第百六十二話 魂の動き
ワルキューレとリンリが真下にいるぼくらのほうを見ると、ゆっくりと下りてくる。
大変だ! 早く、早く逃げなきゃッ!
でもどうすればいいんだよ!?
ビクニはいくら鳴きかけても起きてくれないし。
頼りのソニックはワルキューレの剣で胸を貫かれて瀕死の状態。
おまけにビクニの血の効果が切れたのか、幼い少年の姿に戻っちゃってる。
こんな状況で一体どうすれば逃げられるっていうんだ!
「我が同士リンリよ。暗黒騎士を連れて愚者の大地からこちらに向かっている軍と合流し、向こうの大陸に着いたら――」
「わかっている。選択の祠へと行き、すぐにでも女神さま復活の儀式を始める」
ワルキューレとリンリがぼくらの目の前まで下りてくると、なにやら重要なことを話をしていたけど。
そんなことを気にしている余裕は今のぼくにはなかった。
ただ、どうやって戦乙女と聖騎士から逃げ出せるかだけを考えていた。
「うん? こいつは……」
ワルキューレは気を失っているビクニを見て、その眉をひそめている。
リンリのほうはそんな彼女のことなど気にせず、ビクニに手をかざした。
そして、自分たちが宙に浮くのと同じように、彼女の体を魔力で海から引き上げる。
ビクニの体の上に乗っていたぼくも、自動的に宙へと持ち上げられてしまった。
ワルキューレは、宙に浮くビクニの顔をさすったり、口を開いたりしてなにかを確認しようとしていた。
「ふむ。どうやら暗黒騎士は完全に吸血鬼となったようだな」
「問題ない。暗黒騎士が人間だろうが亜人だろうが、女神さまの復活に必要なのはその魂だけ」
「まあ、そうか。よし、私は吸血鬼の始末をしておく。聖騎士リンリは暗黒騎士を連れて先に軍と合流してくれ」
「了解した」
ぼくはそんなことさせるかと、リンリに向かって飛びかかった。
だけど、簡単に体を掴まれてしまい、そのまま彼女の手で吊るされてしまう。
「これは……幻獣なのか?」
「ああ、そうだ。だが、気にするようなものではない。我々から見ればそこらの小動物と変わらん」
リンリはワルキューレにそう言われると、ぼくのことをじっと見ながら、ただその感情のない顔を向けていた。
彼女の手で吊るされたぼくは必死でもがいているけど、それでどうにかできるものではなかった。
「どうやら暗黒騎士は亜人や幻獣やらにずいぶんと好かれるようでな。こいつも勝手についてきた口だろう。道端で暮らした犬猫が懐いてしまったのと同じだ」
「犬猫……。犬……猫……。猫屋敷……ビ……クニ……。雨野……比丘尼……」
リンリはぼくからビクニに目を移すと、なにやらボソボソと呟き始めた。
そのときの彼女は、変わらず無表情のまま生気のない顔をしていたけど。
なんだから大事なことを思い出そうとしていた――そんな感じにぼくには見えた。
もしかしてリンリは魔法かなにかで、その精神を操られているのかもしれない。
そう思ったぼくは、説得のするつもりで彼女に鳴き喚いてみたけど。
リンリは変わらず無表情のまま、またぼくを見ているだけだった。
「じゃあ、先に行く」
「ああ、こちらは任せろ」
リンリはボソッとワルキューレに言うと、ぼくの体を海へと放り投げ、宙に浮いたビクニの体と一緒に飛んで行ってしまう。
海へと落とされたぼくは、リンリに連れて行かれるビクニのうしろ姿を、ただ見上げることしかできなかった。




