第二百話 世界の治療
女神はそんなリョウタたちを見下ろしながら笑う。
くだらない。
実にくだらないと、女神は言葉を続ける。
「そこまで言うのなら、何故あなたたちはワルキューレに救ってあげなかったのかしら? そこの武道家の子はあの子と直接会っているのでしょう? それにリンリ、あなただって操られていたから何もできなかったとでも言いたいわけ? あとそこの騎士の子もそうよ。あなたがリョウタと楽しんでいる間もあの子はずっと苦しんでいたのよ。それなのに、ずいぶんと偉そうなことを言うじゃない」
先ほど気を吐いたリム、リンリ、レヴィだったが、女神にそう言われると何も言えなくなってしまっていた。
特にリムは悔しそうに自分の拳を強く握っている。
「私はあなたたちとは違う。あの子を、ワルキューレを救ってあげた。彼女が望んだもの……力を与えてあげたわ」
女神がそう言ったとき――。
突然リムが怒鳴り返した。
彼女は今にも泣きそうな顔をしながら言葉を発する。
「ワルキューレは力なんて望んでいなかった! あの人は……ずっと自分の種族を……もう一度竜人族を栄えさせようとッ!」
「だけどあの子が選んだのは復讐よ」
すると、女神が叫ぶリムの言葉を遮った。
もしワルキューレが本当に自分の種族を再起させようとしていたのなら、どうして自分の――女神の加護を受け入れたのかと、静かながら力強く言う。
「あの子が悲惨だったとあなたは感じているのでしょうね。でも、それは違うわ。あの子は自分で結果がわかっていて死んでいってたのよ」
再び押し黙ったリム。
女神はまるでパフォーマンスでも見せるかのように両手を広げ、そこから煌めく星のような光を振りまいている。
所詮、限りある命を持つ者たちは、自らの愚かさに気が付かずに争い続けるだけ。
世界がどうなろうと自分のことしか考えられないのだと、女神は宙を舞いながら語っていた。
だから滅ぼすのだ。
人間も亜人もすべて滅亡させ、病にかかった世界を治療するのだ。
そのために別の世界から魔力の高い者を召喚し、聖剣と暗黒剣に生気を集めさせ、自分を復活――受肉し肉体を得た。
女神使いとして――戦乙女ワルキューレは、女神の復活に協力しただけでも罪を許され、その魂は浄化されたのだ。
女神はそう言いながら、空から光を振りまき続けていた。
もはやリムには返す言葉がない。
それはリンリも同じで、彼女たちのようなまだ幼い少女には、女神の話している意味がよくわからないのかもしれない。
特にリンリはこの世界に転移された者だ。
この異世界の住人が争いばかりしていることなど知らないのは当然であった。
だが、二人とは違い――。
レヴィは女神の話を理解していた。
彼女も心のどこかでそんな世界を憂いていた。
ひょっとしたら自分たちは間違っているのではないか。
この世界にとって人間や亜人は寄生虫でしかないのではないか。
だとしたら、滅ぼされてしかるべきなのかも――。
レヴィは女神のやろうとしていることを正しいと思い始めていた。
だが、困惑する彼女たちの傍で――。
一人の男が喚き出していた。
「ふざけんじゃねえぞクソ女神! てめえがやっているのは有り余る力を使って、“私は正しい”って言いてえだけじゃねえかッ!」
「リョウタ……」
レヴィは思わず彼を見ると、そのまま目が離せなくなっていた。
リョウタは何も言い返せなくなったリム、リンリ、レヴィに代わり、まだまだ喚き散らす。
「人間や亜人は争いばかりして醜い!? このまま滅ぼされるのは自業自得!? それを何もしねえで勝手に決めるてめえは雲の上から正義感を押し付けるクソ女神なんだよ! そうやって自分よりも弱い奴らが苦しんでいるのを見て笑える精神性を見てわかるが、明らかに私情が入ってんじゃねえか! それでも神かよ! いい加減にマウントとって楽しんでんじゃねえよ! 火の鳥 異世界編でもやりてえのかてめえはッ!?」
リョウタに言われっぱなしの女神を見て――。
リムが呆れ、リンリは腹を抱えて笑っている。
そして何故かレヴィは一人感極まっていた。
その身をプルプルと震わせながら、その場でリョウタを見ながら立ち尽くしている。
「もういいわ……。意味のない問答は止めましょう」
女神が冷たくそういうと、まるで周囲の空気が凍りついていくようだった。




