第四十話 灰色熊、再び
木々で覆われた森の中にある広い道を歩く。
枝や葉から差し込む陽の光が暖かく、見慣れない花や実が周囲に溢れている。
そして、森の住民たち――私の知っているのとは少しだけ違う動物たちが、後をついて来ていた。
私の名は雨野·比丘尼 。
ある日にこの西洋風ファンタジー世界に召喚され、突然女神によって暗黒騎士にされてしまった女子中学生だ。
その証に私の腕には、自分では外せない魔道具的な感じのものが付けられている。
まあ、選ばれし者って奴になれたのは嬉しいのだけれど……。
何が最悪かって、この腕輪には真っ黒で禍々しい装飾が施されており、とても年頃の女の子が身に付けるようなものではない。
俗に言う中二病の男子が好んで身に付けそうなアクセサリーだ。
この魔道具が剣へと変化し、相手の悪意を切り裂くのか、吸い取るのか未だにわかってないけど。
この剣の力で、私の頭の上に乗っている生き物――。
幻獣バグことググの暴走を止めて、こうやって友達になれたんだから、これからの旅にも絶対に必要なものではある。
……ホントはすごくイヤだけど。
大体なんで私が暗黒騎士なんだよ……。
そりゃ元の世界じゃ、引きこもりの陰キャだったけどさ……。
しかもコミュ障でネガティブ発言が多いけどさ……。
だから、これじゃ本物に暗黒女じゃないの……。
私が内心で鬱々としていると、頭に乗っているググが嬉しそうにキュウキュウ鳴いている。
「はぁ~。いいよね、ググは。お気楽でさ」
ググは子猫ほどの大きさで、その体の毛色は黒に白いメッシュが入っている感じで、とても可愛らしいのだけれど。
私が落ち込むと元気になることが多いので、なんかそこだけはモヤモヤするというか、釈然としない。
私は二度目のため息をついて思う。
一緒に召喚された幼なじみの晴巻·倫理なんて、綺麗な髪飾りをもらって聖騎士になったのに……。
でもまあ、リンリなら当然か。
あの子は誰とでもすぐに仲良くなっちゃうし、いつも笑顔で困っている人を放っておけない性格だしね。
私とは正反対……。
そりゃ聖騎士に選ばれるわぁ……。
「おい、歩くスピードが落ちてるぞ!」
私がトボトボ歩いていると、前にいるソニックが怒鳴ってきた。
この私とそう変わらない見た目の少年は、吸血鬼族だ。
私が召喚されたライト王国での事件以来、一緒に旅をしている。
普段から口が悪いし、性格も悪いソニック。
怒鳴ってきたのはムカつくけど。
まあ、許してやろう。
それになんだかんだいって、何故か私には優しいところがあるんだよな。
はっ! もしかしてこいつ、私のことが好きなのでは!?
だってソニックって素直じゃなさそうだし、よく小学生くらいの男の子って好きな子に意地悪しちゃうって言うし。
いや! でも、それはそれで嬉しいけれど、私にそういうのまだ早いというか……。
それに彼は吸血鬼だし……。
でも、告白なんてされたら私……私……どうすればッ!
「それにしても……」
私が一人アタフタしていると、ソニックが怪訝な顔をしてこちらを見てきた。
しまった!? 変なことを考えていたのがバレたのかと思ったら――。
「なんでそんなに懐かれてんだ、お前……」
「へっ?」
気がつくと、私たちの後ろからついて来ていた動物の数がすごいことになっていた。
10~20匹なんて数じゃない、まるで動物の行進だ。
元の世界での私は、近所から猫屋敷と呼ばれる家に、お婆ちゃんと二人で住んでいた。
たぶんのそのせいか、お婆ちゃんの影響なのかわからないけれど、昔から動物に好かれやすい。
まあ、私が自分の部屋のベットに横になると、一斉に集まってくる感じだったし、こんなもんかなって思う。
「それにしてもスゴ過ぎるな」
「たしかね。私も少し驚いてるよ。森なのに犬や猫。それにリスや鹿、猪に熊……へっ? 熊?」
よく見るとそこには灰色熊――グリズリーがいた。
グリズリーは口からよだれを垂らしながら、まるでごちそうでも見つけたみたいに私たちを見ている。
「ぎゃぁぁぁッ! なんでグリズリーまで!?」
「に、逃げろぉぉぉッ!」
私たちが大声を出して走り出すと、グリズリーは少し間を置いてから、すぐに追いかけてくる。
必死で逃げる私の頭では、ググはが実に楽しそうに鳴いていた。
なんで楽しそうにしてんだよ!
捕まったらあんたも食べられちゃうんだよ!
「お前のせいだぞビクニ!」
「えっ!? 私のせいなの!? 違うよ、絶対に違う!」
そんな言い合いをしながら、最初に森に入ったときと同じように、また全力でグリズリーから逃げる私たちだった。




