第百九十六話 正義の味方
胸を貫かれた女神の体からは光が飛散し、余裕の笑みを見せていた顔が激しく歪む。
ラヴィの剣やイルソーレとラルーナの攻撃で体を切り裂かれても――。
痛みすら感じていなかったはずの彼女の表情から金属製のフルートとによって苦痛がにじみ出ている。
「やった! やったよ! ルバートの兄貴が女神に勝ったよ!」
「当ったり前だ! たとえ神さまだって兄貴と打ち合って勝てるわけがねぇッ!」
ラルーナとイルソーレが歓喜の声をあげる。
女神を相手に当然とばかりに、まだ向かってくる剣を打ち払いながらその場ではしゃいでいる。
だが、苦痛で歪んでいた女神の表情が次第に変わっていく。
それは笑っているような怒っているようなよくわからない複雑な顔だった。
「まさか私の身体を傷つけるなんて……。このフルート、ただの楽器じゃないみたいね」
女神はそういうと、体に突き刺さっていたフルートを掴んで無理矢理に引き抜き、ルバートごと投げ捨てた。
空中へと放り出されたルバートだったが、宙で体勢を切り替えて地面に着地。
そしてフルートを構え、再び女神へと突進する。
そこからはルバートの猛攻が始まった。
女神は体を貫かれたせいなのか、先ほどのように動きにキレがなく、彼の攻撃を受けるのに精一杯だった。
「認めるわ……。殺陣遊びはあなたの勝ち。ここからは神の裁きの始まりよ」
剣を受けながらそう言った女神に対して、ルバートが負け惜しみを言っていると思っていた。
だがその考えは、突然聞こえきた悲鳴によって変えさせられることとなる。
悲鳴をあげたのはイルソーレとラルーナ。
二人は今、光り輝く鎖によってその身を拘束されている。
剣での勝負に負けを認めた女神が、ついに魔法を使用し始めたのだ。
「今からあのダークエルフと人狼を殺すわ。それよりも早く、あなたに私を殺せるかしら?」
それは確実に無理だった。
このまま攻め続けていれば、女神の挙動を制しながら仕留められる。
魔法を唱える隙など与えずに、その命を刈り取ることができる。
だが、いくら打ち合いで勝っていても瞬時に女神は倒せない。
「どうしたの? もしかして悩んでいるのかしら? じゃあ、選ばせてあげるわ」
女神はこの場でルバートがフルートを捨てれば、イルソーレとラルーナを殺さないと言う。
ある程度のダメージを与えて魔法陣を発動させ、二人の殺すことができない宝石へと変えるだけですませると。
それは、女神がこの戦場すべてを覆うほどの結界を張り、自分に戦うにふさわしくない者を宝石へと変える魔法のことだった。
実際にこの場にいた敵も味方も、すでに宝石へと変わってしまっている。
「ダメだぞ兄貴ッ! そいつの口車に乗せられるな!」
「そうだよ! あたしたちなんかよりも世界を……兄貴の大事な人のために戦って!」
光の鎖に締め上げられながら――。
イルソーレとラルーナが叫ぶ。
自分たちのことなど気にせずに女神を倒せと喚き散らす。
だが、ルバートは攻撃の手を止めてフルートを投げ捨てた。
「すまない……イルソーレ、ラルーナ……。二人とも私の大事な人だ……」
そして、申し訳なさそうに答えた。
それを見たイルソーレとラルーナは怒鳴り散らした。
それでいいのか。
世界を、ラヴィを守るんじゃなかったのか。
自分たちがルバートの足を引っ張るなんて死ぬよりも辛いのだと、泣きながら訴えたが――。
「約束は守るわ。二人の殺すのは後にしてあげる」
光の鎖に締められ、その意識を失い、宝石へと変わってしまった。
女神はただ立ち尽くしているルバートへその手を翳す。
「さあ懺悔の時間よ。最後に何か言いたいことはある?」
「約束を守ってくれたことを感謝する」
「それだけなの? 無欲な男だこと」
「女神よ。私が二人を犠牲にしなかった理由はな。まだお前を止めることができる仲間がいるからだ」
ルバートは、それからレヴィとリョウタ――。
さらにビクニとソニックのことを話した。
自分が志半ば倒れても、きっと彼らなら世界を救ってくれると。
それを聞いた女神は、退屈そうな顔をすると間を置かずに翳した手から光を放った。
光はルバートの心臓を貫こうとしたが――。
「聖騎士ビームッ!」
突然飛んできた別の光によって女神の攻撃がそらされてしまう。
それた光はルバート心臓を避けて貫通。
即死は免れたが、かなりの重傷を負ってしまった。
そこでルバートが見たものは――。
明るい髪色をしたショートカットヘアの少女の笑顔だった。
そしてその少女は、女神の目の前に立つと意気揚々と叫ぶ。
「ニャハハッ! 正義の味方ここに参上ッ!」
