第百八十三話 戦乙女の真実
「だがリム·チャイグリッシュ……。貴様は非力な人間にしてはよく戦った。冥途の土産に一つ昔話をしてやろう」
ワルキューレは、リムにもう為す術がないと思ったのか。
彼女へある話を始めた。
それは彼女の種族である竜人族が、吸血鬼族に滅ぼされる前後の話だった。
ソニックの父であり、吸血鬼族を統べるラヴブラッド王と、竜人族の王とでは、愚者の大地の支配権をかけて長い戦争が行われていた。
その結果は、他種族を自軍へ引き入れた吸血鬼族側が勝利。
愚者の大地の支配権はラヴブラッド王のものとなり、彼はその戦争の後から魔王と呼ばれ、人間族が多く住む大陸までその勢力を伸ばそうとしていた。
それから数十年後――。
女神の使い――聖騎士リンリが、大賢者メルヘン·グースと幻獣バハムートと共に現れ、世界をもう少しで手に入れられたラヴブラッド王は打ち倒される。
「貴様もそれくらいは聞いたことがあるだろう? まあ、盛者必衰というやつだ」
そして、その聖騎士リンリの仲間の中に――。
彼女――戦乙女ワルキューレもいたと言う。
「私は復讐を果たした。女神様から頂いた力を使い、吸血鬼族を残らず始末し、連中に我らが種族と同じ末路を辿らせるためにな」
予想外だったのは、ラヴブラッド王の息子であるソニックが逃げ出したことと、彼を逃がした吸血鬼族の騎士ヴァイブレが生き残ったことだった。
だがすでにヴァイブレは死に、ソニックもこれから消され、彼によって吸血鬼化した暗黒騎士ビクニも殺されると。
ワルキューレは不気味に笑いながら話す。
「すでに私の目的はすでに果たされたも同然。あとはこの命を女神様の思うがままに使ってもらうつもりだ。……この貴様との戦い、なかなか楽しめたぞ」
「復讐するためだけに生きていたなんて……。そんなの悲しすぎるのですよ……」
話を聞いたリムは涙を流していた。
ワルキューレには、何故彼女が泣いているのかがわからずにいる。
同情か?
実に人間らしい態度だと考え、内心で苛立っていた。
「ふん。戦闘中に涙を見せるなど。これでは楽しめた戦いも貴様のせいで台無しだな。哀れみは私に対する侮辱でしかない」
「ちがう……哀れみなんかじゃない。リムにもわかるのです……。自分の生まれを呪ったことがあるから……」
かつてリムは、望まぬ境遇から、故郷である武道家の里を滅ぼそうとしたことがあった。
精霊にそそのかされたとはいえ、本心では後を継ぐように押し付けてくる父や里の者を恨んでいたことは確かだった。
しかしそれでも、今でもあのときのことは後悔している。
「貴様なんぞと比べるな! 私が女神様に見出されるまでの人生がどれだけつらかったなど、人間如きにわかるはずもあるまい!」
「たしかにわからないのです……。だけど、あなたはそこで復讐を選ぶべきではなかった!」
そこからリムは、言葉を途切れさすことなく喋り続けた。
復讐を果たして何か良かったことはあったのか?
このまま女神の言いなりになる人生に何の意味があるのか?
本当はもっとやりたかったこと――。
手に入れたかったものがあるのではないかと、リムはワルキューレへ叫ぶ。
「ワルキューレ! あなたは復讐をする前に、竜人族の血を絶やさぬように生きるべきだった! あなたに命令するような神じゃなく、信頼できる人を探して、家族をつくるべきだったのですよ!」
ワルキューレは、リムの怒号に何も返せずに立ち尽くしていた。
それはリムが言ったことが、彼女も以前に考えていたことだったからだった。
「まだ間に合います! ソニックと和解して竜人族の再興を……あなたの種族の復興を!」
リムはワルキューレが何か言ってくれるのを待っていた。
彼女の本音を聞きたかった。
もしそう願っているのなら今からでも遅くはない。
リムはワルキューレが女神の元から離れ、自分のやりたい道を進むべきだと思っていた。
「貴様の言う通りだ……」
「ならッ!」
「だが、一人彷徨っていた私を救ってくださった女神様を裏切れん」
リムの思いは、ワルキューレに届くことはなかった。
「少し話が長くなったな……。リム·チャイグリッシュ……武術を極める大魔導士よ。私はこの命が尽きようと貴様の名を忘れることはないだろう。当然……この一騎討ちのこともな」
「ワルキューレ……」
悲しい顔をしたワルキューレは、再び身構えるのであった。
