第二百八話 最初で最後の本音
「ソニックもググも……死んじゃイヤだぁぁぁッ!」
その場にいるすべての者が動き出していたとき――。
ビクニはググの体を抱いたまま、倒れているソニックにすがりついていた。
ソニックは傷だらけのままだ。
吸血鬼族であるはずの彼の身体には、自己再生能力があるはずだった。
だが魔力が尽きた影響か、それとも女神がその力を解放した攻撃を喰らったからなのか。
もう夜だというのに、ソニックの身体は穴だらけのままだった。
「ビクニ……」
ソニックがか細い声でビクニに呼び掛けた。
そんな彼の目は虚ろで、今にも息絶えてしまいそうなほど弱っているように見える。
ビクニは顔をあげてソニックの顔に近づく。
今すぐ誰か呼んでくる。
回復魔法でも薬でも何でもいいからソニックを救える人を捜してくる。
だからそれまで死なないで――と、泣きながら返事をした。
だが、ソニックはそんなことを望まなかった。
彼はビクニへ周りを見てみろと言うのだ。
「わかるか、ビクニ。まだ連中は戦ってんだ。誰も諦めてねぇ……」
苦しそうに言うソニックはビクニの手からググを奪う。
されるがままだったビクニは、彼の言葉を無視してこの場に誰か呼ぼうと立ち上がろうとすると――。
「俺の話を聞けよ……。お前は……そういうとこは最初にあったときから変わらねぇな……」
ソニックが彼女の腕を掴んだ。
その力は弱く、赤子でも振り払えるくらいのものだと思えるものだった。
だが、ビクニは振り払わずにソニックの顔を見つめた。
ソニックはそれでいいと言うと、話を始めた。
今の女神はたしかに凄まじい力を発揮しているが、かなりのダメージは残っている。
レヴィとリョウタの攻撃が効いているのだ。
だからあともう一撃ぶちかましてやれば倒せると、血を吐きながらも言う。
「だけど……そんな力……もう誰も残っていないよ……」
ビクニの言う通りだった。
すでに、リム、リンリは力を使い果たし、レヴィもリョウタも同じだ。
ググはビクニを庇って死に、ソニックも瀕死の状態。
ルバートやラヴィ――。
エンや武道家たち――。
ライト王が援軍に来てくれたが、彼らでは女神を倒せるほどの力があるとは思えない。
あともう一撃ぶちかますにしても、すでに戦える者がいないのだ。
「だから……一緒に逃げようッ! みんなが女神を食い止めてくれてる……。だから……今のうちに逃げようよ……」
ビクニはソニックの腕にしがみついてそう言った。
もう十分やった。
これ以上は何もできない。
何よりもソニックがググのように動かなくなったら嫌なのだと、声にならない声を発していた。
「情けねぇことを……言ってんじゃねぇよ……」
ソニックはそんな彼女の顔を撫でる。
そして、笑みを浮かべる。
「女神にぶちかませる一撃はここにある」
ソニックは言葉を続ける。
今のビクニは完全な吸血鬼だ。
しかも吸血鬼族の王――ラヴブラッドの息子ソニックと同等の力を持つ。
ビクニには彼が何を言いたいかわからなかった。
先ほど女神の動きを封じるために、自分の力はすべてググに注いでしまった。
いくら自分が吸血鬼だからって、そんな一撃を放つほどの力はもう残っていない。
「ああ、だけどな……。あるんだよ……方法が……」
ソニックは苦しそうだが、何故か嬉しそうな複雑な表情した。
「お前が俺の血を吸うのさ」
すでに完全な吸血鬼であるビクニなら、魔王の血を継ぐソニックの血を飲めば弱っている女神を倒せるはず。
彼はビクニへそう言うのだった。
「吸血鬼族にとって血の契約は神聖なんだ……。今のお前なら俺の身体を流れる血を完全に受け入れられる」
「で、でも……そんなことしたらソニックが……」
ビクニは思う。
たしかにこれまでの旅で、血を吸ったときのソニックは凄まじい力を発揮してきた。
だから今吸血鬼化した自分が彼の血を吸えば、女神を倒せるかもしれない。
だが、瀕死の状態のソニックの血を吸ってしまったら――。
その命は尽きてしまうのではないかと。
「やっぱりダメ……ダメだよッ! ソニックが死んじゃったら……私……私……」
「ググだけじゃ寂しがっちまうだろ……。大丈夫だ……俺の血がお前の中に流れりゃ……いつでも一緒さ……」
「だけどッ!」
涙が止まらないビクニの唇に、ソニックが指を当てる。
涙ぐんだ両目を開く彼女へソニックが言う。
「お前は騎士だろ? やるべきことをやれよ……」
その言葉の後――。
ビクニは喚きながらソニックの首筋に喰らいついた。
泣きながら歯を立てて、必死になって彼の命――血を吸い始める。
血を吸われながら、ソニックは昔話をし出した。
ライト王国で初めてビクニ出会ったときのこと――。
森でソリテールと三人で過ごしたこと――。
武道家の里でリムの家でごちそうを食べたこと――。
海の国の亜人たちのパーティーでビクニと踊ったこと――。
これまでの旅が本当に楽しかったと。
「俺さ……。女神とやりあうって決めて……」
もうソニックの声は、耳元で聞かなければ届かないくらい小さくなっていた。
ビクニは彼の血を吸い続けながら、全神経を耳へと向ける。
もう聞けないかもしれないソニックの声を――。
二度と聞けない彼の言葉を――。
忘れないように、いつまでも覚えているようにと泣きながら耳を傾ける。
「とっくに死ぬ覚悟はあったんだけどよ……」
ビクニは自分の体が濡れていることに気が付く。
それは、自分の涙ではなくソニックの血でもなく、彼の流す涙だった。
「でも……お前の顔を見ていたらさ……。情けねえけど……。やっぱ、死にたくねえわ……」
まだお前といたい――。
これからもずっと旅を続けていたい――。
それがソニックの本音だった。
彼にとってビクニは、出会った頃からずっと特別な存在だったのだと、なんとか振り絞って声を発していた。
「ビクニ……楽しかったぜ……。ありがとな……」
最後にそう呟くように言ったソニックは、そのまま真っ白な灰へと変わっていった。




