第百七十六話 暴力メイドの騎士道
――ソニックがビクニのいる地下神殿へと到着していた頃――。
選択の祠の出入り口では、ラヴィが灰色の甲冑を身に付けた大軍と戦っていた。
すでに陽を落ち、敵軍はラヴィの姿がよく見えるようにかがり火を用意し、彼女を照らす。
ラヴィは、先に入っていったソニックとリムの後を追わせないように、獅子奮迅の勢いで何人たりとも近よらせない。
それはかつて武芸百般と言われ――。
現在は暴力メイドの二つ名で呼ばれる、ライト王国の小間使いに恥じぬ戦いっぷりだった。
しかし、いくら打ち倒しても向かってくる兵の数は減らない。
孤軍奮闘とはまさにこのことだ。
だがそれでもラヴィは、その戦場で誰よりも冷静でいた。
向かってくるエルフ、獣人など愚者の大地出身の亜人たちを見て彼女は思う。
何かに怯えている。
戦わなければ自分が殺されてしまう。
そんな恐怖に支配されている目をしている。
それは目の前にいる自分を恐れているのではない。
もっと別の――狂信的なまでの畏敬の念から来ているものだ。
「どうやら、よっぽど怖い女神さまみたいっすね。だけど、うちもここで倒れるわけにはいかない!」
灰色の兵たちが望まぬ戦いをしているだろうことは、剣を打ち合っている内に気が付いた。
しかし、今の自分には彼らを止める術も、そんな余裕もない。
圧倒的な実力で兵たち近寄らせないラヴィだったが、思考は平静なままでも、すでに武器のほうが限界にきていた。
山ほど背負っていた武器も、すでに使えそうなものは長剣一本のみ。
他の武器は血にまみれ、刃がこぼれ、その使用価値を失っていた。
だが、そんなことなど兵たちには関係ない。
むしろ絶好の機会である。
「さて、残り一本でどこまでやれるっすかね」
使っていた槍を捨て――。
最後の長剣を握りしめたラヴィ。
彼女はこんなときでも笑っていられる自分に呆れていた。
自分がもう死ぬかもしれないというのに、どうしてこんな冷静でいられるのだろうと考えると、やはりおかしいと思い笑うのだ。
「レヴィ……ルバート……黙って出てきたうちを許してね……」
息を呑み。
ラヴィはボソッと呟いた。
再会できた妹は――。
まだまだ危なっかしいところもあるが、憧れていた竜騎士として身を立てていた。
今の妹を見れば、亡き父、母二人も、自分たちが間違っていたと頭を下げるだろう。
そして、婚約者――。
すでにそんな話は破談しているというのに、こんな自分なんかを追いかけて来てくれた。
自分は結婚に向いている女ではない。
いや、それ以上に貴族の彼と小間使いの自分では釣り合わない。
だが、それでも彼は身分を――すべてを捨てて愛していると言ってくれた。
それを思うと――。
ラヴィは自分に呆れながらも涙が流れてしまっていた。
「ごめんなさい……。でも、うちはこんな生き方しか選べないんっすよ……」
涙は拭わない。
手を使えば隙ができる。
ラヴィは向かってくる敵を睨みつけながら身構える。
「ビクニを助けたい……。あの娘を救いたい……それがうちの騎士道っす!」
ラヴィが自分を奮い立たせるように叫ぶと――。
突然目の前にいた兵たちが、次々に倒れていった。
そして、そこにはかがり火の中に動く束ねた金色の髪が見える。
「ならば、そんな君の道を守るのが、私の騎士道だね」
吟遊騎士ルバート·フォルテッシ――。
彼はそう言いながら、ラヴィへ穏やかな笑みを見せるのだった。
