第二十八話 誰も居ないはずの村
「なんでこんな森の中にあんな小さい娘がいるんだ?」
ソニックは怪訝な顔をしているけど、私たちを騙そうとか、そういう風には見えなかった。
……というか、足も体力も限界の私にはそんなことを考えている余裕はない。
「いいから……あの子のいるほうへ……行ってみようよ!」
「ちっ、しょうがないか」
「キュウ~!」
私が息を切らして苦しそうに叫ぶと、ソニックもググも同意してくれた。
大きく両手を振る少女のほうへと向かうと、追ってきていたグリズリーが突然壁にぶつかったみたいに倒れた。
そして、再び起き上がって、何もないところでまるでパントマイムをする大道芸人みたいに動いている。
「助かったの……? ていうかなんで? どうしてグリズリーはこっちに来れないの?」
「ひょっとして結界が張られているのか?」
ソニックがいかにもファンタジーらしいことを言っている。
まあ、異世界に召喚され、バハムートやら魔法やらを生で見てきているので、今さら驚いたりしないけどね。
「大丈夫ですか、お姉さん、お兄さん?」
私とソニックに向かって、心配そうに声をかけてくる少女。
私は助けてくれたことのお礼を言うと、ニコッと笑った彼女が自己紹介をしてくれた。
少女の名前は、ソリテール。
この結界が張られている村で育てられた子だと教えてくれた。
「ソ、ソ、ソリテールっていうんだ。か、可愛い名前だね」
いくら相手が子供だからって、私の人見知りが直るわけはなく、どうしても言葉を吃らせてしまう。
だけど私の旅仲間は、いつも不機嫌そうな吸血鬼族の少年と、言葉の話せない幻獣バグしかいない。
ここはやはり私が頑張らないと!
「わ、わたしの名前は雨野比丘尼っていうの。で、で、こっちの男の子がソニック。ででで、ここ、この私の頭に乗っている小さくて丸いのはグ、グググググ」
「もっと普通に喋れよ、見てるこっちが恥ずかしい」
「そんな言い方ないでしょ!? 大体ソニックが頼りにならないから私だって苦手なのにこうして……」
そんな私とソニックのやりとりを見たソリテールはクスッと笑った。
そして、どうも堪えていたようで、その後に大声で笑い始めた。
何がそんなに面白かったのかはわからないけれども、無事にコミュニケーションは取れたみたいでよかった。
「ハハハ! ビクニお姉さんとソニックお兄さんは仲がいいんだね」
「どこが!?」
そんなソリテールの言葉に、私とソニックはユニゾン――同時に否定した。
するとググが、前のめりになった私の頭の上から、ソリテールの肩に飛び乗る。
「わあ~可愛い! あたしはソリテール。よろしくね~ググ!」
「キュウキュウ!」
どうやらググもソリテールのことを気に入ったみたいで、もう彼女に懐いていた。
でも、幻獣バグって人間には懐かないってラビィ姉が言っていたはずだけど……。
まあ、彼女は私たちの命の恩人だし、そんな気にすることでもないか。
「そうだ! ねえ、ビクニお姉さん。よかったらあたしの村に泊っていってよ!」
ソリテールは初対面である私たちへ――。
しかも、上下真っ黒の暗黒女と態度の悪い吸血鬼族、そして幻獣へとても助かる提案をしてくれた。
リンリのことは心配だけど、今日はもう日も暮れ始めているし、私たちはソリテールの言葉に甘えさせてもらうことにした。
ごめんねリンリ。
でも、私の体力で長い旅を続けるにはかなりスローペースでいかないと、途中でリタイヤなんてことになりかねないんだよ。
それからソリテールの後について行き、私たちは村へと案内してもらった。
木で作られた小屋がいくつか見えたけど、数はそんなに多くない。
それを見ると、村の人口はかなり少なそう。
その中の一つ――ソリテールの住む小屋で私たちは一泊することに。
「じゃあ、ちょっとあたしはお姉さんたちのことを話してくるね」
そういうとソリテールは出て行ってしまった。
小屋には丸太をつなぎ合わせたようなベットが一つに、これまた切り株みたいなテーブルが一つあった。
うんうん、とってもファンタジーっぽいね。
これでエルフとか精霊とか出てきた完璧だよ。
そういえば、座るための椅子が一つもないのが気になるけれども、ソリテールには家族はいないのかな?
「おい、ビクニ」
私がそんなことを考えていると、ソニックが話しかけてきた。
しかも、せっかくソリテールが泊めてくれるというのに、相変わらずの不機嫌な顔。
私だって元の世界では、陰キャで引きこもりで人見知りなのに。
だから愛想よくするのすごく疲れるというのに。
別にずっと笑顔でいろとは言わないけど、あんたももうちょっと頑張ってよ!
「俺がライト王国へ向かっていたとき、たしかこの村を通った」
「はあ? 今さらなに言ってんの?」
この目つきの悪い吸血鬼は何を言ってんだか。
ライト王国へ向かっていて、この村の側を通るなんて別に当たり前のことじゃないの。
「だけどな、居なかったんだよ」
「はいはい、ソリテールが居なかったんでしょ。だからあんたは泊めてもらえなかったってわけね」
「違う……」
ソニックはそう言うと、私のことを振り向かせて目を見つめてきた。
彼とはまだ短い付き合いだけど。
その表情は、けしてふざけたり、文句を言いたいって顔はしていない。
「この村はすでに滅んでいて、もう誰も居なかったんだよ」




