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番外編 異世界の先輩~その④

「あぁぁぁッ! また負けたのですよッ!」


白いノースリーブのパーカーを着た少女が(さけ)んだ。


オープンフィンガーグローブを付けた両手(りょうて)を頭に当て、さも(くや)しそうにしている。


「ふふ、これで俺の十戦十勝じゅっせんじゅっしょうだな、リム」


その目の前では、眼鏡(めがね)をかけた少し(たよ)りなさそうな青年が笑みを()かべていた。


その様子(ようす)は、クククと(かた)()らし、当然の結果(けっか)であると言わんばかりであった。


「くッ!? こんなのおかしいのですよッ! 何回やってもリョウタが勝ち続けるなんてッ! きっと何か(きたな)い手を使っているに決まっているのですッ!」


リムと呼ばれた少女は、自分の人差(ひとさ)(ゆび)を、リョウタと呼んだ青年に向かってさした。


それから納得(なっとく)がいかないと、ただ(わめ)き続ける。


「わりぃけど俺……ゲームで負けたことねぇから」


少し気取(きど)った言い方で返事(へんじ)をしたリョウタに、リムはさらに言葉を(あら)げるのだった。


二人がやっていた遊びは、オセロという白い石と黒い石を盤面(ばんめん)に打って戦うゲームだ。


彼らがいた国――ライト王国で今流行(はや)っているゲームで、前に国にいた暗黒騎士(あんこくきし)の少女が国王であるライト王に(たの)み、白い石と黒い石を盤面の(だい)を作ってもらったのが始まりだった。


リムはその暗黒騎士の少女とは友人であり、それもあってすぐにのめり()んだのだが、如何(いかん)せんリョウタにだけはいくらやっても勝てない。


それもそのはずだ。


なにせこのオセロは、暗黒騎士の少女とリョウタのいた世界にあるゲームなのだから。


そう――。


リョウタは、ある日に突然この本やゲームに出てくるようなファンタジー世界に連れて来られた人間だったのだ。


リョウタは現代(げんだい)の日本で大学生をやっていた。


それが、ある日に自宅(じたく)に突っ込んできた車に(つぶ)されて、気がつけば女神の目の前に。


リョウタは、女神から異世界へ行って世界を(すく)わないか言われ、それを承諾(しょうだく)


だが、それがすべての悪夢(あくむ)の始まりだった。


リョウタは転生(てんせい)特典(とくてん)が付くと女神に言われたというに、(いま)だになんのスキルもアイテムも(あた)えてもらってない。


さらにリョウタは、女神にハーレムイベントはまだかと呼び掛けた。


彼の(もと)いた世界では、異世界転生者は何の努力(どりょく)も無しに、魔王(まおう)(たお)せたり、可愛(かわい)い女の子たちに言い寄られたりするものらしい。


だが彼のパーティーメンバーには、複雑(ふくざつ)事情(じじょう)で仲間になった、飛んでも着地(ちゃくち)ができないダメ女竜騎士(りゅうきし)しかいない(彼女の容姿(ようし)絶世(ぜっせい)の美女と言っていいものだが)。


それで、さらにしつこく女神に呼び掛けていたら、(きゅう)音信不通(おんしんふつう)になって返事も寄こさなってしまった。


その後、女竜騎士と(たび)を続け、今はライト王国で落ち着いていたのだが――。


「それにしても何にもねえ村だな」


文句(もんく)を言うなら何故ついてきたのです? ライト王国に(のこ)っていればよかったでしょう」


今リョウタたちは、リムの故郷(こきょう)である武道家(ぶどうか)(さと)ストロンゲスト·ロードへと来ていた。


それはライト王国で魔法(まほう)勉強(べんきょう)しているリムの里帰りについてきたからだった。


「俺だって来たかなかったよ。でも、レヴィがうるせえから」


レヴィとは、リョウタのパーティーメンバーである女竜騎士のことだ。


彼女はリョウタに(すく)われたことがあり、それ以来(いらい)彼に自身(じしん)(やり)(ささ)げている。


金髪碧眼(きんぱつへきがん)容姿端麗(ようしたんれい)な女騎士との旅は、さぞ楽しいことだろうと思われるが。


リョウタは、レヴィの常識(じょうしき)がないところや、彼女の悪癖(あくへき)である“感情的(かんじょうてき)になるとジャンプしたがる(くせ)”に()(まわ)され続け、毎回その後始末(あとしまつ)辟易(へきえき)していた。


「まったく、あいつ一人でここへ来ればよかったのによぉ。あぁ~退屈(たいくつ)だ」


「そんな文句ばかり(なら)べていても、リムにはちゃんとわかっているのです」


「あん? 何がだよ?」


「フフフ……なのですよ」


意味(いみ)わかんねぇ……」


リョウタがリムの不敵(ふてき)な笑みに(あき)れていると、部屋の()が開いた。


そこには、(りゅう)の姿をなぞらえた甲冑(かっちゅう)を身に付けた女性の騎士(きし)が立っていた。


彼女がリョウタのパーティーメンバーであり、(なや)みの(たね)でもある女竜騎士レヴィ·コルダストだ。


「おいレヴィ。一体(いったい)どこへ行ってたんだよ?」


「リョウタ、さっき(はら)()ったと言っていただろう?」


「ああ、小腹(こばら)()いたとは言ったけど?」


リョウタの返事を聞いたレヴィは、フフフと笑みを浮かべると、部屋に大量(たいりょう)(けもの)を投げ入れ始めた。


それはとてもすぐには(かぞ)え切れず、あっという()に部屋の中を()()くしていく。


「あぁッ!? なんだよこの数の(いのしし)はッ!?」


レヴィが部屋に投げ入れているの獣は、リョウタの世界にいる猪のような生き物だった。


こちらの世界では大衆(たいしゅう)にもよく(しょく)され、()りといえばまず(ねら)われる生き物である。


レヴィは近くの森で狩りでもしてきたのだろう。


次から次へと投げ入れていく。


「ふぅー。どうだリョウタ。これだけあれば空腹(くうふく)()たせるだろう?」


そして、すべての猪を投げ入れると、レヴィは何故かモジモジと()れ始めていた。


「ほ、()めてくれても、か、(かま)わんぞ」


両腕(りょううで)を組みながら、顔を()けて(ほほ)を赤く()めるレヴィ。


きっと気の()く女だとか言われたかったのであろう、その口調(くちょう)はリョウタからの称賛(しょうさん)の言葉を待っているのがわかるものだった。


だが、大量の猪に押し(つぶ)されそうなリョウタは――。


「俺たちを押し殺す気かッ!? お前、俺が言ったことをちゃんと聞いてたのかよッ!?」


「ハッ!? たしかにこのままでは食えんな。だが大丈夫だ。これから調理場(ちょうりば)を借り、私がこの獣をさばいて食わしてやるぞ!」


「そういう問題(もんだい)じゃねえッ!」


リョウタはそれから大声で、「小腹が減ったと言ったのに、どうしてこんな生の獣の食べ放題(ほうだい)が始まるんだ!」と言い続けたが、すでに猪を部屋から出し始めていたレヴィの耳には(とど)いていなかった。


猪の死体(したい)の山に()まっていたリムがヒョコッと顔をあげると、左手で自分の右(こぶし)(つかみ)み、(むね)()って笑う。


それは、リョウタの元いた世界でいう“拱手(きょうしゅ)(れい)”という中国の挨拶(あいさつ)()ていた。


「リムは感服(かんぷく)しました。さすがはレヴィなのです」


「部屋に猪を投げられて感服してんじゃねえッ!」


それからリョウタの小言(こごと)は続いたが、レヴィもリムもまるで何事(なにごと)もなかったのように調理場へと向かい、夕食(ゆうしょく)支度(したく)を始めることになった。


「これだけの量ならば、里に住む全員に振舞(ふるま)えますね。さすがレヴィなのです。皆(よろこ)びます」


「そ、そうか。そ、そいつはよかった」


普段(ふだん)褒められて()れていないレヴィは、()れながら獣の(かわ)()ぎ、その肉をばらし始めていた。


レヴィは元は貴族(きぞく)のお(じょう)様だが、両親(りょうしん)()くして傭兵稼業(ようへいかぎょう)に身を落していたのもあって、料理(りょうり)手際(てぎわ)はかなりいい。


その様子を見よう見まねでやっているリムは、その華麗(かれい)包丁(ほうちょう)さばきに目を(うば)われている。


両目と口をを見開き、おぉ~と声をあげながら見られているせいなのか。


レヴィは少しやりづらそうだ。


「さすがなのです! レヴィはきっと将来(しょうらい)いいお(よめ)さんになりますね」


「そ、そうかな?」


「なのですよ」


そんな二人のやりとりを調理場の(すみ)で見ていたリョウタ。


リムはそれに気がつくと、彼に声をかけた。


「それで……あなたは見ているだけなのですか?」


それは今までレヴィと話していたときとは対照的(たいしょうてき)に、まるで(こおり)の魔法でも(とな)えたかのような(つめ)たい言い方だった。


そう言われたリョウタは渋々(しぶしぶ)置いてあった野菜(やさい)を洗い、その皮を包丁でむき始める。


普段から野宿(のじゅく)するときの食事を、すべてレヴィに(まか)せている彼は、お世辞(せじ)にも手際がいいとは言えなかった。


「リョウタは何をやっても手際が悪いから、リムは安心(あんしん)なのです」


「リムお前……俺にだけなんかキツ()ぎない?」


その後――。


里に住む全員、いやそれ以上の量の猪鍋料理を完成(かんせい)させた三人は、早速皆を集めて食事をすることにした。


「なんだかちょっとしたパーティーみたいだな」


「いいじゃないか。里長(さとおさ)(むすめ)であるリムが(もど)ったんだ」


リョウタとレヴィがテーブルに食器を並べていると――。


我々(われわれ)ストロンゲスト·ロードの住民が、リム·チャイグリッシュ嬢とその御友人に拝謁(はいえつ)いたします!」


いつの間にか集まっていた住民たちが、ずらりと整列(せいれつ)していた。


叫ぶように言ったのは、その中の代表(だいひょう)らしき人物だ。


そして彼に続き、並んで立っていた屈強(くっきょう)そうな男性や女性、子供も、一斉(いっせい)に「リム嬢と御友人に拝謁いたします!」と、声を(そろ)えて頭を下げる。


「おぉ! すごいなリョウタ。これがこの里での挨拶なのだな」


三国志(さんごくし)かよ……」


その様子を見ていた二人――。


レヴィは嬉しそうに声をあげ、リョウタはただ呆れていた。


皆々(みなみな)様。今日はライト王国から戻ったリムとこの二人、我が友人竜騎士レヴィ·コルダストとその連れから豪快(ごうせい)な肉鍋料理を(おく)るのですよ」


リムも住民たちと同じように頭を下げ、皆に存分(ぞんぶん)(あじ)わってほしいと声をかけた。


「うん。リムはすごいな。まだ(わか)いのにもう里長のようではないか。住民たちの態度を見ると皆笑顔で、彼女が(した)われているのがわかるぞ」


「慕われているのはたしかにわかったんだけど。なんか俺の紹介(しょうかい)がぞんざいじゃね?」


そして、猪の鍋パーティーが始まった。


住民たちと気さくに話ながら、リムは実に楽しそうにしている。


(ひさ)しぶりに故郷(こきょう)へ帰ってきたのもあるのだろう。


年齢(ねんれい)のわりには落ち着いている彼女も、今は子供のようにはしゃいでいた。


御両人(ごりょうにん)。楽しんでいるかな?」


リョウタとレヴィも鍋料理を堪能(たんのう)していると、そこへ辮髪(べんぱつ)に武道着姿の人物が声をかけてきた。


リムの父親であり、この武道家の里ストロンゲスト·ロード里長のエン·チャイグリッシュだ。


彼は、リムや他の住民たちがしていたように左手で自分の右(こぶし)(つかみ)み、(むね)()姿勢(しせい)――拱手の礼をした。


その堂々(どうどう)とした態度(たいど)に、ついついリョウタも同じように拱手の礼を返してしまう。


「ど、どうもご丁寧(ていねい)に」


「わざわざ気にかけていただき、ありがとうございます。リム嬢の帰郷(ききょう)パーティー、我々(われわれ)も楽しませてもらっています」


リョウタとは(ちが)い、その場に片膝(かたひざ)をついて頭を下げたレヴィ。


そんな彼女を見たリョウタは、(あわ)てて彼女と同じように片膝をついた。


「いやいや、そんなかしこまらないでくだされ。二人のことはリムからよく聞いています。これからも娘と仲良くしてやってくだされ」


(かが)んだリョウタとレヴィを手で引きあげたエンは、ニッコリと微笑(ほほえ)むと、「では」と言ってその場を去っていった。


一部を(のぞ)き、こちらの大陸(たいりく)でその名を(とどろ)かすストロンゲスト·ロードの里長でありながらもその丁寧な物腰(ものごし)に、リョウタもレヴィも好感(こうかん)を持った。


立派(りっぱ)な人物だな。里長は」


「ああ。ライト王もそうだったけど。(えら)いのにエラそうにしないのって、それだけで尊敬(そんけい)できるよ」


レヴィとリョウタがそんな話をしていると、突然パーティーの(せき)に兵士が(あらわ)れた。


その姿は(きず)だらけで、立っているがやっとのように見える。


「誰かッ! この者の手当てを」


誰よりも先に兵士の体を(ささ)えたのは、里長のエンだった。


すぐに屈強な武道家たちに声をかけ、兵士をその場に()かせる。


「あぁ……エン·チャイグリッシュ殿(どの)であらせられますか……?」


兵士は弱々(よわよわ)しくも言葉を続けようとしていたが、エンはこれ以上(しゃべ)らないようにと声をかけた。


近くで見るとよくわかる。


兵士の上半身(じょうはんしん)(ひど)火傷(やけど)で、その甲冑や衣服の下の皮膚もドロドロに(ただ)れていた。


正直(しょうじき)長くはもたない――。


今からこの火傷を(なお)医術(いじゅつ)は、この里にないことをエンはよく知っていた。


ならばせめて、(やす)らかに(ねむ)らせてやるべきか?


エンがそう考えていると――。


(とう)様ッ! ここはリムにお任せください」


リムがエンの前へと飛び出していき、兵士の体に自分の両手を(かざ)した。


その手から放出(ほうしゅつ)された魔力(まりょく)により、酷かった兵士の火傷が次第(しだい)(いや)されていく。


治癒(ちゆ)魔法を両手から同時(どうじ)(とな)えている。やるなリム。うむ。さすがは大魔導士(だいまどうし)目指(めざす)す者だ」


レヴィが感動(かんどう)感心(かんしん)をしている(よこ)では、(なら)べられた料理の中に(こめ)を見つけたリョウタが泣きそうになっていた。


そして手に取ると、口いっぱいに米を頬張(ほおば)り、ときおり嗚咽(おえつ)している。


「なんだリョウタ。そんなに感動したのか。わかる、わかるぞッ! 私もお前と同じくリムの成長(せいちょう)(うれ)しいッ!」


レヴィは他人(たにん)活躍(かつやく)を見て泣きそうになっているリョウタの姿に、やはりこの者に自身(じしん)(やり)(ささ)げたことは間違(まちが)っていなかったと(えつ)に入っていた。


そして、リムの成長とリョウタの仲間思いな面に、彼女はつい泣き出してしまう。


リョウタはそんなレヴィのことを見て、一体何を勘違(かんちが)いしているんだと思いながらも、何も答えなかった。


彼はただこのファンタジーのような世界に来てから、もう食べられないと思っていた自分の国の主食(しゅしょく)――。


米を口にすることができて感動しているだけだった。


二人がそんなやりとりをしている側で――。


エンが自分である娘リムの治癒魔法を使っている姿を見て、(おだ)やかな笑みを浮かべていた。


「リム……見事(みごと)なものだな、魔法というものは」


「そんなことないのですよ。リムはまだまだ修行中(しゅぎょうちゅう)()。それに父様こそ……。誰よりも早く怪我(けが)人もとへ行くそのお姿(すがた)に、リムは感服なのです」


その言葉を聞いたエンの表情に(かげ)ができ始めた。


何か罪悪感(ざいあくかん)を感じている――そういう顔を彼はしていた。


「……今までいろいろとすまなかったな……。私は魔法で人を救える娘をもったことを(ほこ)りに思うぞ」


「はいッ! なのですよ」


そう言ったエンの目には、うっすらと(なみだ)が浮かんでいた。


リムは武道家でありながら、攻撃(こうげき)系魔法も回復(かいふく)系魔法も使いこなし、さらには、ほぼすべての属性(ぞくせい)魔法、さらに(べつ)属性の魔法を合体(がったい)させて使うこともできるほどの手練(てだ)れである。


その魔力コントロールの上手(うま)さは、賢者(けんじゃ)レベルと言っていい。


だが、彼女は体内にある魔力が極端(きょくたん)(ひく)く、一日に唱えられる魔法は三回が限度(げんど)


リムはまず回復魔法を同時に唱えると、それから(のこ)りの魔力もすべて兵士へと(そそ)いだ。


「ふぅ~、これ以上はもう無理ですが、(いのち)心配(しんぱい)はもういらないはずなのですよぉ」


体内の魔力を使い()たしたリムは、ヘトヘトに(つか)れ切った表情(ひょうじょう)でそう言った。


そんな娘を見て(うなづ)いたエンは、静かに兵士へ(たず)ねる。


一体何があったのだ?


その傷や火傷を見るに、生半可(なまはんか)なモンスターの仕業(しわざ)ではないだろう? と――。


兵士はなんとか体を起こすと、(ひど)(おび)えた表情で説明(せつめい)を始めた。


昨夜(さくや)に現れた聖騎士リンリとドラゴンによってライト王国が攻め落とされ、ライト王や住民たちも()()りなり、壊滅(かいめつ)状態であること――。


「な、なんだと……ちょっと待てッ!?」


兵士の話を聞いたレヴィが前へと飛び出してきた。


それも当然だ。


彼女は今リョウタやリム――そして姉のラヴィと共に、ライト王国に住んでいるのだから。


「ライト王国には現在(げんざい)この大陸最強(さいきょう)の騎士ルバート・フォルテッシがいるはずだッ! それでも(やぶ)れたのかッ!?」


ルバート・フォルテッシとは、海の国マリン·クルーシブル出身(しゅっしん)吟遊(ぎんゆう)騎士である。


金色の長髪を後ろに(たば)ね、その顔は誰が見ても(ととの)っていると思うほどの美貌(びぼう)を持ち、さらに先ほどレヴィが言ったように愚者(ぐしゃ)大地(だいち)を抜けば、最強と名高い剣の使い手でもあった。


彼は元婚約者(こんやくしゃ)であったレヴィの姉――ラヴィ·コルダストを追いかけて、ライト王国へと来ていたのだが。


兵士は怯えた表情のまま頷くと、その口を(おも)たそうに開いた。


我々の勇者(ゆうしゃ)であるはずの(せい)騎士リンリが、突如(とうじょ)ドラゴンに乗って(あらわ)れ、国を()()くし始めた。


何故聖騎士リンリが攻撃してきたのか理解(りかい)できないライト王は、彼女を説得(せっとく)しようとした。


だが、ライト王はドラゴンの()(ほのお)(つつ)まれ、それを助けに入った側近(そっきん)のメイドと共に行方知(ゆくえし)れず。


聖騎士リンリを止めようと、吟遊騎士ルバートが一騎打(いっきう)ちを(いど)んだが、リンリの圧倒的(あっとうてき)な魔力の前に敗退(はいたい)


自分はライト王から言われていた――。


“何かあればストロンゲスト·ロードのエン·チャイグリッシュを頼れ”


思い出し、ここまで落ち()びてきた。


「どうかお(ねが)いでございますエン·チャイグリッシュ殿ッ! 王や民を救うために(ちから)……力をお貸しくださいッ!」


兵士は両膝をついてエンにひざまづいた。


エンはそんな兵士にゆっくり休むように言うと、屈強な武道家に声をかけ、彼を医者(いしゃ)に見せるようにと運ばせた。


「父様ッ! ここはリムが(まい)るのです!」


左手で自分の右拳を掴み、胸を張る姿勢――拱手の礼をしたリムが叫ぶように声をかけた。


そんな娘の(いさ)ましい姿を見たエンは、早速屈強な武道家たちを連れ、ライト王国へと出発(しゅっぱつ)するように(めい)じた。


「だが、今回は王や住民たちの救助(きゅうじょ)目的(もくてき)だ。けして聖騎士やドラゴンと一戦交(いっせんまじ)えようなどと思うな」


御意(ぎょい)なのです。(かなら)ずやライト王国の人たちを連れて戻って参りますなのですよ」


その後――。


「えッ!? 俺たちも行くのかよッ!?」


「当然だ。お(たず)ね者だった私たちを受け入れてくれた(おん)を、ここで返さねばいつ返す!」


そして、もちろんリョウタとレヴィも、リムたちストロンゲスト·ロードの救助隊(きゅうじょたい)参加(さんか)することになった。


リムを先頭(せんとう)に、ストロンゲスト·ロードの武道家たちを(ひき)いて出発。


その道の途中(とちゅう)、ライト王国の住民たちを見つけては、武道家たちにストロンゲスト·ロードまで案内(あんない)させ、リムは進む。


「これでほとんどの住民の人たちは里に案内できたと思うのですが……」


「ああ。だがライト王やラヴィ姉、それにルバートの姿は見えないな」


馬に乗り、その振動(しんどう)に揺れながら、心配そうに言い合うリムとレヴィ。


あれだけいた武道家たちはすでに誰一人いなくなり、現在はリムとレヴィ、そしてリョウタの三人となっていた。


「お~い二人とも。ここは一度戻らないか? 俺たち三人だけじゃ、王様やラヴィ姉さんを(さが)すの効率(こうりつ)が悪いし」


レヴィの乗る馬に二人乗りしていたリョウタが、そう提案(ていあん)した。


彼には乗馬(じょうば)才能(さいのう)(まった)くないので(何故かリョウタが乗る馬は(あば)れ馬になる)、しょうがなくレヴィの後ろに乗ることになった。


「ふん。(つか)れたからもう休みたいってことを、さも立派(りっぱ)正論(せいろん)として言う口の上手(うま)さはさすがなのです。リムは感服しました」


「いくら王様やラヴィ姉さんが見つからないからって露骨(ろこつ)不機嫌(ふきげん)になるなよ……」


リムの冷たい返事を聞いたリョウタは、別にそういう意味じゃなかったのにと思ったが、彼女の機嫌を(そこ)ねてしまったと少し後悔(こうかい)する。


気まずい空気が流れる中、リムは馬の足を早め、一人先へと行ってしまった。


「なあ、リョウタ。お前が言っているのも一理(いちり)あるんだが」


そんなリムの背中(せなか)を見ながら、レヴィがリョウタに声をかけた。


彼女は、リョウタが今提案したことはもっともだと思ったが、個人的(こじんてき)にはこのままライト王国へ進みたい。


きっとラヴィ姉さんは、怪我をしたライト王やルバードが一緒にいるため下手(へた)に動けないのではないか?


そう思うと、じっとしてはいられないのだと、心配そうに言う。


「でもよ。ルバートの傍には、きっとイルソーレとラルーナもいんじゃねえかな? あいつらと姉さんがいりゃ心配はいらなそうだけど……」


イルソーレはダークエルフの男性。


ラルーナは人狼(じんろう)――ワーウルフの女性だ。


二人ともルバートの従者(じゅうしゃ)であり、いつでも彼の傍につき従っている。


レヴィの心配を(はら)おうとしてそう言ったリョウタだったが、レヴィは彼のほうを振り向いて(かな)しそうな顔をした。


目をウルウルと涙で(にじ)ませ、今にも泣きだしそうだ。


「くっ! わかったよッ! 行けばいいんだろッ!」


「リョウタ……」


「ほら、早くしねえとリムに追いつけなくなるぞ」


リョウタのその言葉を聞いたレヴィは笑みを浮かべ、馬を走らせて先へと進んでいったリムを追いかけた。


笑顔で馬の手綱(たづな)を引きながらレヴィは思う。


(くぅぅぅぅッ! やはりリョウタは優しいッ! 普段は冷たいがそこがまた……って、私は何を考えているんだッ!? ライト王国の一大事だというこんなときにッ!? しかし…… くぅぅぅぅッ!)


そして、自分はこの男に槍を捧げてよかった、とその身を(ふる)わせていた。


「おい、今飛ぼうとしたろ?」


「し、していないッ!」


そんなレヴィを後ろから見ていたリョウタは、すぐに彼女が飛びたがっていることに気が付いていた。


レヴィは感情的になると、どこでも構わず竜騎士の必殺技(ひっさつわざ)であるジャンプをしたがるのだ。


当然、やれば確実(かくじつ)に着地は失敗(しっぱい)


動けなくなった彼女の面倒(めんどう)を見るのは、いつもリョウタだ。


「そ、そんなことよりもちょっと飛ばすぞ! 思っていたよりもリムと(はな)れてしまった」


「はいよ」


反対にリョウタは、しかめっ(つら)になって思っていた。


自分はこのダメ女竜騎士のせいで、また(いのち)(ちぢ)めそうだ、と。


(はぁ、レヴィにあんな顔をされる(ことわ)れなくなっちまうんだよなぁ……。自分でもなんでだかよくわかんねぇよぉ……)


彼はレヴィの()われると、本当は(いや)でしょうがないのに引き受けてしまう。


リョウタは馬上(ばじょう)で揺られながら、そんな自分に(あき)れていた。


「着いたのですよ」


それから馬を足早に進め、リョウタたちはライト王国へと到着(とうちゃく)した。


ライト王国は、三人が想像(そうぞう)していた以上に酷い有り様だった。


国を(かこ)っている城壁(じょうへき)(くず)され、街や城はほぼ全壊(ぜんかい)


一体何をすればここまで破壊(はかい)できるのだと、三人は馬を降りてライト王国の惨状(さんじょう)を前に立ち尽くしてしまっていた。


「ひでぇ……一国(いっこく)をここまでボロボロにするって、そのリンリってやつとドラゴンってどんだけなんだよ……」


めずらしくリョウタが口を開くと、リムも続く。


「父様が、けして聖騎士やドラゴンと一戦交(いっせんまじ)えるなと言っていましたが……」


「ああ……ルバートが負けたのも納得(なっとく)できるな……」


その惨状は、一国の(ぐん)でもここまでできるものとは思えないほどのものだった。


まだ近くに、その張本人(ちょうほんにん)である聖騎士やドラゴンがいるかと思うと、三人はその身を震わさずにはいられない。


「ともかく、生存者(せいぞんしゃ)がいないか確認をするのです」


リムがそう言うと三人は、周囲(しゅうい)警戒(けいかきい)しながら、全壊したライト王国を回ってみることにした。


(さいわ)いだったのかはわからないが、生存者も死体(したい)も見ることはなく、リョウタたちはまだ屋根(やね)(のこ)っていた建物(たてもの)一泊(いっぱく)することに。


「ラヴィ姉さん……一体どこに……」


ポツリと言うレヴィに、リムは彼女と同じように(うつむ)くしかなった。


ライト王国の状態が、これほどまで酷いとは思ってもみなかったのだ。


この現状(げんじょう)を見たレヴィには、何を言っても気休めにすらならない――。


リムはそう思うと、彼女を元気づける言葉が出てこなかった。


「心配するなよレヴィ。あの暴力(ぼうりょく)メイドと呼ばれたラヴィ姉さんが、そう簡単(かんたん)にくたばるわけないだろ? どこにも死体がなかったのがその証拠(しょうこ)だ」


「リョウタ……。そうだな。姉さんがそう簡単に死ぬはずないよな」


リムは自分が言わないでいたことを、あっさりと話し始めたリョウタを見て、この男が考え無しと思うのと一緒に、その口の(かる)さを(うらや)ましく思った。


実際にレヴィは、リョウタの言葉で笑顔になったのだ。


この男は要領(ようりょう)も悪く、何をやっても文句(もんく)ばかり言い、(すき)あらば楽をしようとするのだが。


何故か他人に希望(きぼう)を持たすことができる才能がある。


(この冴えない男からビクニっぽさを感じるのは、こういうとこなのですかね……)


リムはそう思うと、二人に気がつかれないように笑った。


()き火を(かこ)み、交代(こうたい)見張(みは)りをしながら夜を過ごした三人は、次の日にストロンゲスト·ロードへ一度戻ることを決める。


里へ戻って、今度は大人数でライト王やラヴィらを捜すためだ。


「だから俺は最初(さいしょ)にそう言っただろ?」


やはり文句ばかり――。


リムはそう言ったリョウタを無視してながら、里へと馬を走らせた。


その帰り道に、三人のいたところが突然(くら)くなった。


今は朝だというのに、何故と三人は空を見上げると――。


「あ、あれは……バハムートッ!?」


三人の上を巨大(きょだい)なドラゴン――幻獣(げんじゅう)バハムートが飛んでいた。


バハムートが向かっている方向(ほうこう)は、三人が戻ろうとしているストロンゲスト·ロードのほうだ。


「ライト王国を(おそ)ったのは、バハムートで間違(まちが)いないなさそうなのです。とてつもない狂暴(きょうぼう)な気を感じました」


リムはそう言うとバハムートを馬で追いかけた。


レヴィも馬の手綱を引き、すぐに彼女を追いかける。


「あんなデカいやつに勝てるのかッ!? それにバハムートって言ったら最初は絶対(ぜったい)に勝てないって設定(せってい)なんだぞッ!?」


「すまんが何を言っているのかよくわからん」


茶化(ちゃか)すなよッ!」


「勝てる高い可能性かのうせいが低いのはわかってる。だが、かといって里が襲われるかもしれないんだ。(ほう)っていくわけにもいかんだろッ!」


二人がそう言い合っているとき――。


リムはすでに馬から飛び降り、バハムートの注意(ちゅうい)を引くため、攻撃を仕掛けていた。


「はぁぁぁ、オーラフィストッ!」


リムの叫び声と共に、彼女の突き出された両手の(てのひら)から、(ひかり)波動(はどう)(はな)たれた。


チャイグリッシュ家に(つた)わる、体内にある(オーラ)を集め、それをぶつける聖属性(ぞくせい)気功技(きこうわざ)だ。


地上から空に飛んでいるバハムートへ光の波動が向かって行く。


だが――。


「なッ!? オーラフィストを吸収(きゅうしゅう)したのですかッ!?」


光の波動を受けたバハムートは、その光を体内に取り込んだ。


そしてリムの姿に気がつき、ゆっくりと彼女のいるほうへと向かってくる。


「今の一撃はうぬか? (すさ)まじいものではあったが我は聖なる(りゅう)……光はすべて我の力となる」


バハムートは丁寧(ていねい)でいながら威圧感(いあつかん)のある声で、リムに話しかけ始めた。


言葉を(しゃべ)る幻獣を見たリム、そしてその後ろにいたレヴィやリョウタは(おどろ)きを(かく)せない。


「ちょっと待てよッ!? 喋るのは別に驚かねえけど。バハムートが聖属性の攻撃を吸収するなんて、俺の知ってる設定にそんなのなかったぞッ!?」


だが、リョウタだけは二人とは違う理由(りゆう)で驚いているようだった。


「言葉が通じるのなら……」


レヴィは馬を降り、バハムートへと向かっていく。


彼女はある程度(ていど)近づくと顔を上げ、空に浮かぶバハムートへ声をかけ始めた。


「ライト王国を襲ったのはお前か?」


怒鳴(どな)りつけるわけでも、尋問(じんもん)するかのようでもなく、あくまで自然(しぜん)に落ち着いた様子で(たず)ねるレヴィ。


訊ねられたバハムートは(くる)しそうに(いき)を吐いた。


その吐いた息で、周囲にあった木々(きぎ)が揺れ、それらに()まっていた鳥たちが一斉(いっせい)に飛んで行く。


「たしかに我である」


「何故そんなことをした? いや、たとえどんな理由があったとしても、お前をこのまま野放(のばな)しにはできん」


レヴィはそう言いながら背負っていた(やり)(かま)えた。


そして、彼女の横にリムも無言(むごん)(なら)び、身構える。


「我はすべてを焼き尽くさねばならぬ……。すべては女神のために……」


バハムートはそう言うと口を大きく開く。


リョウタは慌ててレビィとリムのことを引っ張り、二人を連れて走り出した。


彼につられたのか、(そば)にいた二匹の馬もその場から走り去っていく。


「ど、どうしたというのだリョウタ!?」


「そうなのですよ! 逃げるのなら一人で逃げてください!」


リョウタの咄嗟(とっさ)行動(こうどう)に、レビィは戸惑(とまど)い、リムが酷い言葉をぶつけた。


だがそれでも彼は、彼女たちを引っ()る力を(ゆる)めなかった。


「バカ野郎ッ! バハムートが口から吐くものって言ったらメガフレアだろッ!? そんなもん()らったら確実に死んじまうぞ!」


二人が理解しようがしまいが、リョウタはそう叫びながらただ思いっきり走る。


そして、バハムートは口から(ほのお)を吐き出した。


(すさ)まじい青白(あおじろ)業火(ごうか)が周囲にあった草や木々を()き尽くす。


そのあまりの威力(いりょく)唖然(あぜん)とするレビィとリム。


力任せに引っ張られながら彼女たちが思ったことは――。


リョウタが伝説(でんせつ)の幻獣であるバハムートについて、よく知っているということだった。


「リョウタッ!? お、お前はどうしてバハムートのことを知っているんだ!?」


「そうなのです! バハムートは本にしか()っていないような伝説の幻獣なのですよッ!?」


叫ぶように訊いてくる二人にリョウタは、今は説明(せつめい)している(ひま)はないと返事をした。


「それよりも早く逃げるんだよッ! あんなやつ、伝説の勇者でもない(かぎ)り勝ってこねぇッ!」


だが、そんなリョウタの手は振り払われた。


レヴィとリムは、再び体を(つか)んできた彼に言う。


「悪いなリョウタ。いくらお前の言うことでも、ここで引くことはできん」


「リムも同じくなのです。バハムートは里へと向かおうとしているのです。ならば、ここでやつを止めねば里も焼き払われてしまうのですよ」


背を向けたまま言う二人を見たリョウタは、その表情を強張(こわば)らせると、その場が走って去っていった。


バハムートがレヴィとリムの姿に気がつき、その大きな黒銀(こくぎん)(つばさ)を広げて飛んでくる。


二人は(みょう)(さと)ったような表情で、ただ向かって来るバハムートを見ていた。


「伝説の幻獣バハムートか……。竜騎士として私の(みが)いてきた(うで)を振るうのに、これほど相応(ふさわ)しい相手もいないだろうな」


「リムもライト王国で(きた)えた魔法の力。今こそ見せるときです」


レヴィは槍を構え、竜騎士の必殺技であるジャンプの姿勢に入る。


リムも両腕に魔力を込め、臨戦態勢(りんせんたいせい)へと入った。


「我が名はリム·チャイグリッシュッ! 武道の名門(めいもん)チャイグリッシュ()の生まれながら、才能も全くないのに(ゆめ)は大魔導士ッ!」


突然リムが叫んだ。


それはどこか、彼女の決意表明(けついひょうめい)のような(ひび)きに聞こえるものだった。


そんなリムを横で見ていたレヴィは、クスッと笑みを浮かべると、彼女に続いた。


「そしてその友、レヴィ·コルダストッ! 貴族(きぞく)コルダスト家の生まれにして今は流浪(るろう)の竜騎士ッ! だが、(いま)だに着地もできぬ未熟者(みじゅくもの)だ! しかし、それでも必ずお前をここで止めて見せるッ!」


レヴィは、リムの覚悟(かくご)(こた)えるように叫んでみせた。


(おろ)かな。たかが人間風情が我を止めようと言うのか?」


そして、バハムートは再び口を大きく開いた。


その口からは先ほどと同じく、青白い炎が吐き出される。


高く跳躍(ちょうやく)する姿勢からすかさず切り替えたレビィは、リムを抱えてその凄まじい業火を避けた。


炎がさらに辺りを焼け野原へと変える。


もしさっきリョウタが無理やり引っ張ってくれなかったら――。


もしあの炎を避けなかったら――。


レビィはそう思い、口に溜まった(つば)をゴクリと飲むと気持ちを切り替えた。


「よしリム。このまま奴に突っ込むぞ!」


「はい! なのですよ!」


レビィはそのままリムを抱え、再び跳躍。


その流れるような動きは、今までの彼女とは思えないものだった。


ただ、どれだけ高く飛べるかだけに力を注いでいたレビィだったが、今は状況に合わせて跳躍できている。


それは、これまでのリョウタとの旅やリムとの出会い――。


そして、これまでけして諦めず努力をしてきた彼女の成長の証であった。


レビィ本人はそのことに無自覚だが、その成長を彼女の姉であるラビィが見ていたら、堪らず涙ぐむかもしれない。


「うおぉぉぉッ! リムもお空を飛んでいるのですよ!」


「いいかリム。このまま奴の頭に一撃喰らわすぞ」


御意(ぎょい)なのです!」


バハムートの頭上を越え、空へと上がった二人はそれぞれ構える。


槍を下に突き立てたレビィの肩に足を乗せたリムは、そこからさらに上空へと飛んだ。


重力とリムのかけた重さを利用し、レビィは槍をバハムートの頭に突き刺す。


「どうだ! 私の槍、グングニルの味はッ!」


苦痛(くつう)悲鳴(ひめい)をあげるバハムート。


額から血を噴き出し、怯んでいるそこへ先ほどさらに高く上がったリムが突っ込んできた。


「これで決めるのですよ!」


空中で回転(かいてん)しながら飛び込んできたリムは、そのままバハムートの額に自身の(かかと)を落とした。


レビィ、リムの連続攻撃を喰らい、バハムートは大地へと叩きつけられる。


まるで砂漠(さばく)に起きた暴風(ぼうふう)のように砂が舞い、辺り一面を(けむり)のごとく(おお)っていく。


跳躍がいつもよりも高くないためか、レビィは失敗することなく着地できていた。


その(となり)には、リムかまるで(ねこ)のようにスタッと軽やかに下りてくる。


「今のは手応(てごた)えあり! なのですよ」


「だがバハムートは伝説の幻獣。この程度で倒せたとは思えないが……」


レビィがそう思ったように、バハムートはゆっくりと立ち上がった。


黒銀の翼を広げ、それを羽ばたかせると、レビィとリムに強風が吹き荒れる。


バハムートにダメージがないわけではなさそうだが、まだまだ戦う余力はありそうだ。


「やはりそう易々とはいかないか……」


「ならば、倒れるまで続けるだけなのです」


「よし、もう一度飛ぶぞリム。今度はさっきよりも高くだ!」


「なのです!」


二人が(たが)いに声を掛け合い、再び跳躍。


レビィが言った通り、より高く上空へと飛んでいく。


だが、(うな)るバハムートから放たれた光の波動が、それをさせまいと降り注いだ。


「ぐわッ!? 何の光だッ!?」


「これはオーラフィストと同じ聖属性(せいぞくせい)ッ!? ドラゴンにどうしてこんなことができるのですかッ!?」


そして二人は、その身を(けず)られながら大地へと叩きつけられてしまう。


「いたた……。レビィ、大丈夫なのですか?」


リムが声をかけたが、レビィは苦悶の表情をみせた。


どうやら地面に落ちたときに、リムを庇って両足を痛めたようだ。


これではもう高くは飛べない。


リムがレビィの怪我のぐらいを見て、そう思っていると――。


「少しはできるようだな。だが、その程度は我を倒すことなど、夢のまた夢に過ぎぬ」


光の波動を放ちながら、ゆっくりと二人へと向かってくるバハムート。


そして、その口を大きく開く。


地獄の業火のような炎――メガフレアを喰らわせるつもりだ。


リムはレビィを抱えて逃げようしたが、すでに間に合いそうにない。


「何をしているリムッ!? お前だけでも早く逃げるんだッ!」


レビィが叫ぶ。


リムは彼女を抱えて逃げるのを諦めると、すでに青白い炎を口から吐こうとしているバハムートに向き合った。


「何をしているんだッ!? 奴の炎が来るぞッ!?」


レビィの声を無視して――。


リムはその両手に魔力を溜めていく。


「リムの夢は大魔道士……英雄になることです」


「こんなときに何を言っているッ!? このままお前まで殺られたら私は……」


「リムの命はある人に救われたものなのです!」


突然レビィの言葉を遮って叫ぶリム。


彼女はレビィが驚きで黙ると、そのまま言葉を続けた。


前に精霊に誑かされ、里を破壊しようとしてしまったとき――。


我が身を顧みずに、リムを助けてくれた暗黒騎士がいた。


その暗黒騎士は、操られていた愚かな自分のことを英雄、そして友人と呼んでくれた。


それ以来、もう自分の境遇や才能のなさを恨むのをやめ、ただ夢を追いかけてきたのだと。


「ここでレビィを置いて逃げるようなら、リムはもうその人に合わせる顔がないのです。それに……」


リムは、急に言葉を止めてレビィのほうへと振り向いた。


その顔はいつも見せている笑顔――レビィのよく知るリムの顔だった。


「レビィはもうリムの大事な人なのですよ。だから、置いて逃げるなんてできません」


そして、その微笑みのまま、そう呟くように言った。


「リ、リム……お前……」


レビィは頬に暖かさを感じていた。


それはポタポタと垂れる自分の涙だった。


だが、涙で滲む目には、容赦なく青白い炎が向かってくるのが見えていた。


レビィには、リムが何をするかがわかっていた。


おそらく両手から氷の魔法を同時に唱え、バハムートのメガフレアを相殺するつもりなのだと。


しかし、それが無謀なことなのは、リム本人が誰よりも知っているはずだ。


確かに、リムの合体魔法ともいえる技術は素晴らしいが、国を焼き尽くすほどの炎を打ち消すのは不可能。


それでも、彼女――リムは、吐き出された青白い炎に向かって、氷の魔法を放った。


業火がリムの放った氷の魔法を、まるで飲み込むように近づいてくる。


やはり、どう見ても相殺することはできなそうだった。


「まだまだッ!」


それでもリムは叫び、体内に残った魔力をさらにその掌へと集めていく。


「なんだとッ!?」


慌てふためくバハムート。


それは、リムの放った魔法は勢いを増し、飲み込むようだった業火は、氷塊に寄って相殺されたからだ。


「や、やってやったのですよ……」


リムが一日に唱えることができる魔法の数は三回。


今メガフレアへ向けて放っている二回と、残りは後一回だ。


だがリムはこの土壇場(どたんば)で、同時に三回の魔法を唱えることに成功。


その三倍の威力(いりょく)を持った氷魔法で、メガフレアをかき消したのだった。


見事(みごと)なり人間よ。だが、次はもうあるまい」


バハムートは不敵(ふてき)に笑うと、その大きな口を開く。


再びメガフレアを吐くつもりだ。


「くッ!? も、もう魔力が……」


「リムッ!?」


レヴィが叫んだその瞬間(しゅんかん)――。


大きな鉄球(てっきゅう)がバハムートの顔面に放たれた。


口から出かかっていた青白い炎は軌道をそらされ、誰もいない焼け野原へと吐かれる。


「それ以上、うちの妹二人を傷つけるのは(ゆる)さないっすよ」


その声の先には、メイド服を着た半目(はんめ)の女性がいた。


レヴィの実の姉――ラヴィ·コルダストだ。


「よし、イルソーレ、ラルーナ! 行くぞッ!」


「さすが兄貴ッ! やつが(ひる)んだ(すき)にたたみかけるんですね!」


「さっすがルバートの兄貴ですぅ!」


ラヴィの声に続き、吟遊騎士ルバートと、ダークエルフのイルソーレ、そして人狼(ワーウルフ)のラルーナが飛び込んでくる。


そして、その後ろから現れた人物を見て――。


「リョウタッ!」


レビィが歓喜(かんき)の声をあげた。


喜びに身を震わすレビィだったが、彼女にはリョウタが来ることはわかっていた。


何故ならば、彼はいつでもレビィの危機(きき)()けつけるからだ。


途中(とちゅう)でラビィ姉さんたちに会ってさ。これなら勝てるかもって」


リョウタはレビィから目をそらしながら言うと、傍にいたラビィが(あき)れた顔をした。


大きくため息をつき、やれやれと言わんばかりだ。


「何が勝てるかもとか適当(てきとう)なこと言ってんすか? あんたが一人で泣き喚きながらバハムートのいるほうへ走っているのを、うちらが偶然(ぐうぜん)見つけただけでしょ」


「うわぁわわッ! そのことは言うなよッ!」


ため息まじりのラビィの言葉に、リョウタは慌てふためいている。


そんな彼を見たレビィは涙を拭うと、両足の痛みを堪えながら立ち上がった。


「レビィ、まだいけるすっか?」


「当然だ姉さん。……と言いたいところだが、この足ではもう飛べそうにない……」


「うーん、ルバートが気がついた良い作戦があったんすけどねぇ」


「いや、たとえもう飛べなくなったとしても私はやる……やってみせるッ! 教えてくれ! その作戦とはなんなんだッ!?」


言葉を詰まらすラビィにレビィが声を張り上げて訊ねると、姉は渋々話を始めた。


ルバートは泣き喚いていたリョウタからとてつもなく高い魔力を感じた。


ライト王国にいたときは感じなかったが、何故か今のリョウタからは感じるのだと。


その魔力はライト王国を襲った聖騎士の少女や、吸血鬼族をも越えるほどのもので、それをうまく使えばバハムートを倒せるかもしれない。


「とまあ、そんな感じなんすけど……」


ラビィは人差し指で(ほお)をかきながら言葉を続ける。


残念ながらリョウタ本人は、魔法は何一つ覚えていないし唱えることもできない。


だが、その魔力を誰か別の人間に(うつ)すことができたら?


そのとてつもない魔力をバハムートへぶつけることができるのでは?


それがルバートの考えた作戦だった。


「で、その魔力を移すやり方なんすけど。どうも相手への信頼関係が重要(じゅうよう)みたいで」


「なるほど。だから私が、というわけなんだな。姉さん、やるぞ私はッ! リョウタの魔力を使ってバハムートを倒してやる!」


はりきってみせるレビィだったが、その震えている両足を見るに、誰でも無理をしているということがわかる。


レビィ以外が静まり返る中、リョウタが口を開いた。


「みんな、俺に考えがある……。聞いてくれ」


リョウタたちが話している間――。


バハムートを止めているルバート、イルソーレ、ラルーナの三人。


彼らは伝説の幻獣を相手に見事に戦っていたが、それももう限界が見えていた。


「あらら、ルバートたちがヤバいそうすっね。じゃあ、あとはあんたらに任せたっすよ」


そして、ラヴィは再び用意していた鉄球をバハムートへ向かって投げ始めた。


鉄球を喰らったバハムートは、メガフレアを吐こうとも吐けないでいる。


ラヴィなりのメガフレアへの対策(たいさく)だったのだろう。


仕留(しと)めることはできないにしろ、それなりに効果(こうか)ありそうだった。


「よし。こちらも行くのです。自分で言ったことなんだから我慢(がまん)してくださいなのですよ」


「あぁ。……でも、できればあまり痛くしないでくれ……」


まるで注射器(ちゅうしゃき)を怖がる子供のような顔をしたリョウタは、そう言いながらレヴィのことを自分の両肩に乗せる。


「こらリョウタッ! あまり動くな! 甲冑(かっちゅう)を着ていないからお前の皮膚が直接触れるだろう!」


「そんなこと言ってもしょうがねえだろ! ただでさえお前は重いんだから」


「重いとか言うなッ!」


肩車(かたぐるま)したリョウタが不安定せいか、レヴィはなんだか恥ずかしそうにモジモジしている。


「はぁぁぁぁッ!」


そしてリムはリョウタを思いっきり蹴り上げた。


レヴィを担いだままリョウタは、そのまま空へと蹴り飛ばされていく。


「オーラフィストッ!」


リムは、そこからさらに両手の掌に集めた光の波動を放った。


蹴り上げられたリョウタは、その波動を喰らったの勢いでさらに上昇(じょうしょう)


リョウタはすでに(むし)の息だったが、そのままバハムートへと向かって()を描いて飛んで行く。


「リョウタ! あとはお前の魔力を私に(そそ)いでくれればいい!」


「で、それってどうやんだよ?」


「私が知るか! さあ早くやってくれ!」


「お前、わかんないくせに引き受けたのかよッ!?」


言い合いをしながら空を飛ぶリョウタとレヴィに気がついたバハムートは、顔を上げてその口を大きく開こうとした。


だがラヴィが鉄球を投げつけ、それに続いてルバート、イルソーレ、ラルーナの三人がバハムートの体を斬りつける。


小賢(こざか)しいッ! これでも喰らえッ!」


メガフレアを諦めたバハムートは、光の波動を全身から放った。


それにより、周囲にいた者たちが吹き飛ばされる。


「次は貴様たちだ! 人間どもッ!」


そしてバハムートは、上空にいるリョウタとレヴィにも光を放つ。


「危ないレヴィッ!」


「バカッ! やめろリョウタッ!」


リョウタはすでにボロボロだというのに、レヴィのことを庇った。


だが、そのとき――。


リョウタの全身から凄まじいまでの魔力が放出され、それが光の波動を弾き返していく。


そして、その魔力はそのままレヴィの槍へと集められていく。


「こ、これがリョウタが持つ魔力なのか……? これほどの魔力……初めて見るぞ……」


「いいからさっさと決めて来いよ、レヴィッ!」


「ああ、任せろッ!」


「ぐわッ!?」


そして、レヴィはロケットがブースターを切り離すように飛びあがった。


「クソッたれッ! やっぱお前といるとろくなことにならねえなぁぁぁッ!」


叫びながら落ちていくリョウタを見ながら――。


さらに上へと飛んだレヴィは、リョウタの魔力を纏った槍を下へ向け、バハムートを狙って降下(こうか)していく。


こんなときだというのに、レヴィは満たされていた。


今までで一番高く空へと飛んで行けたのもあったのだろう。


そして、何よりも皆の力を合わせ、自分が決着をつける役を任されたのだ。


レヴィは、仲間に信頼されていると思うと、喜ばずにはいられなかった。


「これで終わりだ! バハムートォォォッ!」


レヴィがバハムートの額に槍を突き落とすと、凄まじい魔力がその体に流れ始めた。


バハムートは悲鳴をあげながら、その体内に流れた魔力が内側から爆発(ばくはつ)していくの感じていた。


「バカなッ!? 我がたかが人間ごときに敗れるのかッ!」


そう叫んだバハムートは、全身から溢れ出す魔力の輝きに飲み込まれて消滅(しょうめつ)していった。


危機は去り、すっかり安心したレヴィだったが――。


「やったぞ! ……って、うわぁぁぁッ!?」


「ゲフッ!」


そのまま落ちていき、やはり着地できず、すでに倒れていたリョウタの上に落ちた。


リムやラヴィ。


ルバートもイルソーレとラルーナと一緒に、そんな二人の元へと笑いながら向かって行く。


「やれやれ、締まらないっすね」


「でもいいじゃないか。二人とも(しあわ)せそうだ」


ラヴィがため息をつくと、ルバートはまあまあと声をかけた。


実際に気を失い、もうボロボロのレヴィだったが、ルバートの言う通りその顔は満面の笑みである。


反対にリョウタのほうは険しい顔で、まるで悪夢でも見てうなされているかのようだが――。


「リョウタ……やったぞ……私は……」


「ああ……レヴィ……お前は……いつまで……俺を苦しめるんだ……」


ムニャムニャと嬉しそうに眠っているレヴィと、呻くリョウタを見て――。


その場にいた全員が大声で笑い合った。

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