第百六十九話 無謀な案
これから女神の使いである戦乙女ワルキューレが、大軍を率いてやって来る。
こちらも全員で協力しなければ、皆殺しにされてしまう。
レヴィがまずそう話を始めると――。
群衆のざわつきがさらに酷くなっていた。
もうお終いだ。
早くここからも逃げなければと、弱々しくも不安に駆られた恐怖の声が広場を埋め尽くしていく。
彼女はその声に負けず、言葉を続けた。
大丈夫だ。
この場にいる者たちが力を合わせれば必ず勝てる。
だから、全員で立ち上がろうと。
力強く言ったステージにいるレヴィに、一人の男が声をあげた。
リムの父親――武道家の里ストロンゲスト·ロードの里長エン·チャイグリッシュである。
「竜騎士レヴィ殿。君が酔狂でこのようなことを言っているのではないことはわかるが、相手は女神の軍勢。生半可な戦いではすまん。何か策があってそのようなことを言っているのであろうな?」
それからエンは淡々と言葉を発した。
自分は里長として、この里の住民を守る義務と責任がある。
勝てぬ戦とわかっていながらそれに挑むのは、大事な民を死なせてしまうことだ。
ここは無謀な戦いを行うことよりも、女神軍に降伏、また撤退をするべきではないか?
――と、エンはレヴィの意見を尊重する姿勢を保ちながら言った。
「ストロンゲスト·ロード里長エン殿。勝ち目がないなどということない。現にこちらはあの伝説の幻獣――バハムートを仕留めた。我々が一丸となって協力すれば必ず勝てる」
レヴィはエンの質問に答えるとソニックから聞いた話を、順を追って説明していった。
女神軍が進行する前に、聖騎士リンリに暗黒騎士ビクニが連れ去られたこと――。
おそらくリンリが女神に操られていること――。
そして、ビクニとリンリ二人がこちらに戻れば、負けるはずがないと。
「リンリとビクニは今ライト王国にある選択の祠にいる。彼女たちを取り戻すために皆の力が必要なんだ」
訴えかけるように――。
いや、まるで自分の命を乞うように伝えたレヴィ。
だが彼女の言の後に、群衆からポツポツと批判の声があがった。
暗黒騎士ビクニと聖騎士リンリは元々女神の使いではないのか?
知っているぞ、そいつらはこの世界に女神の力で召喚されたんだ。
そんないつ敵に回るかわからない奴を助けにいって返り討ちにあったらどうする?
ビクニとリンリ二人の名を出したのがまずかったのか。
最初は少なかった批判の声が、次第に大きくなり、まるでステージにいるレヴィを飲み込もうと浴びせられていた。
その声はとどまることを知らず――。
広場全体――いや、この武道家の里ストロンゲスト·ロードを覆い尽くすほど大きくなっていく。
そして、さらに女神軍とは関係のない――。
亜人たちへの暴言まで飛び交うようになった。
お前らがこっちの大陸に来たせいでこうなったんだろ!?
そうだ! 亜人のほとんどが愚者の大地の生まれだ!
女神の手下と化け物どもはここから出て行け!
壇上にいるレヴィは、その猛烈な檄の前に何も言い返すことはできず、ただ立ち尽くしている。
暴言の雨に打たれながらレヴィは思う。
やはり自分などの言葉ではダメだった。
先ほどエンが言った通りだ。
何の作戦もなく、ただ力を合わせて戦おうと呼びかけたくらいで、一体誰を動かせるというんだ。
(私は……私は……)
群衆へと向けていた顔を下げそうになるレヴィ。
だがそのとき、彼女がふと後ろを見ると――。
そこには顔を強張らせたいつものリョウタがいた。
彼はもう辛抱できないといわんばかりに、レヴィの前へと歩き出している。
しかし、リョウタがこの場を抑えられるとは思えない。
むしろ彼が出てくることによって、群衆は暴徒と化す恐れがある。
リョウタはビクニたちと同じく、女神の力によってこの世界に召喚された者なのだ。
そのことをもし口にしたりすれば、今の興奮状態の群衆は、間違いなく彼を殺そうとするだろう。
そう考えたレヴィは、手を動かしてリョウタが来ることを止めた。
それは彼を心から心配しているからだった。
そんな彼女の表情を見たリョウタは、当然前に出ず、その足を止める。
問題ない。
いつものことじゃないか。
自分が非難されるのは。
昔から何をやってもうまくいかないなんて当たり前だったはずだ。
それを、今さら――。
それに昔とはもう違う。
レヴィはそう考えながら微笑んでいた。
彼女の脳裏に浮かぶのは、これまでリョウタと旅してきたことだった。
二人で旅を始めた頃にビクニ、ソニック、ググと出会い――。
とある街でリムにお尋ね者と思われて戦ったり――。
もう会えないと思っていた姉――ラヴィに再び会えたりと。
これまでのことを振り返ると、自分が望んで進んできた道はけして間違っていなかった。
それは、今までも、これからもそうだ。
そう――。
リョウタとの出会いがあったからこそ――。
レヴィは握っていた拳に力を込めると、再び群衆へと口を開いた。




