第百七十二話 笑いたければ笑え
ワルキューレはその不気味な笑みを浮かべたまま言う。
ビクニと共に、ソニックの仲間である幻獣バグもこの下で捕えられていると。
「ググも捕まったのか……」
ソニックはそう言いながらも内心では安心していた。
最後にその姿を見たとき――。
ググは以前にライト王国を襲ったときのように、悪意を暴走させていたからだ。
たとえワルキューレたちにやられてしまったとはいえ、生きているのなら構わない。
ビクニと一緒に助け出すだけだ。
「まあ、さしずめビクニと幻獣は、これから行われる女神様復活の生贄とでもいったところか」
「女神の復活だと!?」
声を張り上げたソニックを見てワルキューレがさらにせせら笑う。
特に説明するつもりもないのだろう。
驚いているソニックを見て、彼女はただ楽しんでいるようだ。
「もはや何をしようが、我が主、女神様の復活は誰にも止められん。たとえそれが神であろうともな」
ワルキューレがそう言うと、彼女が被っていた兜の装飾の羽根が光り輝いた。
すると、羽根が幾重にも重なった文字のようなものとなって、ワルキューレが握っていた剣の刃と一体化していく。
そして、シンプルなロングソードだった剣が、その剣身にびっしりと文字が書き込まれている状態へと変わった。
剣の名は“女神の慈悲”。
ビクニやリンリの持つ魔道具――剣と同じく、彼女が女神から与えられたものだ。
ワルキューレは剣を構えてソニックへと翳した。
女神を慈悲から光が放たれ、彼の身を焦がす。
吸血鬼族であるソニックにとって、天敵ともいえる聖属性。
聖騎士リンリの力もそうだったが、彼にとってもっとも相性の悪い相手だ。
ソニックは剣から放たれる聖なる光に、自分の意思とは反対に後退ってしまっていた。
「さしもの不死の身とはいえ、我らが女神様の力の前では無力なり。さあ、このまま消滅させてやるぞ」
嬉しそうに言ったワルキューレへ、突然凄まじい波動が彼女の体を覆い尽くす。
聖剣――女神の慈悲と同じく聖属性の光だ。
「あなたのお相手はリムがするのです」
リムがソニックを庇って前へと出る。
いきなりの衝撃にワルキューレは表情を強張らせたが、同じく聖属性では彼女にダメージはなかった。
「さあ、ソニック。ここはリムに任せてビクニの元へ行くのですよ」
リムはソニックに背を向けながらそういうと言葉を続けた。
自分が読んできて物語では、いつだって王子が女性を迎えに行くものだ。
今のこの状況はまさにそれ。
こんな奴の相手などせずに先へ行くのだと。
「女の子はいつだって待っているのです。ビクニも例外ではありません」
「お、お前なぁ……」
「いいから行ってください。この女性を倒したあとで必ず追いつくのですよ」
ソニックはリムの物言いに戸惑いながらも、奇跡の泉のあった大穴へと飛び込んでいった。
だがそうはさせまいと、ワルキューレが彼を追いかけようとする。
「させません! はぁぁぁッ!」
それに気が付いたリムは一瞬で間合いを詰め、肩から突進。
ワルキューレを大穴へ近づけないように弾き飛ばす。
その一撃を喰らったワルキューレは、崩れた体勢を立て直すとリムへ剣を向けた。
「貴様……。ただの雑魚ではなさそうだな。名乗ってみろ」
ワルキューレにそう言われたリムは、右の拳を左手で掴んで胸を張る。
「我は武道家の里ストロンゲスト·ロードの生まれにして里一番の豪傑! そしていつかその名を世界に轟かす大魔導士……リム·チャイグリッシュなのです!」
堂々と名乗ってみせたリムの言葉を聞いたワルキューレは、呆れた様子で乾いた笑みを浮かべている。
まるで子どもがいうようなあり得ない話でも聞いたかのような顔だ。
「武道家が大魔導士だと? そいつはなんの冗談だ」
「笑いたければ笑うがいい! リムは友人ビクニのため……。そしてその恩に報いるために……。ここであなたの首を取る!」




