第五十八話 魔法を使えない理由
両手を前方へと突き出し、その掌から波動を放ち続けるリムとエンさん。
二人はスライムを牽制しながら、駆け付けた武道家たちへ下がるようにと大声をあげていた。
「あれで仕留められればいいが……」
ソニックが私を抱えながら不安そうに呟いた。
たしかに拳や蹴りの攻撃よりは、スライムにダメージはありそうだけれど。
それでも巨大なスライムには、致命傷を与えるには至っていないように見える。
このままじゃリムもエンさんも、あのスライムに追い詰められて食べられちゃうよ。
「リム! なんで魔法を使わないのッ!?」
私はソニックに持ち上げられた上空で叫んだ。
だけど、彼女には聞こえていないのか、同じように波動を放ち続けている。
それと彼女とエンさんはスライムに押され、ジリジリと後退してしまっていた。
「なんで、なんでよリム……」
「たぶん、父親や里の連中がいるからだろ」
私がブツブツ言っていると、ソニックが呆れた感じで答えた。
ソニックが考えるに、リムは武道家の里――ストロンゲスト·ロードの長の娘。
これから父親の跡を継いで、里の武道家たちを束ねていく立場である彼女が、魔法で魔物を退治するようなことがあれば、問題になるからではないかと言った。
自らの体を鍛え抜き、そしてそれを武器として戦う武道家。
体内の魔力を使い、超常現象を起こして戦う魔法使い。
たしかに二つとも戦い方は違うけれど。
武道家が魔法を使うことがそんなに問題なんだろうか。
私は別にいいじゃんと思うのだけれど。
「お前にはわかんないだろうな」
「なによ。ソニックにはわかるの?」
「ああ、よくわかるぜ。そういうしがらみはな……」
ちょっとふてくされて言う私に、ソニックは少し悲しそうな顔をした。
それは、私の言い方や態度のせいじゃないと、すぐにわかったけれど。
その表情には、いつもの彼とは違う悲愴感があって――。
私はなんだかいたたまれなくなってしまった。
ひょっとしたらソニックにも、リムの立場を理解できる事情があるのかもしれない。
でも、今はあのスライムをなんとかしなきゃ――。
「それなら……パンがなければお菓子を食べればいいじゃない作戦だよ!」
「はっ?」
私の言葉にソニックは冷たい顔をしていた。
おまけにググまで首を傾げてしまっている。
「もうっ例えだよ例え! あなたたちマリー·アントワネットを……って知らないか……」
「いいからちゃんとわかるように話せバカッ!」
「うわ～ん、ソニックが私のことをバカって言った! 罵倒した! 罵ったぁぁぁッ!」
私が喚くと、首を傾げていたググが嬉しそうに鳴き始めた。
そして、ソニックは眉間に皺を寄せ、「こいつは……」という面倒くさそうな顔をしている。
「……悪かったから。さっさとパンがなければお菓子とかいう作戦のことを話せよ」
「ちょっとその態度は気に入らないけれど、よろしい。話してあげましょう」
