第二百四話 ソリテールの奇跡
その少女の声は眠っているビクニの意識に語り掛けてくる。
ビクニはその声が誰であるのかに、すぐに気が付いた。
ライト王国の側の森にあった名もなき村にいた少女――。
木の精霊ドリアードに宝石へと変えられてしまったソリテールの声だ。
宝石となったソリテールは、ソニックが指輪にし、これまでの旅の間ビクニの指にずっと付けられていた。
女神が復活――儀式により肉体を得た影響か。
今まで話すことのなかったソリテールが声を発している。
「ビクニお姉さん……。ソニックお兄さんもググも他の人たちも……みんなみんな待ってるよ」
優しく語り掛けてくるソリテール。
だが、ビクニからの返事はない。
それは、彼女にソリテールの声が聞こえていないからではない。
ソリテールはビクニの意識に直接話しかけているのだから、聞こえていないはずがない。
ビクニはソリテールに声を聞きながら考えていた。
ライト王国から愚者の大地までの旅で――。
自分は強くなったと思っていた。
たとえそれがソニックのよって与えられた吸血鬼族の力であったとしてもだ。
元の世界にいた頃の――。
嫌なことがあると逃げ続けてきた自分よりも成長していると思っていた。
だけど現実は違った。
いい気になってワルキューレに挑んだ結果。
彼女には簡単にあしらわれ。
そんな増長のせいでソニックが酷い目に遭い、自分のことを嫌っていたはずのヴァイブレは自分と彼を守るために命を落とした。
そう――。
自分は強くなってなどいなかった。
今でも元の世界にいた、部屋に引きこもっているただの中学生だった。
暗黒騎士にされ、吸血鬼化したせいで酷い勘違いをしていたのだ。
その勘違いした小娘のせいでヴァイブレは死に、すべての元凶である女神さえ復活してしまった。
自分がリンリを探しに行かなければ――いや、この世界に来なければよかったのだ。
自分さえ、自分さえいなければ――。
ビクニはそう思いながら、さらに深く意識の中へと閉じこもる。
そんなビクニにソリテールは言葉を続ける。
「お姉さん……あたしはずっと見てたよ」
ソリテールは指輪となってから、ずっと彼女たちと共に旅を見てきた。
武道家の里ストロンゲスト·ロードでのことや、海の国マリン·クルーシブルでのこと――。
これまでの旅で彼女がしてきたことを語り始める。
「お姉さんがいなかったら……きっとみんなダメになってたと思うの……」
もしビクニがいなかったら、リムもルバートも間違いを犯していただろう。
死んでしまったヴァイブレだって吸血鬼族の騎士としての矜持を取り戻せなかっただろうと。
ソリテールはあのときの――村で出会った頃と同じ穏やかな声で、そのことをビクニへ伝えた。
「ソリテール……あなたを救えなかった私は……。いろんな人に迷惑をかけた私は……また歩き出しても……いいのかな」
「そうだよビクニお姉さん。あたしもググもソニックのお兄さんも……。みんな、みんなみんなお姉さんのことを待ってるよ」
指輪から輝いていた光が、眠っているビクニの身体を覆っていく。
その傍でググが必死になって鳴いている。
ソリテールの言っていることが真実なのだと一生懸命伝えようとしている。
「だからお願い……。みんなと一緒に世界を守って」
ソリテールの声と共にビクニの身体を覆っていた光は消え、彼女は立ち上がった。
「ごめんね、ググ……。いっぱい心配かけて……。でも、もう大丈夫、大丈夫だからね」
ビクニは立ち上がると、飛びかかってきたググの体を撫でた。
ググはあまりの嬉しさのせいか、その目から涙を流している。
「さあ行こう! みんなのところへ!」




