第百五十四話 世界の回り方
一人で愚者の大地から逃げ延びて、なんとかライト王国までたどり着いたこと――。
そこで盗みをしてなんとか生きていたところを捕まり、ビクニに助けられたこと――。
言葉にできるだけ正確に丁寧に――。
ソニックは彼女――ビクニに救われたのだと、ヴァイブレに説明した。
「俺を捕まえた奴は、すぐにでも俺のことを処刑しようとした。だが、ビクニはそれを庇ってくれたんだ……。吸血鬼の俺をな……。それもあったのか、ライト王国の奴らは王様からその家来、民までも、俺のことをただ食うに困って盗みを働いた、ただの小僧だということで罪に問うことはしなかった」
ヴァイブレのさっきの話なら――。
ソニックはすぐにでも処刑されていたはずだよ。
それはものを盗んだからじゃなくて、ただ吸血鬼だからって理由で。
だけどビクニを初め、ライト王国のみんなはソニックを差別したりしなかったよ。
それは、暴走して国をメチャクチャにしたぼくだって同じだ。
だから人間とか亜人とか、幻獣とか……。
そんなこと気にしなければ、みんな仲良くできるんだ。
「そ、そんな……ありえない……。人間が吸血鬼を受け入れるなんて……」
ヴァイブレはとても信じられないといった顔をしていたけど。
ソニックが嘘を言っているとも思えないようで、なんとも言葉にしづらい複雑な表情をしていた。
そしてソニックは、それからのこと――。
これまでのぼくらの旅のことを話し始めた。
森で出会ったソリテールという少女のこと――。
武道家の里――ストロンゲスト·ロードで一緒に戦った大魔導士を目指す武道家の少女リム·チャイグリッシュのこと――。
海の国マリン·クルーシブルの吟遊騎士ルバート・フォルテッシや、その仲間イルソーレとラルーナのこと――。
それぞれの地での思い出話をヴァイブレに語っていった。
「俺が親父から聞いていた話とはだいぶ違っていた。人間の中にも亜人の中にも差別をしない奴はいたんだ」
静かに言葉を重ねていったソニック。
それはいつも乱暴な口調の彼が、ヴァイブレにちゃんと聞いてほしいと思うことの表れだ。
「お話はよくわかりました……。ですが、やはり差別があったのも事実でしょう」
だけど、ヴァイブレはソニックの話の中に出てきた、海の国マリン·クルーシブルでのことを言い始めた。
宮殿や中心街に住む人間たちが、亜人たちを差別していることは何も変わらない。
たとえ一時でも受け入れる姿勢はあるかもしれないが、それも長くは持たないだろうって……。
「およそ国、いや集団というものは残酷でございます。たとえ差別をなくそうという者が国に多大な貢献をしていたとしてもです」
そしてヴァイブレはこう続けた。
平和になれば、すぐにでもまた人間と亜人は互いを差別し合うだろう。
そうやって、この世界は長年回っているのだ。
「それを聞いてもまだ人間を受け入れるつもりなら……私からはもう申すことはありません。どうぞ、そこの娘を吸血鬼にするなりなんなりと、ソニック王子のお好きなようになさいませ」
そして、ヴァイブレは小屋から出て行ってしまった。
ソニックはそんな彼の背中を見つめながらも、けして引き止めることはなかったよ。
ぼくはヴァイブレが言ったことに納得がいかなくて、大きく鳴き始めると――。
「ググ……。ヴァイブレの言ったことは勘弁してやってくれ。あいつは……人間に自分の家族を殺されているんだ……」
それを聞いたぼくはもう喚くことができなくなった。
ヴァイブレ――おじいちゃんにもああまで言ってしまう事情があったんだ。
たしかに、ぼくがヴァイブレの立場だったら同じ気持ちになってしまうかも……。
だけどそんなことを言っていたら、いつまで経っても人間と亜人が仲良くなんかなれないよぉ。
ぼくがそう思いながらもしおしおと縮こまると、外から大きな声が聞こえ始めた。
その声の主は、女神の使い――戦乙女ワルキューレのものだ。
「愚者の大地に住むすべての者たちよ! 我らが同士、聖騎士リンリがライト王国を攻め落としたぞ!」
それを聞いていたぼくとソニックは、互いに顔を見合わせて動けないでいた。
う、嘘でしょッ!?
なんでビクニの幼なじみの子が、お世話になっていたはずのライト王国を攻め落とすんだよ!?
戸惑うぼくらのことなど気にせずに、ワルキューレは血気盛んに言葉を続ける。
「これから我々全員で向こうと大陸へと渡り、そこにいるすべての人間、亜人を殲滅する! 諸君、これは狩りだ! 女神様に従わぬ愚か者たちを一人残らず殺しに行くぞ!」
