第百八十話 武と侠
洞窟内にリムの声が響き渡る。
その声に対してワルキューレの反応はなかった。
彼女はリムの旋風脚を喰らって完全に沈黙。
リムは両目を瞑ると、ワルキューレから出ている気に集中する。
「……まだ息はあるようなのですね」
どうやらワルキューレは辛うじて生きているようだった。
だが、生気はあるが、闘気はもう感じない状態――。
すでに意識はなく、たとえ目覚めてもその傷ではこれ以上は戦えないだろうと思われる。
リムは広げた両手の掌を合わせてから構え、その手に体内の気を集めた。
彼女の必殺技――体内を流れる波動を放つオーラフィストの構えだ。
だが、リムは集めた気を戻し、動かなくなったワルキューレに背を向ける。
「もう戦えない相手に手を出すわけにいかないのです……。運がよかったですね。リムは先へと進むのですよ……」
ワルキューレは女神の使い――。
そんな彼女に対してリムは、武侠の心意気をみせた。
だが、ここでワルキューレに止めを刺すべきなのは、どんなに幼い子供でもわかることだ。
万が一にでもワルキューレがまた襲い掛かって来る可能性もあるのだ。
しかし、リムにはそれができない。
倒れて動けない相手に――。
意識を失っている者に――。
たとえそれが憎むべき敵だとしても、彼女が代々受け継いできたチャイグリッシュ家の“武と侠”はそれを許さない。
それからリムは、急いでソニックを追いかけるべく、奇跡の泉があった大穴へと飛び込もうとした。
だが、その瞬間――。
背後から感じていたワルキューレの気が、徐々に上がっていることに気が付く。
いや、違う。
今までのワルキューレの気ではない。
これは人間のものではなく獣人に近い。
「この気……まるで別人ではないですか!?」
冷や汗を掻きながら振り返ったリム。
そこには意識を失っていたはずのワルキューレが立ち上がっていた。
だが、感じている気と同じように彼女の姿も変化していく。
身に付けていた灰色の甲冑が弾け、その体が鱗に覆われていく。
背中からは翼が生え、その周囲からは雷が迸っていた。
その姿はまるで竜。
リムはワルキューレの変身に驚きながらも身構え、臨戦態勢に入る。
「この醜い姿をさらしたくなったが……」
ワルキューレが呟くように言った。
その様子は、己の今の姿を恥じているようだった。
そして、ワルキューレが背中の翼を羽ばたかせると、凄まじい強風がリムに降り注いでく。
驚愕しつつもリムは冷静沈着。
当然先ほどの戦いのときのように避けようとしたが――。
「なッ!? 速過ぎる!?」
刃となった強風は彼女の肩口を貫いた。
ワルキューレは怯んだリムを見て咆哮する。
「私の……この姿を見たのだ。楽に死ねると思うなよ、リム·チャイグリッシュッ!」
