第百七十九話 武術を極める大魔導士
――その頃、選択の祠の奥――。
リムは奇跡の泉があった場所で、女神の使い――戦乙女ワルキューレと戦っていた。
ワルキューレは女神から与えられた魔道具を変化させ、聖剣“女神の慈悲”から放たれる雷を操って彼女に攻撃を仕掛けていた。
剣から迸る稲妻が連続してにリムに襲いかかるが、彼女は素早く動いてそれらをすべて躱す。
そして狭い洞窟内を駆け回り、彼女の距離――接近戦へと持ち込む。
「はぁぁぁッ!」
リムのまるで刃のような蹴りが、ワルキューレの顔面を狙う。
ガキンッと鳴り響く金属音。
ワルキューレはギリギリで蹴りを剣で受け止め、リムの小さな体を力で押し返した。
「戦乙女ワルキューレ……。聞いていたほどではないのです!」
二人の一騎討ちは、ソニックが大穴へと飛び込んでからずっとリムが優勢だった。
彼女はビクニが武道家の里ストロンゲスト·ロードを旅立ち、ライト王国へと魔法を学びに行ってから――。
あれほど好きではなかった武術の修行も本格的に始めていた。
元々武道家の里始まって以来の才能といわれていたリムである。
そこへ愚直なまでの努力が加わったのだ。
おそらく一対一での対人戦闘において、彼女と張り合える者はそう多くはない。
「くッ!? あの幻獣との戦いで無理をし過ぎたか」
ワルキューレはここへ来る前に――。
体内にため込んだ悪意によって自らを暴走させた幻獣バクことググとの戦いで、かなりの魔力を失っていた。
「幻獣? もしかしてそれはビクニの傍にいた幻獣バクのことですか?」
「ああそうだ。あんな化け物とやりあっていなければ、貴様なんぞに後れは取らんのに」
しかし、ググとの戦いがなかったとしても――。
ワルキューレがリムに勝つことは難しかっただろう。
彼女は集団を相手にする戦いが得意なのだ。
リムのようなサシの勝負に特化タイプとの戦闘は、これが初めてである。
「ググをどうしたのですか?」
一歩一歩ゆっくりと間合いを詰めながら問うリム。
反対にワルキューレのほうは後退ってしまっている。
「あの化け物はまだ生きている。きっと今頃は暗黒騎士や吸血鬼と共に始末されているだろうがな」
「ならば、すぐにでもあなたを倒して、リムがみんなを救うのですよ!」
リムがそう叫んだ後――。
ワルキューレの前から彼女の姿が消えた。
慌てたワルキューレが辺りを見渡すと、リムはいつの間にか彼女の後ろへと回っている。
「人間如きがぁぁぁッ!」
「遅い……のですよ」
気が付いたワルキューレは、振り返って剣を斬りつけた。
だが、リムの閃光なような突きが、彼女の腹を貫く。
開けられた穴から真っ赤な血が吹き出し、ダムに溜められた水のようにリムへと降り注いだ。
「バカな……女神様の使いであるこの私が……たかが人間の小娘に……武道家かなんぞにぃぃぃッ!」
リムは、腹に開けられた穴を押さえながら叫ぶワルキューレの側頭部へ、止めの旋風脚。
全身で回転力を加え、さらに波動を纏わせた渾身の一撃を喰らわせた。
吹き飛んで洞窟の壁に叩きつけられたワルキューレ。
すでに動かなくなった彼女を見下ろし、リムが言う。
「リムは武道家ではありません。ワタシ、リム·チャイグリッシュは……武道家の里ストロンゲスト·ロードをいずれ継ぐ者! そして暗黒騎士ビクニの友にして、武術を極める大魔導士なのですよ!」
