第百五十二話 完全な吸血鬼に
おじいちゃんもとい、ヴァイブレが唱えた黒い霧の魔法のおかげで、ぼくらはワルキューレから逃げることができた。
今は城壁の外まで出て、海の近くにあった小屋に隠れてる。
ひとまずは安心なんだけど……。
ビクニがいっこうに目を覚ます気配がないよぉ。
ワルキューレが言っていた――。
魔力が尽きかけてもハーフヴァンパイアになっていたから生きているってのはホントだってことなのかな……。
ビクニの顔には生気が全然なくて……。
まるでもう死んじゃってるみたいだよ……。
あと、ワルキューレこうも言っていた。
“ビクニを完全に吸血鬼化”すれば目を覚ますかもって……。
だったらソニックがビクニの血を吸えば、すぐに復活するってことだよね?
なら、早く血を吸ってもらってビクニを目覚めさせよう。
王子さまのキスならぬ王子さまの吸血だよ。
そう考えたぼくは、急かすようにソニックに鳴きかけた。
だけどソニックは、ヴァイブレと涙ぐみながら話をしている。
「お、お前……生きてたんだな……。よ、よかったぁ……」
そうか……そうだよね……。
死んだと思っていたヴァイブレが生きていたんだ。
ソニックはこの人が死んだと思ったときは、ずいぶんと強気なことを言っていたけど。
ホントはすごく悲しかったんだね。
ずっと死んでいたと思っていた人が生きていたんだ。
泣いちゃうのもしょうがないよ。
「わりぃ……。情けないとこ見せたな。今はそれどころじゃねえのに……」
元の少年の姿に戻り、その小さな体を震わせているソニックを見たぼくは、それ以上彼に鳴きかけることができなくなった。
「ソニック王子……。こちらこそ大変申し訳ありません……。ご心配を御掛けしました」
ヴァイブレおじいちゃんは別に謝ることないのに、ソニックに礼儀正しく頭を下げていた。
きっと目の前にいるソニックの姿を見て、すごく申し訳ない気持ちになったんだね。
なんにしても二人とも生きていてよかった。
それからヴァイブレは、自分がどうやって生き延びたかを話し始めたよ。
ヴァイブレは聖なる光によってかき消されたのだけど。
幸いなことにすでに陽が沈んでいたのもあって、吸血鬼族の能力である自己再生によってなんとか命を取り留めたみたい。
「九死に一生とはまさにこのこと。夜の吸血鬼族がこれほどとは、我々吸血鬼族の力ながら驚いております」
ホントだよね。
あれだけ拷問されて生きているソニックもすごいけど。
完全に消えちゃったと思っていたおじいちゃんが、まさか生きているんだもん。
あれ?
ひょっとしてワルキューレが言っていたのはこのことなんじゃない?
そうだよ、ビクニを完全な吸血鬼にすればって……このすごい自己再生能力を手に入れることなんだ。
きっと傷の治りだけじゃなくて、絞り取られちゃった魔力の回復も早いはずだよ。
そうすればビクニも復活して、ぼくらのパーティーがそろう。
ビクニとソニック、そしてぼく。
二人と一匹が力を合わせれば、ワルキューレなんかに負けないよ。
それからヴァイブレは自分の話を終えると、ソニックに向かってぼくが思っていることを話し始めた。
早くビクニを完全な吸血鬼しないと、取り返しのつかないことになる。
特に今は朝――ハーフヴァンパイアのままでは夜まで体力が持たないと、丁寧ながらも焦っている口調で言葉を続けた。
ヴァイブレはビクニのことがよほど気に入ったみたいだね。
その姿は息子が初めて連れて来た恋人を見た父親みたい。
そのせいなんだろう、本気でビクニのことを心配しているのがわかるよ。
「さあ、ソニック王子。婚約者さまと完全なる愛の契りを」
ヴァイブレったら、まるで結婚をすすめてるみたいだなぁ。
でも、ぼくには吸血鬼族の習慣とかわからないけどさ。
なんだが様子を見るに、吸血と結婚は似たようなものなのかもね。
さあソニック、早くビクニを目覚めさせてあげて!
ぼくもヴァイブレと一緒にソニックを煽るよう鳴くと――。
「……ヴァイブレ。ビクニは……ハーフヴァンパイアじゃない……元々とは人間なんだ……」
ソニックは呟くような弱々しい返事をした。




