第百四十五話 ダメなのに嬉しい
ぼくはソニックの意識の中へと入っていった。
こうやって誰かの夢に入るのは久しぶりだ。
このところはずっとビクニから出る小さな悪意でお腹を満たしていたからね。
でも、今日はお腹を満たすためじゃない。
ぼくがソニックを助けるためだ!
暗い海の中のような意識を進んでいくと、拘束されて動けないソニックの姿が見えてきた。
「やめろ……。やめて……くれ……」
苦しそうに呻くソニックの目の前では、さっき幻惑魔法で作られたぼくとビクニの姿が見える。
ぼくが近づいていくと、いきなりぼくとビクニの姿をしたものがバラバラに吹き飛んだ。
「ビクニィィィッ! ググゥゥゥッ!」
涙を流しながら叫ぶソニック。
そこから辺りの景色が切り替わり、ぼくとビクニの姿したものが再び現れた。
そして、今度は全身の穴という穴から血を吹き出して干からびるという死に様を、ソニックへと見せつける。
「あぁ……あぁ……」
すでに自我を失いかけているソニックを見たぼくは、早速行動を開始した。
もう何度もぼくらが死ぬ幻覚を見せられているんだ。
これ以上続いたらソニックが心が持たないよ。
でも……自分が苦しむよりも、ぼくとビクニが死んでしまうことが耐えられない彼を見て――。
こんなこと考えちゃダメなのに……ぼく……すごく嬉しかった。
ソニックがぼくとビクニのことをそこまで考えてくれてたなんて……嬉しくてしょうがないよ。
だから、ぼくがソニックを助けるんだ。
そして、一緒にビクニのところへ行くんだ。
ぼくは拘束されているソニックの頭の上に乗った。
それから大きく鳴いて、ぼくとビクニの姿をした幻覚を威嚇する。
「ググ……なのか……?」
虚ろな表情をしたソニックが、ぼくのことに気がついたみたい。
待っていてねソニック。
今ぼくがこの悪夢を食べちゃうから。
それからぼくは口を大きく開けて、目の前にいる幻覚を吸い込んだ。
だけど、吸っても吸っても幻覚は現れ続けて、さすがのぼくもお腹いっぱいに。
「やめろググ……お前が悪意や悪夢を吸い過ぎると……」
目の前の幻覚がぼくに吸われたことで、ソニックの意識は回復したみたいだ。
心配そうな顔をして叫び始めている。
「ライト王国のときみたいになっちまうだろ!」
よかった……よかったよぉ、ソニック。
でも、大丈夫。
ソニックだって、あれだけつらい目に遭わされても耐えたんだ。
ぼくだってこのくらい……耐えてみせるよ。
「無理をするなググ! お前が暴走しちまったら、俺はビクニの奴になんて言えばいいんだよ!」
違うソニック、前とは……ライト王国のときとは違う。
あのときのぼくはただお腹を空かしていて、自分の欲望のままに悪意を食べたからコントロールを失ったんだよ。
だから……今していることはあのときとは違うんだ!
ぼくは叫ぶように鳴きながら、さらに大きく口を広げた。
今にならわかるよ。
なんでぼくが人間や亜人の悪い心を食べるのかという理由がさ。
それはきっと、大好きな人……守りたい人……ぼくの大事な人を救うためだからなんだ。
そして、ぼくはソニックの意識の中にいた悪夢を吸い尽くすと――。
いつの間にかソニックの手に抱かれていた。
「バカ野郎……ググ……。無茶しやがって……」
ソニックの目から流れた涙が、ぼくの体にポタポタと垂れてきた。
それがすごく温かくて……。
昨日の夜から酷い目に遭ったけど……。
その涙がぼくもソニックも無事だったことを実感させてくれた。
「ありがとうな……ググ……」
ぼくは、泣きながら微笑むソニックに、いつもより大きく鳴き返すのだった。




