第三十五話 対価の支払い
私が急いで村へ引き返すと――。
もう陽が沈んでいたのもあって、村は真っ暗になっていた。
昨日は夜になっても、小屋の一つ一つにランタンの火が灯っていたけれども。
今私が見ている光景には、ボロボロに朽ち果てた小屋と、割れたまま転がっているランタンがあった。
前は村人の賑やかな笑い声が聞こえていた村が、完全に廃墟とになっていた。
……そんな……間に合わなかったの?
嫌だよ……。
ソリテールが石になっちゃうなんて絶対に嫌っ!
「ソリテール! ソリテールゥゥゥ! いるんでしょ!? お願い、返事をしてっ!」
私はソリテールの名を叫びながら、村の中を進んでいった。
そして、木の精霊ドリアードの本体と思われる巨大な樹木がある村の中心へと向かった。
「まだ、まだでしょ!? ソリテールはまだ無事なんでしょ!? 待っててね。絶対に私が助けるから」
ソリテールがドリアードと交わした契約なんだか知らないけれども。
あの子を石にしちゃうなんて、そんなの私が許さない。
自分勝手と言われようが精霊との決まりだろうがなんだろうが、あんな優しくて良い子にそんなこと強いるなんて、そんなの絶対にあっちゃいけないんだ。
気がつくと私の腕に付いていた黒く禍々しい腕輪――女神様から授かった魔道具が妖しい光を放ち始めた。
前のとき、幻獣バグことググを止めようとしたときと同じ――。
真っ黒な剣は私の手に握られていた。
その剣は、変わらず酷く短く細くとても頼りないものだったけれども。
この魔剣で木の精霊を止めて、ソリテールを助けるんだ。
そして、私が村の中心にある巨大な樹木の前に着くと――。
「な、なんなのこれ……?」
巨大な樹木に埋まっている無数の宝石のような石が、一斉に輝いていた。
もう夜だというのに、その石が放つ光のせいで、辺りがまるで昼間のように明るくなっている。
「ああっ! ソリテール!?」
よく見てみると、ソリテールが巨大な樹木の中に取り込まれていた。
彼女の体は、すでに半分以上が樹木に埋まってしまっている。
気を失っているのか、何度声をかけてもソリテールは何の反応もしてくれなかった。
私は剣を構えて、不格好ながらも巨大な樹木を斬りつけていく。
「返してっ! ソリテールを返してよっ!」
だけど、私の力じゃまったく樹木を傷つけることはできず、ただ喚く私の声と意味のない破壊音が鳴り響くだけだった。
おまけに剣なんてを振り慣れていないから、打った反動で手がすごく痛い。
でも……それでもやめるわけにはいかない。
ここで私が諦めたら、ソリテールが樹木に飲み込まれて魂を払わされる。
そんなの絶対に嫌だよ!
「一体これは何の騒ぎですか?」
私が樹木に剣を斬りつけ続けていると、突如として女の人の声が聞こえた始めた。
斬りつける手を止めて、私が声のするほうを見上げると――。
「こ、これが木の精霊ドリアードなの……?」
樹木の中から美しい女の人の姿が現れた。
木と一体になっているドリアードは、私の姿を確認すると静かに言葉を発する。
「あなた……その魔剣を持っているということは暗黒騎士なのでしょう?」
異世界へ来て、バハムートが言葉を喋ったり、魔法を使う人にも驚いたけれども。
樹木から浮き出ている女の人が話を始めるのを見て、私はその場に座り込んで腰を抜かしてしまった。
「何をしようとしているかは存じませぬが、そうそうに立ち去ってほうがよろしいかと。そうでなければ、あなたもこの娘と同じような目に遭いますよ」
ドリアードは、丁寧で穏やかな、まるでどこぞの淑女のような物腰だったけれども。
私は、ドリアードがこちらを威圧してきていることを感じていた。
