第百四十六話 冷静。いや、そんなことない
それから、ぼくらは部屋を出るために扉の前へと立った。
今は朝だから吸血鬼であるソニックの傷の治りは遅くて、とても疲労していたけど……。
だけど彼は、すっかり回復したぼくの魔力を使って、閉まっていた扉を開ける。
ぼくはてっきり炎や氷の魔法を使って、扉を壊すのかと思ったけど。
ソニックはそんなことはせずに、扉にかけられていた魔法を、魔力を使って解いただけだった。
普段は乱暴な感じなのに、こういうところは育ちがいいというか……。
ソニックが王子さまなのもうなづける紳士なやり方だね。
「よし、行くぞググ。まずはビクニだ」
ぼくはソニックにそう言われ、鳴きながらコクッと頷く。
そうだよ。
次はビクニを救うんだ。
ぼくだってソニックだって、そのためにつらいことを耐え抜いたんだよ。
あの戦乙女――ワルキューレがなにをしたって、ぼくら一匹と二人の繋がりを消すことなんてできない。
それにぼくらがそろって力を合わせれば、潜り抜けられない困難なんてないんだ!
ソニックはぼくを頭に乗せたまま通路を走り出す。
幸いなことに通路は一本道で、しかも衛兵の姿も見えなかった。
まあ、衛兵がいようがなにをしようが、今のぼくらを止めることなんてできないけどね。
お腹いっぱいもとい、魔力が満タンのぼくとソニックがいれば、あんな奴らに負けはしないよ。
「階段を上がったら周りに気を配れよググ。連中がこっちを見つけても、俺がファストドライブを唱えれば絶対に追いつけねえ」
そんなぼくと違ってソニックは冷静そのもの。
そうだよね。
今は戦うことよりもビクニを助け出して、こんな灰色の建物から出ることが先決だよね。
それから階段を上がったぼくらは、周りを警戒しながらビクニがどこへいるのかを考えた。
どうやら誰もいなさそうでよかったよ。
それにしてもこの建物って、一本道なのに全部造りが同じでまるで迷路みたいだ。
「おいググ。ビクニの悪意とか匂いとか、なんかそういうもんであいつの場所はわからねえか?」
いきなりそんなことを言われても困っちゃうけど。
そんなこと言ってなんかいられない。
ぼくは早速ビクニの魔力や悪い心、その匂いをたどってみることにする。
うん、微かだけど。
たしかにビクニの魔力を感じる。
でも、普段の彼女の魔力よりもずっと小さいくて、それでソニックも気がつかなかったんだ。
きっとビクニは、ワルキューレに酷い目に遭わされて弱っちゃっているんだ。
早くビクニのところへ行かなきゃ。
「そうかググ、こっちだな。よし、しっかり掴まっていろよ」
ぼくが鳴いて方向を示すと、ソニックは背中からコウモリの翼を広げて、狭い廊下を飛び出していく。
少しフラフラしていて真っ直ぐはあまり飛べていないけど。
それでもその飛行スピードは速い。
ソニックの焦っている気持ち……ぼくにもわかるよ。
早く、早くビクニに会いたい。
暴れ馬みたいに飛んで行くソニックの頭に必死でしがみつくぼく。
誰もいない廊下をぼくが鳴いて指示しながら進んでいくと、ついにビクニのいる部屋へとたどり着いた。
「ここか! ビクニはこの中にいるんだな!」
ソニックは声を荒げてそう言うと、ぼくの返事を待たずに扉を蹴り破った。
さっき地下では優しく扉を開けたのに、ビクニが傍にいるとわかって、きっと冷静でなんていられないんだな。
でも、こっちのほうがソニックらしいよ。
「ビクニッ! 助けにきたぞ!」
そして、ぼくとソニックは部屋の中へと飛び込んだ。




