第百四十八話 戦乙女からの褒美
ソニックは目の前の光景を見ながら、その表情を強張らせる。
「誰もいないのが妙だとは思っていたが……。こういうことかよ……」
なんで……なんでよッ!?
どうしてここにワルキューレがいるのッ!?
大聖堂の前にいたワルキューレは、衛兵たちに陣形をとらせていた。
それは、まるでぼくたちがここへ来ることが、初めからわかっていたみたいだった。
廊下やビクニのいた部屋の前に護衛をつけなかった理由は、ここでぼくらを捕まえるためだったの?
それにしても、一体どうやってぼくたちの動きを把握していたんだ?
「何故? という顔をしているな。ふふふ。まあ、それもしょうがないか」
ワルキューレは、驚愕しているぼくとソニックを見て、自分の肩を揺らしている。
この人、顔はすごくキレイなのに。
笑うとなんだかおぞましいおばけみたいになる。
そんなおぞましいワルキューレが肩を揺らしたせいか、彼女が被っていた兜の装飾の羽根も薄気味悪く動いていた。
まるでヘビみたいだ。
「おい、吸血鬼。貴様は我々の“治療”を受けてもなお、 契り合った相手を忘れることはなかった。そんな者は今までいなかった。それに関しては我々の負けだ。素直に敗北を認めざる得ない」
ワルキューレはそう言いながら、衛兵たちへ向かって右手をあげた。
すると、大勢いた衛兵たちが一斉に拍手を始める。
まるでぼくらがオペラ劇場の看板役者かのように、拍手喝采の嵐。
でも、なんだか称賛されているというよりも、バカにされているみたいな気分にさせられる。
「だがそれは、他ならぬ女神さまへの冒涜であることには変わりない。よって今から貴様を処刑するとしよう」
なんだよ。
結局ぼくらを殺すつもりなんじゃないか。
それなのにあんな大袈裟なマネして。
あれが礼儀だとでもいうのなら、ホントにただの形だけじゃん。
形式のだけの礼なんて、そんなの全然嬉しくもなんともないよ。
ワルキューレの言葉を聞いたぼくがプンプン怒って鳴いている下で、ソニックは身構える。
「だが、せっかくだ。治療を耐え抜いた貴様に褒美をやろう。さて、一体何が良いやら……」
両腕を組んで考え始めるワルキューレ。
その姿は一見すると隙だらけだけど。
いつでもぼくらを攻撃できる魔力が体内から溢れていた。
それに気が付いていたソニックは、すぐにでも飛び立てる状態なのにそれをせず、ただワルキューレの話を聞いていた。
大丈夫、大丈夫だよ。
こんな大ピンチだけど、ソニックは冷静だ。
きっとどうにかなる。
「ふむ。やはり貴様が欲するものは私の首だろうな。しかし私の命は女神様のもの。他の誰にも譲ることなどできぬ。そこでどうだ? ここは一つ褒美として、ここに待機させている衛兵たちに手は出させん。この私――戦乙女ワルキューレと貴様で一騎打ちというのは?」
なんかとんでもないことになってきたよ。
だけど、衛兵たちが手を出さないでくれたら、それはそれでラッキーかな?
ねえ、どうしようソニック?
ぼくが鳴いて訊ねると、ソニックから小声で呟くように返事が来た。
「大丈夫だ、ググ。ここはあいつの提案に乗る振りをする」
やっぱりソニックは冷静だった。
彼の作戦は、ワルキューレと一騎打ちすると見せかけて、もう一度速度を上げる魔法ファストドライブを唱える。
そして、そのままコウモリの翼を広げ、ぼくとビクニを抱えて空へと飛んで逃げるというものだ。
さすがだねソニック。
いっよ、吸血鬼族の王子さまッ!
この作戦なら絶対に逃げれるよ。
「わかったぜ。てめえの申し入れを受けてやる。だけどな、一騎打ちの最中にビクニやググに手を出すなよ」
「安心しろ吸血鬼。こちらから申し込んだ一騎打ちだ。それを汚す行為は、女神様への冒涜と同じである」
「信用していいんだな?」
「無論だ。我が女神様にかけよう」
よし、うまいよソニック。
こっちが疑っていると思わせて、実は騙そうとしているなんて誰も思わないもんね。
そして、ソニックが抱えていたビクニを優しく地面を置き、ぼくも彼の頭から彼女の体へと飛び移る。
一方ワルキューレのほうは再び手をあげて、衛兵たちを下がらせていた。
「そうだ。言い忘れていたな。もし一騎打ちの最中に貴様が逃げ出したら……」
ワルキューレは衛兵たちからぼくらのほうへと振り返って、言葉を続ける。
「即座に衛兵たちが動き出すぞ」
そして、またおぞましいおばけみたいな顔になる笑みを浮かべた。




