第六話 襲撃のバハムート
選択の祠からの帰り道――。
私はこの腕に付いた黒く禍々しい魔道具を何度も外そうとしたけど、全然取れやしなかった。
なんでも大賢者メンヘルが言うには、役目を果たすまでは、けして持ち主から離れないものみたい。
……何だよそれ。
もう、それって呪いみたいなものじゃないの……。
っていうか、私が金属アレルギーだったらどうするの!
肌荒れしちゃうよ!
一方、リンリの授かったキレイな髪飾りは取り外し可能だった。
私がそのことをメンヘルに訊くと――。
「たぶん、髪を洗うのに邪魔になるからじゃないかな? ほら女の子は髪が命って言うし」
……おい、そんな理由かよ。
そのしまりのない顔で言われるとなんか腹が立つな。
……それにしても、あの奇跡の泉の女神がいっていた言葉――。
私とリンリの奥に眠っている力って言っていたけれど。
リンリが聖騎士なのはいい……。
それはすごく納得できる。
だって、あの娘は誰にでも優しいし、どんな人が相手でも、間違っていることは間違っているとハッキリと言える勇気のある子だから。
当然、リンリの属性か光属性なのは、彼女を知っている人なら誰でも「そうだろうな」と頷くよ。
それで……。
なんで私が暗黒騎士なの!?
引きこもり体質だから!?
陰キャだから!?
スクールカーストの底辺だから!?
それとも人魚を食べた女僧と同じ名前だから!?
本当は異世界に来てファンタジーの世界にワクワクドキドキと心躍らせていたけど……。
私……闇属性なんてイヤだよぉ。
「あんまりだ……あんまりだぁぁぁ!」
「おお! 気合い入ってるね、暗黒騎士ビクニ!」
頭を抱えて叫んだ私に、リンリは笑顔で言った。
「うるさい! その名で呼ぶなッ!」
怒鳴り返す私を見て、何故かリンリは嬉しそうにしている。
「うぅ……いいよなぁ。リンリは聖騎士だもんなぁ……」
そう言った私の肩を、リンリはドンッと手で叩いた。
それから、振り向いた半泣き顔の私に向かって、自分の手の親指を空に向かって突き立てる。
「大丈夫! ビクニは暗黒騎士だって可愛いから!」
……こういうところだ。
リンリはいつも他人を励ましたり、元気付けるから聖騎士なんだ。
しかし、こんな言葉ひとつで落ち着いてしまう私はやっぱりチョロいのかな……。
そんなことを思いながら裏山を下っていると、空から何か巨大な物体が私たちに向かって飛んでくる。
「あれはなに?」
「なんてことだ……何故こんなところに奴がやって来るのだ!?」
私が訊ねると、ライト王が狼狽えていた。
周りにいた兵士たちも、持っていた槍を構えて臨戦態勢に入る。
「あちゃー、これはまずいな」
でも、メンヘルは軽い感じで言っているので、まあ大丈夫だろうと私は思っていた。
ロリコン疑惑はまだ拭えないけど、一応大賢者だし、きっとあの飛んできている巨大な物体も簡単に倒してくれるはず。
そう思っていたけど――。
「いきなりバハムートが来ちゃったよ」
メンヘルがそう言うと、その巨大な物体は私たちの目の前に降りてきた。
大きな翼で風を起こしながら、バハムートはゆっくりと地面に両足をつける。
その風は台風みたいに勢いが強くて、気を抜くと飛ばされてしまいそうだった。
「うぬらが異世界から来た者たちか?」
バハムートが喋った。
ファンタジーの世界だから当然と言えば当然なのだけれども、いきなり現れたドラゴンに睨まれたら誰だって身動きできなくなっちゃうよ。
「そうだよ。ドラゴンがあたしたちになんの用?」
それでも、リンリはやっぱりいつも通りで、ブレない幼なじみを頼もしく思っていると――。
「うぬらが異世界の者ならばここで殺さねばならぬ」
バハムートはそう言うと、大きな翼を広げた。
そして、上唇をめくり上げて、その鋭い牙を見せる。
「いかん!? 皆の者、リンリとビクニを守れ!」
ライト王がそう言うと、兵士たちが私とリンリの前に並んで人間の壁を作った。
バハムートはその開いた口から轟音と共に炎を吐き出す。
目の前にいた兵士たちが、悲鳴をあげながら一瞬で焼き尽くされた。
人間が焼けた酷い臭いが辺りに充満する。
さっきまで一緒にいた人たちが死んだ……。
本当に……本当に死んじゃった……。
黒焦げになった兵士を見て、私はその場で腰を抜かしてしまっていた。
「なにこれ!? こんなのファンタジーじゃないよッ!?」
泣きながら叫ぶ私に向かって、バハムートは再び炎を吐こうと口を開いた。