第十七話 荒々しい激励
バクの口から吐き出された魔道具から聞こえる女神様の声は、私以外にも聞こえているようだった。
女神様は、何も返事をしない私のことなど気にせずに話を続けた。
今、私たちの目の前で暴れているバグは、人間の悪い心を食べて成長する幻獣。
ただ悪い心を食べるだけならここまで暴走はしないみたいなんだけど、どうやら私が女神様から授かった暗黒騎士の証――黒く禍々しい魔道具を飲み込んだせいで、本来の力をコントロールできなくなっちゃたみたい。
「しかし、女神様。このライト王国で、バグを寄せ付けるような悪意を持つ者などおらぬはずです」
ラビィ姉に肩を借りながら、ライト王が何かの間違いでは、といった顔で女神様に訴えかけた。
だけど、そんなライト王に支えながらラビィ姉は――。
「もしかして……うちのせいっすか……?」
思い当たる節があるのだろうラビィ姉は、体を震わせながら目の色を失っていた。
その間にも幻獣バグは、城内を破壊しながら街のほうへと出て行こうとする。
そうはさせまいと、騒ぎに駆け付けた宮廷魔術師たちが、バグのいく手を遮って一斉に魔法を放った。
「ヘルフレイム!」
魔術師たちの手から現れた炎が、巨大なバグの体を覆い尽くしていく。
苦しそうに叫ぶバグだったけど、自分を包んでいた炎を一気に振り払う。
「ビィィィッ!」
甲高い鳴き声と共に苦しそうに暴れるバグは、その火の魔法を破り、宮廷魔術師たちを次々に吹き飛ばしていった。
「こ、こんなの……バハムートのときと同じじゃない……」
私はガタガタ震えて動けなくなっていた。
そんな私を置いて、兵士たちは吹き飛ばされた宮廷魔術師たちを助けようと走り出していた。
そして、ライト王も自ら剣を取って、バグへと向かおうとしている。
「ダメっすよ、ライト王様! 片腕でどうにかできる相手じゃないっす!」
ライト王を必死の形相で止めるラビィ姉。
だけど、ライト王は――。
「それでも、このままバグを街へ行かせるわけにはいかん。この国――ライト王国は民があっての国だ。それに王であるわしが真っ先に逃げるわけにはいかんだろう?」
ライト王――お爺ちゃんの優しく穏やかな笑顔。
……まただ。
ライト王はまたこんなときなのに笑っている。
私とリンリを抱えて逃げたときもそうだった。
そんなライト王を見て、私は涙が止まらなくなっていた。
「ならば……王様が民を守るのなら……うちはライト王様を守るっす」
「ラビィ……いいのか? 死ぬかもしれんぞ?」
「こんなことになって……うち一人が死ぬのはいいっす。でも……いや、今はゴチャゴチャ言っていないで、あいつを止めるほうが先っすね」
自分が原因という気持ちもあるのだろう。
表情を曇らせながらもラビィ姉は、落ちていたロングソードを拾って、ライト王と共にバグの後を追いかけて行った。
「な、なんでみんな……そんなに強いの……」
震えて泣いていることしかできない私に、女神様は声をかけてくる。
「ビクニ……魔道具を身に付けなさい。そして、あなたの力を――」
「そんなこと……いきなり言われたって無理だよっ!」
女神様の言葉を遮って叫ぶ私は続ける。
「わ、私はリンリじゃないんだ! いくらすごい道具を貰ったって、私みたいな奴には何もできないよっ! ほら今だって、怖くて……ただ怖くて……体が動かないもん!」
泣きながら大声で言う私に、さすがの女神様もそれ以上は何も言ってはくれなかった。
静かになった玉座の間に、ライト王とラビィ姉――兵士たちと宮廷魔術師たちみんなが、城内でバグと戦っている音が聞こえてくる。
「ふざけんなよ、お前……」
近くにいた拘束されてままのソニックが、私のことを睨みつけてくる。
そして、そのまま私の顔に自分の顔を突き付けてきた。
「お前には凄い力があるんだろう? だったらそいつを使えよ!」
「だから無理だって言ったでしょ!? 私なんかじゃ無理なんだよっ!」
「やってもいないうちに諦めてんじゃねえよ! 俺がフォローしてやるから、さっさとこの拘束を解いてあのバグを止めに行くぞ!」
ソニックは、自分のおでこを私のおでこにくっつけて、何度も同じことを言った。
お前が力を使う、それまで俺が必ず守ってやる。
だから一緒にバグを止めるんだ、と。
「ソニック……私のこと……守ってくれる……?」
「ああ、絶対に守るってやる!」
「絶対に、絶対にだよっ!」
「約束を破らないのは俺の信条だ! お前が俺にしてくれたように、絶対に俺はお前を守る!」
荒々しいソニックの声。
それを聞くたびにビクビクしてしまっていた私だけど……。
でも、今の私にはその勇ましさが何よりも勇気を与えてくれる。
「わかった……よし、やろう! バグを止めよう! 私……みんなを守りたい!」
そして私はソニックの拘束を解いて、彼と一緒にバグとみんなが戦っているところへと向かった。
