第百五十七話 逃亡時の声
ぼくらの後ろからは亜人たちの叫び声が聞こえる。
我々の敵を殺せ!
女神さまに逆らう者をけして許すな!
激しい咆哮と一緒に、灰色の兵隊たちが動き出しているのがわかる。
兵隊たちはもう、ワルキューレがいうところの“治療”が完了した者たちだ。
自我などすでになく、ただワルキューレや女神の言いなりに動く生きた人形。
そんな彼らを止めるすべは、今のぼくらにはない。
「ここから先はラヴブラッド家のご子息――ソニック王子の花道である。たとえ神あろうと女神あろうと一歩も通さんぞ!」
その怒号の中で、誰よりも大きな声を出すヴァイブレの言葉が聞こえた。
「通りたければこの老いぼれの屍を越えみせろッ!」
そして、ぶつかり合う金属音が聞こえて来たよ。
ヴァイブレか、それとも灰色の兵隊たちが魔法を唱えたのか、すさまじい衝撃と一緒に爆発音まで鳴り響き始めていた。
「うおぉぉぉッ! その程度の魔力で、私の体からこの魂を剥ぎ取れると思うなッ!」
さらに激化する戦いを背に、ソニックはひたすら走る。
目から流れる涙を拭いながら、ただ前をだけを見て……。
「どうだビクニッ! ググッ! ヴァイブレはスゲーだろぅぅぅッ!」
ビクニを抱え、ぼくを頭に乗せたソニックは走りながら叫んだ。
ぼくはそんな彼に大きく鳴き返す。
ソニックもぼくも、ぼくらのために戦ってくれているヴァイブレに聞こえるように、できる限りの大きな声でそのやりとりを続けた。
気を失っているビクニにも聞こえていてほしいな……。
ぼくたちのために戦っているおじいちゃんがどれだけすごい人なのか……知っておいてほしいんだ。
「海が見えたぞググ。ここからは全魔力を使いきるつもりで飛ぶ。しっかり捕まってろッ!」
ソニックはそう叫ぶと、背中からコウモリの翼を広げ、空へと飛びあがった。
そして、お得意の魔法――自身の速度を上げる魔法を唱える。
「ファストドライブッ!」
ものすごい勢いで加速が始まり、ぼくは両手両足に力を込めた。
そうしないと、簡単に吹き飛ばされてしまいそうだからだ。
そのスピードに慣れてきたぼくは振り返って、島のほう――愚者の大地を眺めた。
その灰色の石田畳の道がドンドン小さくなっていく。
大きな爆発によって黒い煙が見えるけど、どうやら誰もぼくらのあとは追いかけていないみたい。
「ヴァイブレが命を懸けてくれているんだ。たとえワルキューレの奴が相手でもそう簡単追ってこられてたまるかッ!」
愚者の大地のほうを見ているぼくに気がついたソニック。
彼は大きな声でぼくにそう言った。
うん、そうだよね。
ヴァイブレはおじいちゃんとは思えないほどの魔力だったもん。
きっとワルキューレが相手でもそう簡単には負けないよ。
波でうねる海の上を飛びながら、ぼくもソニックの思いに同意していた。
このまま向こうの大陸へ戻って、ラヴィかリムかルイードでも誰でもいいからビクニを預けて――。
……って、そのあとはどうするんだろう?
まさかソニック……一人でワルキューレたちと戦うつもりじゃッ!?
ぼくがそんなことを考えていたら、ソニックが突然急停止した。
海の上でパタパタとコウモリの翼を動かすと、さっきと別の方向をまた飛び始める。
ぼくは慌てて鳴きかけたけど。
ソニックがなんでそんなことをしたのか気がついてしまった。
それは……こんな海の真ん中で、ぼくらの近くに聖なる魔力を感じたからだった。
「あいつか……あいつが来やがったのか……?」
ソニックは、ぼくに返事などせずにただ自分の顔を強張らせていた。
