剣を地面に突き刺し、杖の代りにして体を起こす。
「まだまだッ! 私はこんなもんじゃ終わらないよッ!」
「そんなにボロボロなのに……まだやるおつもりなのですか?」
フラフラと立ち上がった私を眺めていたリムの顔は、ほんの少しだけ歪んだように見えた。




