第百八十五話 礼節
リムを覆い尽くす紅蓮の業火。
だが、その炎は氷の結晶と共にかき消された。
驚愕するワルキューレがその中で見たものは――。
両手で円を描くリムの姿だった。
彼女は炎を消し去ると同時に体の傷も癒し始めていた。
「バカな!? すでに貴様の魔力は尽きかけていたはず!?」
ワルキューレが驚くのも無理はない。
実際にリムの魔力はあと一度魔法を唱えるほどしか残っていなかったのだ。
しかし、リムはこの土壇場で残された魔力を指先に集中。
わずかな魔力で指先に氷魔法かけ、それと同時に回復魔法を己の気と呼応させ、炎を消すと共に自身の傷を治したのだった。
それはビクニと別れてから――。
武術と魔法の修行を愚直に続けた、彼女の集大成ともいえる技術であった。
リムは見事に武の才と残された魔力を絞り尽くしたのだ。
「だが、それでも私のほうが上だぁぁぁッ!」
ワルキューレは再び炎を吐き出すと、それと同時にリムへと攻撃を仕掛ける。
しかし当然炎は円の動きで払われ、飛び込んできたワルキューレは、弧を描くリムの両手の気によってその体を貫かれた。
強固な鱗で覆われていた彼女の体は、リムの力によってついに砕かれる。
倒れたワルキューレは、もう立ち上がることはなかった。
竜人化も解け、最初に彼女の見せていた姿――人間の姿へと戻っている。
決着がついたことを悟ったリムは、倒れているワルキューレの元へ駆け寄る。
そして彼女はなけなしの魔力を使って、ワルキューレへ回復魔法を唱え始めていた。
それに気が付いたワルキューレはリムの手を掴み、今すぐ止めるように言う。
だがリムは――。
「やめません! あなたは生きるのですよ! 生きて罪を償い。ソニックと和解して竜人族の再興をッ!」
リムはワルキューレにこのまま死ぬことを許さなかった。
たとえこれまでしてきたことで非難され続けても――。
一族のため――。
ワルキューレが本当にしたかったことのために生きるのだと。
リムは叫び続ける。
「あなたは女神の剣を捨てた! それは止めてほしかったからでしょう!?」
「勘違いするな……。私は自分の力で貴様と戦いたかっただけだ」
力なく答えるワルキューレ。
そういった彼女の身体が次第に塵へと変わっていく。
「そんなのうそです! あなたはうそをついているのですよ!」
リムはすでにない魔力を注ぎ、回復魔法を唱え続けていた。
先ほど自分を殺そうとしてきた相手に――。
ここまでする彼女を見たワルキューレは、思わず笑ってしまっている。
「もういい……。無駄なことをするな。私は聖騎士リンリや暗黒騎士とは違う……。選ばれた者ではないんだ……。負けは死を意味する……それが女神の使い戦乙女となった代償だ」
そういうワルキューレの身体はすでに手足はなく。
すでに上半身までが消えかけていた。
リムはそんな彼女を見て、左手で自分の右拳を掴み、胸を張る。
「ワタシの名はリム·チャイグリッシュ。武道家の里ストロンゲスト·ロードをいずれ継ぐ者として……。武術を極める大魔導士として……。敵将ワルキューレと戦えたこと……。そしてその最後に見せたその騎士としての高潔な魂に……最高の感謝をッ!」
そう叫んだリムの顔は涙でグシャグシャになっていた。
それでも礼を欠いてはいけないとばかりに歯を食いしばり、表情と姿勢を凛とさせている。
「リ、リムは……あなたのことを……けしてぇ……けして忘れないのですよぉ……」
だが最後にはその顔も崩れ、耐えながらも、彼女の発する声は言葉になっていなかった。
ワルキューレは穏やか表情のまま、そんなリムの体に手を伸ばした。
すると、触れられたリムの体へワルキューレの魔力が流れていく。
「これは戦利品だ」
リムに使い切ったはずの魔力が戻る。
ワルキューレは残された魔力をリムへと与えたのだ。
「ワルキューレ……あなたは……」
「当然のことだろう? 勝者は敗者から奪うの世の常だからな」
そう言ったワルキューレは、ついに顔まで塵になりかけていた。
彼女を見下ろしているリムの涙が、その顔へとポタポタと落ちる。
「リム·チャイグリッシュ……。武術を極める大魔導士よ……。貴様と戦えてよかった……ありがとう……」
「ワルキューレッ!」
そして、ワルキューレは塵になった。
身を震わすリムは涙を拭って立ち上がると、奇跡の泉があった大穴の前へと立つ。
「ワルキューレ……あなたがくれた魔力。大事に使わせてもらうのですよ……」
そう呟いたリムは拳を強く握り、目の前にある大穴へと飛び降りるのだった。
